第52話 当然バチクソキレまして

 感情が爆炎のように赤く弾けて、俺は走り出していた。


「おまええええええェェェェェェェェェェェェ――――ッッ!」


 腰の錬魔剣カリバーンを勢いのままに抜き放って、俺はヴァイスに斬りかかる。


「そこを、どけよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ――――ッ!」


 絶叫と共に、高々と振り上げた刃を全力で叩きつけ――、


「……悲しいな」

「何ッ」


 いきなり、正面に捉えていたはずの『勇者』の姿が消失する。

 俺が振り下ろしかけた刃は、そのまま倒れているルイナに――、マズいッ!?


「く、そ……ッ! ォォッ!」


 腹の底にグッと力を込めて、繰り出した大上段からの一閃を強引に止める。

 全身を無理に強張らせたことで、肩や肘にビシッと痺れに似た痛みが走り抜ける。


「ぐ、ッ、……くゥ」


 だが、何とか止めることができた。

 錬魔剣の刃は、ルイナに当たる直前で制止する。……よかった。


「何を安心しているんだ、ビスト・ベル」

「……なッ!?」


 一瞬安堵した俺の真横。右側。

 そこに、いきなりヴァイスが姿を現す。


「この程度のことで隙を見せるとは。……悲しいな」


 ヴァイスは表情を変えずに言うと、いつの間にか抜いていた剣で斬りつけてくる。

 その切っ先が狙うのは、攻撃直後で動けない俺の首筋。


「ぐお、ォ! ッ!」


 避けッ、きれ、ない……!

 瞬間的にそれを悟る。しかし、少しでもダメージを減らすべく体を大きく傾ける。


 それがいい方に働いた。

 自分が倒れるのもお構いなしに身をのけぞったおかげで刃は当たらずに済んだ。

 だが、とこまで体勢を崩せば、俺は当然バランスを崩す。


「運がいいな。だが、まだ終わらないぞ」


 どこまでも平坦なヴァイスの声が耳元に聞こえる。

 そして『真白き勇者』は横薙ぎの一閃をそのまま振り抜いて、ついた勢いを殺すことなく軌道を変え、そのまま今度は剣を振り上げて、上から俺を両断しにかかる。


「――クソッ!」


 次は、運があってもかわしきれない。

 それは目に見えていた。だから、身をかしがせた時点で、俺は対策を打っていた。


「『疾走転移ラピッドドライブ』!」


 短距離転移を発動。しかも超々短距離で、精々が数歩分。

 狙ってやったワケではなく、それが限界だっただけだ。魔力と式素マナの混合が浅い。

 崩れた体勢のまま、少しだけ転移した俺のそばをヴァイスの剣が過ぎていった。


「……回避したか」


 地面をゴロンと転がって立ち上がる俺の耳に、その声は届く。

 ヴァイスの視線を感じる。

 俺はすぐに向き直って、錬魔剣を構えて『真白き勇者』と改めて対峙する。


「――ヴァイス・アロイド」

「悲しいな、ビスト・ベル。今の一撃で死ねていればよかったのになぁ」


 地面に剣と振り下ろした格好のまま、ヴァイスがこっちを向く。

 その顔には、表情が浮かんでいない。それどころか感情らしい感情が見えない。


「俺が斬りかかったときに消えたのは、自分に当たる光を滅ぼしたからか」

「その通りだ。さすがは魔王。察しがいいな」


 こともなげに認めるヴァイスに、俺は強く舌打ちをする。

 こいつが与えられた力は、こうして自分に触れるものに『滅び』を与える。


 かつて『私』が相手をした先代の『真白き勇者』もそうだった。

 音、光、気配など、そうしたものを巧みに『滅ぼし』ながら、迫ってくるのだ。


「…………」


 俺は、自分の傍らに倒れているルイナとホムラを見る。

 それだけで、再び感情が弾けそうになる。しかし、何とかグッと堪える。


「何でこんなことをした……?」

「おまえがそれを俺に尋ねることに、何の意味がある? 俺は『勇者』だ」


 ああ、確かにその通りだよ。

 目前の男は確かにヴァイス・アロイドのはずなのに、一週間前とは別人のようだ。

 髪の色や肌も真っ白になって、ほとんど死人のようにしか見えない。


 いや、死人よりは精巧な石像のような感じだろうか。

 ちゃんと動いているのに、瞳や全身から全く生気が感じられない。

 それもまた、先代の『真白き勇者』と同じだった。


「本当に『真白き勇者』になっちまったんだな、おまえ……」

「その通りだ。我が『大鎌の神』は、空っぽだった俺に使命と加護を授けてくださった。この世に再臨した『至天の魔王』の討伐という、何より果たさねばならない大いなる使命と、それを実現するために必要な正義の力を与えてくださったのだ」

「……『至天の魔王』の再臨、ねぇ」


 抑揚のない声で語るヴァイスに、俺はただただ顔をしかめることしかできない。


「俺は、魔王なんかじゃねぇんだけどな」

「おまえの主観は問題ではない。いや、人の認識の及ぶところにある問題ではない。何故なら神が判断されたことなのだ。ビスト・ベル。おまえは、滅ぶべき巨悪だ」


 ヴァイスが、俺のことを指さしてくる。

 一週間前にもこんなことがあった。そのときも俺に言ったのは、ヴァイスだった。

 冒険者ギルドの建物倒壊の責任を、俺に押しつけようとしてきたときだ。


「ビスト君!」


 その手に買ったばかりの『魔銃』と儀式杖を携えたラーナが、俺の隣に来る。

 一方、ヴァイスの隣には同じく儀式杖を手にした『聖女』リシェラが立つ。


「『勇者』様、ご無事でしたか」

「我が『聖女』リシェラ、無用な心配だ。俺には神の加護がある」

「はい……」


 愛想もへったくれもないヴァイスの反応に、リシェラは頬を赤くしてうなずく。

 その顔つきは明らかに恍惚としていて、俺の気持ちがまたしてもザラつく。


「人の身内を二人も殺しておいて、イチャついてんじゃねぇぞ、おまえらよぉ……」

「身内……。『五禍将フィフステンド』が、か。やはり魔王だな、おまえは」

「人間の冒険者だよ、ベルーナ孤児院出身のビストだよ、俺は」


 言うだけ無駄だとは知りながらも、言わずにはいられない。

 しかし、言ったところでやはり、ヴァイスにそんな主張が通じるはずもなく、


「魔族と人は相いれない。おまえが魔族を身内と呼ぶなら、おまえもまた魔に与するものということだ、ビスト・ベル。滅べ。清き世のため、おまえの死が必要だ」

「何が……、何が『清き世のため』ですか!」


 だが、ヴァイスの主張に反論したのは、俺ではなくラーナだった。


「ビスト君が、何をしたっていうんですか! ルイナさんのことはよく知らないけど、ミミコさんとホムラちゃんは、街のみんなと仲良くしてたのに、どうして!?」


 ラーナの訴えは、俺には至極真っ当なものであるように聞こえた。

 ヴァイスの言う通り、ミミコもホムラもルイナも、魔族でかつての『五禍将』だ。


 危険といえば危険。

 そう思われても仕方がなく、事実、ルイナは一度アヴェルナの街を危機に陥れた。

 だが、それだって主犯がいた。ルイナだけの企てではなかった。


 俺はその件について、ルイナを擁護するつもりはない。

 しかしその一方で、その一件も俺がケジメをつけた。街の危機は去った。

 そして、ルイナはきっと、もう二度と街を狙うことはない。


 ミミコとホムラについては、それ以前の話だ。こいつらが何をした。

 あいつらは元『五禍将』で今は冒険者。つまりは俺の同業で、そして身内だ。


「ホムラちゃんは、今日、すごく張り切ってたのに! 子供達と頑張るって言ってたのに、それを、こんな……! どうしてです? 何でこんなひどいことが……!?」


 横たわるホムラの亡骸を前にして、ラーナが小さく涙を零す。

 そして、左手に持っている儀式杖にギュッと力がこもる。


「――悲しいな」


 だが、ヴァイスの反応は、やはり色が感じられない、その一言。


「ラーナ・ルナ。おまえが言っていることはあまりにも近視眼すぎる。子供が何だというのだ? ホムラ・リンドルヴが冒険者になったから何だ? ミミコ・ミッコも、ルイナ・ニグラドも、共に『五禍将』。魔族であり、人類の敵だ。それを放置しておく理由がどこにある。放っておけば、こいつらは必ずや世に大きな災いをもたらす」

「どうして、そう言い切れるんですか!?」

「こいつらが魔族だからだ」


 ヴァイスが告げる理由は、俺達にとっては話にもならないものだった。

 それ自体は、一週間前と変わりない。しかしその内実は、丸っきり変わっている。


 一週間前、ヴァイスと『英雄派』は俺やホムラを排斥しにかかった。

 そこには冒険者として魔族を否定しようという気持ちが強く表れ出ていた。


 かつての『至天の魔王』と『あの三人』の因縁と、そこからの『冒険者狩り』。

 そういった歴史があり、ヴァイスと『英雄派』はホムラを目の敵にした。


 しかし、今のヴァイスは違う。

 こいつは『魔族は魔族だから悪』という、非常に単純明快な理屈で動いている。


 因縁も、歴史も、そこには関係ない。

 魔族だから。それだけで、こいつには理由となる。その事実以外は不要なのだ。


「魔族だから、って、そんなことでホムラちゃんを、みんなを……!?」

「悲しいな、ラーナ・ルナ。おまえの魂はそこまで穢れているか。魔族を擁護するどころか、『そんなこと』とまで言うとはな。ああ、悲しいな。神に仕えるべき身でありながら神の敵である魔族に魅入られ、穢れてしまうとはな」

「……う」


 ヴァイスに殺気を向けられて、ラーナが小さく呻く。


「ふざけろよ」


 咄嗟に俺は『威』を放ち、ラーナが意識を失う前にヴァイスの影響を断ち切る。

 ヴァイスの視線が、ラーナから俺へと移る。


「……ビスト・ベル」

「おまえの狙いは俺だろうが、ヴァイス。ラーナを狙ってんじゃねぇよ!」

「愚かだな、ビスト・ベル。ラーナ・ルナだけではないぞ。おまえを討ったのち、悪鬼断絶の大義のもと、俺はアヴェルナの街をこの世界から抹消する」


 な……!?

 こいつは、一体何を言ってやがるんだ?


「アヴェルナの街は、もはや救いようがない。街の住人達はそこのラーナ・ルナのように魂を汚され、おまえや『五禍将』のような巨悪を完全に受け入れている。彼らは人でありながら、魔族と変わらぬ存在へとなり果てた。世の平和と安寧のために滅ぼすしかない。悲しいな。実に悲しい。しかし、清き世のためには必要な犠牲だ」

「ヴァイス、おまえ……!」


 俺は、奥歯を噛みしめる。

 こいつの言っていることは単純で、わかりやすくて、それだけに吐き気がする。


「それがおまえの『正義』か、ヴァイス・アロイド!」

「そうだ」


 ヴァイスがうなずく。

 その傍らに『大鎌の神』に仕える『聖女』を従え、『真白き勇者』が剣を構える。


「我が『正義』は『滅びの正義』。邪悪は一切潰えよ、滅びよ、消えよ、絶たれよ。理由は聞かない。情けはかけない。事情は考えない。邪悪は邪悪であるがゆえに邪悪なのだ。ならば、滅ぼす以外に道はなし。悪鬼断絶。我は邪悪を滅するのみ」

「邪悪邪悪とうるせぇんだよ、真っ白野郎ォ!」


 右手に錬魔剣を握り締め、俺は開いた左手に虹を生み出す。

 同時俺と映し鏡のようにして、ヴァイスもまた左手に虹色の魔導光を生じさせる。


 俺は『夜の衣』を纏い、ヴァイスは『漂白の衣』を全身に纏う。

 共に七属性の『混色』によって引き出された『魂元属性』の魔力。その顕れ。


「――廻れ・廻れ・宵の歯車・黒鉄色の・冬の夜・かわたれどきは・未だ遠けき!」

「流れ・流れよ・白き風・色なき色の我が骨身・たそがれどきに・染まりゆけ――」

「「魔装マギア!」」


 俺とヴァイスが、同時に『魔装』を発動させる。


「『うつろの風、夜に還りてアッシュ・トゥ・アッシュ』!」

「『滅びの輝き、地を満たせダスト・トゥ・ダスト』!」


 その刃に滅びの白を乗せて、ヴァイスが俺に突撃してくる。

 それを、俺は夜空を纏わせた錬魔剣で迎え撃つ。


「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」


 俺は怒りのままに、ヴァイスは己の使命を果たさんがため、刃を振るった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――目の前でビストと『真白き勇者』が剣を交えている。


「……そうですよね。何でそんな簡単に決めつけるんでしょうね、あの人達」


 それを瞳に焼きつけながら、ラーナがブツブツと呟いている。

 自分がしていることの意味を、彼女自身、まだ気づいていなかった。

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