第37話 結局はこれが俺でして:前
土煙が晴れて、ドでかいクレーターがドドォォォォォ――――ンッ!
「……跡形もない」
空から降りる最中、ルシルが下を見て震えていた。
砦があった場所は半球状に抉れて、その真ん中にキラリと光る四足歩行宝箱。
「全滅、でしょうか?」
当然の疑問を、ルシルが口にアする。
まぁ、そう見えても仕方がないが、俺はそれにはかぶりを振る。
「そんなことはないはずだ。おまえだってわかってるだろ」
「あ、そういえば……」
言われて気づいたらしいルシルがハッとする。
実のところ、岩山の中にそびえていた砦はほぼ無人であるはずだった。
砦の本体は周囲の岩山の中を走る洞窟網。
岩山のそこかしこに、地下空洞に繋がる洞窟の入り口があり、それこそが真の砦。
今、ミミコが潰した砦は、普通に砦としても機能するが、見せ札でしかない。
ここを逃げ場所に選んだなら、ガザル達はそれを知っている可能性が非常に高い。
「砦に騎士がいたとしてもガザルとゼパルはいないと思うぜ」
追手が来た場合、まずは砦の方に意識を向けるはず。
それを考えればガザル達は砦ではなく、地下空洞に繋がる洞窟の中にいそうだ。
という目算を立てて、俺もミミコを発射したワケである。
砦の中に騎士が残っていた場合。
ここまで逃げずに残ってるのは、隣の国への亡命に積極的な輩と見るべきだろう。
一人でも亡命が成功すれば、それが厄介な事態に繋がる可能性もある。
隣国がウチにどういう感情を抱いてるかまでは知らんが、そんなものは御免被る。
よって、この場にいる連中に情状酌量の余地はない。
「ラーナは、どう思う?」
ここまではあくまでも俺の考え。
パーティーは俺一人ではない。当然、ラーナの考えも聞くべきだろう。
「わたしはビスト君と一緒。街を守らなきゃいけない人達が我先にと逃げ出して、捕まりたくないからって隣の国に行っちゃうつもりだなんて、周りに与える影響を考えてなさすぎるよ。擁護なんてするつもりはないから、安心して」
「OKだ。だったら――」
「ただ……」
俺がうなずきかけたところで、しかし、ラーナの言葉はまだ終わっていなかった。
「どうした、ラーナ」
「…………」
彼女は無言。
ただし、そのまなざしは俺ではなくてルシルの方を見ている。
ああ、そういうことか。と、俺は納得する。
「大丈夫だよ」
俺は無造作にラーナの頭をポンと撫でた。
「うん、信じてる」
ラーナがニッコリと笑う。その明るい返答に、俺への信頼を感じてしまう。
それは、気のせいではないはずだ。
「うおおおお! 何だ、今の地鳴りは!?」
「と、砦が……!」
俺達が着地するのとほぼ同時、周りの岩山から幾つかの声が響いてくる。
現れたのは、薄汚れてはいるが武装した騎士達。
やはり、砦の方ではなく周りの洞窟網の方に滞在していたか。
「な、おまえ達は何だ!?」
騎士の一人が俺達を発見して腰の剣を引き抜く。おうおう、やる気満々かい。
「おまえ達!」
だが、そこで真っ先に前に出たのは、ルシルだった。
「ここまでだ、全員、武器を捨てて投降するがいい!」
「あ、あなたは、ルシル様……!?」
さすがに、騎士達はルシルの顔を知っているようだった。
場にいるのは十人に満たない程度だが、全員がルシルを見るなり動揺している。
「何故、ルシル様が?」
「決まっている。父とゼパルの暴挙を阻むためだ。クラヴィス・フォン・ランゼルト辺境伯閣下の命により、おまえ達を止めに来た。観念するがいい!」
貴公子モードに入ったルシルが、気後れしている騎士達に向かって告げる。
騎士達が見せる焦りはさらに激しくなるが、そのうちの一人が大声で喚き始める。
「な、何と言われようともう遅い! 我々が生き残る道は、これしかないのだ! 今さらおめおめと降れるものか! 戻ったところで、待ってるのは処刑台だ!」
「そうだ! 俺達は死にたくないんですよ、ルシル様。こ、こうするしか……!」
死にたくない。その一心でここまで逃げてきた騎士達の言葉である。
単なる欲望ではない、生への渇望。死への忌避感。恐怖。それが伝わってくる。
「おまえ達の言いたいことはわかった」
彼らの言葉をしかと受け止めて、ルシルはうなずき、だが、表情は変えない。
そして、言い返す。
「しかしな、それは、騎士が口にしていい言葉ではないだろう」
「バ、バカな……! 何を言われるのですか!?」
「バカはどっちだ。国に仕え、街を守る義務を負っているのがおまえ達だろうに。それが、命惜しさに無様に逃げた挙句、亡命の企てなど。どれだけ恥を晒す気だ」
ルシルが語っていることは、ただの事実だ。現実について指摘しているだけ。
しかし、それを聞かされた騎士達の顔が、みるみるうちに怒りに赤く染まっていく。
「あ、あなたはアレを見ていないからそんなことが言えるんだ! あの山よりも巨大な、黒いモンスターを。あんなものを相手にして、戦えるものかよ!」
「そうだ! 俺達は、勝てない怪物と戦えなんて言われちゃいない!」
「怪物の相手は、冒険者にやらせていればいいんだ! 俺達の役目じゃないッ!」
口々に騒ぎ出す騎士達を見ながら、俺が思い出すのは『邪神』と戦った冒険者達。
絶対に街を守るという英雄的な思想のもと、彼らは命を投げ出そうとしていた。
この場にいる騎士達は、いわばあのときの冒険者の対極。
自分の命を守るため、こいつらは自らが果たすべき責任と職務を放棄した。
本当に、わかりやすいくらいに対照的だ。
そしてどっちもロクでもねぇ。と、俺はそんな風に感じるのである。
「おまえ達は――」
「ルシルちゃん、もういいよ」
反論しようとするルシルを、ラーナが止めた。
「ラーナ、さん……?」
「もう、言葉でどうにかなる段階じゃないよ。わかるでしょ?」
騎士達はすっかり殺気立っていて、ルシルのことを睨みつけている。
彼女はどうやら、それに気づいていなかったようだ。一瞬、その顔が青ざめた。
俺との初見時のように、いっぱいいっぱいになってたな。
「ルシル。おまえが言葉を尽くすべき相手は別にいるだろ。こいつらには、早々にご退場願おうじゃねぇか。……一人も逃がしやしねぇよ?」
「な、何だこのガキは……?」
前に出る俺を見て、騎士の一人が怪訝そうに眉根を寄せる。
無論、それに応えてやる義理などない。
そして俺は、別に誰からもこいつらを捕らえろとは言われていない。
「そんなに自分が大事なら、数百年、数千年、この場に残り続けるがいいさ」
俺は、変質の黒魔法、激化の赤魔法、物質の金魔法の式素をその場より抽出する。
輝きを見せる魔導光に気づいて、騎士達が驚きを見せる。
「こ、こいつ、術師か!?」
「魔法を使う気だ! 詠唱を終わらせる前に、殺せ!」
と、一斉に襲い掛かってくるが、悪い、別にないんだ。詠唱。
これ、準無詠唱の簡易発動なモンでして。
「『
発動と共に、俺を中心とした一定の範囲内に黒い輝きが迸る。
そして、俺を囲んで斬りかかってきた騎士達は、その格好のまま石化する。
「おまえらを街まで連れてく労力もバカになんねぇからな。岩山の一部になってろ」
「……すごい」
騎士達の石像が地面に転がったのを見て、ルシルが呆気にとられた。
彼女は、近くにある石像の方へと歩み寄り、恐怖に歪んだその顔をよく眺める。
「本当にバカな人達です。逃げなくても、やりようはあったはずなのに……」
それを呟く声は、何ともいえないやるせなさに溢れていた。
俺は、彼女のその声を聞いて、一つの強い確信を抱く。
「な、何だね、これはァ~~~~!?」
そこに、今までになかった甲高い男の声。
見やれば、洞窟の一つから二人の男が姿を現したところだった。
一人はやや太り気味の、背の低いちょびヒゲのオッサン。
体は鎧を纏っているものの、着慣れていないのが一発でわかってしまう。
もう一人が、ガッシリとした体格の、明らかに戦いなれている大柄な黒髪の男。
こちらは腰に幅の広い剣を差しており、立ち姿にも隙が無い。
「……お父様」
「ル、ルシルじゃないか!?」
ちょびヒゲのオッサンが、ルシルに気づいて驚きに跳び上がる。
こっちがガザル・フォン・アルナード。ってことは、もう一人がゼパルか。
「ルシル、来てくれたんだね! いやぁ、よかったよ。心配していたんだ!」
場の空気を一切読み取ることなく、ガザルは嬉しそうに笑ってルシルに近づく。
しかし、だからこそ苦しげに歪む彼女の顔に、この男は気づいていない。
「お父様」
ルシルが、懐に忍ばせていた短剣を引き抜いて、その切っ先を父親に向ける。
するとガザルがまた驚き、そこで彼女に近づくのを止める。
「ル、ルシル……?」
「辺境伯閣下の命により、このルシル・フォン・アルナードが、お父様を、ガザル・フォン・アルナードを討ち果たします。御家を守るためです。御覚悟を……!」
そう宣言するルシルの声は、ほとんど泣き声も同然だった。
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