第40話 過去回想な感じでして:前

 ――これは、ビスト達が領都アルッセルにいた頃の一幕。


「んんんん~、匂う、匂うんだぜェ~~!」


 アヴェルナに入ったそのときから、すでに彼女はひどく目立っていた。

 何せ、豊満な肢体を持った少女が往来のそこかしこを犬のように嗅ぎ回っている。


 しかも着ている服は胸と局部をかろうじて覆っている程度の布切れ。

 つまりはほとんど裸みたいな恰好で、頭に角。背には羽根。尻からは赤い尻尾。


「……え、魔族?」


 道行く住人達は、彼女の姿を見るなりまずはそんなことを呟いた。

 だが、少女はそんな周りを一切気にせず、クンクンを鼻先を動かしている。


「むむむ! あっちだなァ~!」


 そしておもむろに立ち上がり、黒から赤に変わる髪色の少女は走り出す。

 彼女が駆けて行った先には、冒険者ギルドがあった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 その日、ウォードはギルド内の酒場の一角に座り、何事かを考え込んでいた。

 彼は昨日、北の鉱山都市から戻ってきたばかりだ。

 本日は休日と決めて、昼間頃から酒場でのんべんだらりとやっていた。


 ウォード・ガレムにはちょっとした悩みがあった。

 先日の『邪神』騒動がきっかけで、冒険者同士の不和が発生している。


 一部の若手冒険者達が、その他の冒険者に対して反発を抱くようになったのだ。

 原因は明らかで、あの『邪神』を前にして起きた一悶着にある。


 それが、ビスト・ベルとヴァイス・アロイドの対立だ。

 ヴァイスは、早くから若手冒険者の中では有望株として目されていた。


 彼は依頼へのモチベーションが常に高く、やる気に溢れていて勤勉で実直だった。

 いつでも努力を欠かさない上、人に優しく、自分には厳しい。そういう人間だ。


 Eランクでありながら実力もあって、誰もが彼に期待を抱いていた。

 だが、16歳という若さからか血気盛んで向こう見ずすぎる部分もあった。


 ウォードも他と同じく、ヴァイスに期待をかける一人だった。

 先月、冒険者になったばかりながらも目立つヴァイスは、やはり才能がある。

 そう思い、目にかけてきた。自分から話しかけたりもした。


 ヴァイスもまた、自分に敬意を抱いてくれているようだった。

 あの『邪神』騒動のときまでは。


 山よりも大きな『邪神』が現れたとき、ヴァイスの本性が露わになった。

 それは、悪党が薄汚れた本音を表に出すのとは違う。

 ヴァイスは、他者を強烈に惹きつけるだけの『英雄』の資質を宿していたのだ。


 あのとき、自分と共に『邪神』討伐に向かった300人の冒険者達。

 圧倒的な『邪神』の力を前に、彼らは一度は心を折られた。


 だが、それを再び立ち上がらせたのがヴァイスだった。

 彼の熱に溢れた説得と、命をも投げ出さんとする姿勢に、皆が感銘を受けた。


 そして、ウォードを除く全員がヴァイスと共に決死の覚悟で『邪神』に挑んだ。

 結局はそれも無駄な戦いで、冒険者達もビストの説得に折れたのだが。


 あの一件によって、ヴァイスは冒険者の間で孤立したかといえば、そうでもない。

 自分を含めた大半の冒険者は、ヴァイスと距離をとるようになった。


 ウォード自身はヴァイスに隔意はないのだが、彼がこっちに寄り付かなくなった。

 きっと、ヴァイスにとってウォードは『英雄』ではなかったのだろう。


 冒険者のタイプは様々で、中には『英雄思想』とも呼ぶべき考えを持つ者もいる。

 人々の願いを背負い、己の力を闇を切り開き、嘆きの涙を癒すもの。

 そうした偶像としての『英雄』に強く憧れ、自らそうならんとする者達である。


 ヴァイスが、まさにそれだった。

 そして彼を旗印として『英雄思想』に染まった若手が集まり、徒党を組んだ。

 それが、今現在『英雄派』と呼ばれ、大半の冒険者から揶揄される連中だ。


 冒険者は縦の繋がりが薄い分、横の繋がりが濃く、強い。

 それは仲間意識が強いということであり、派閥の対立が生じやすいということだ。


 今まで、アヴェルナの冒険者の間ではそうした対立はなかった。

 それは今はもういないAランク冒険者が、敵としての役割を果たしていたからだ。


 本人に自覚はなかっただろうが、あの男のおかげで冒険者は団結していた。

 しかし、その男がいなくなり、アヴェルナの冒険者の関係性に変化が生じている。

 ウォードには、その変化があまり好ましいものに感じられなかった。


「――いえ、こんなにいただくわけにはいきません」


 聞こえてくるのは、若い冒険者の声。

 今、カウンターで報酬を受け取ろうとしている彼が、職員に言ったのだ。


「あの、でもこれは正規の報酬額ですので……」

「大丈夫です。僕は別に、お金のために依頼をこなしたのではないので」


 これだ。これが『英雄派』の困ったところだ。見ろ、職員も戸惑ってるぞ。

 ヴァイスを始めとした『英雄派』の信条は『献身と研鑽』。


 彼らが信奉する『英雄』は『我欲を排し、私欲を捨てるもの』らしい。

 まさに物語の『英雄』像そのものだが、冒険者が実践することではないだろうに。


 今度、ヴァイスに話す必要があるか。

 と、ウォードが苦い顔をしていたところで、ギルドに彼女がやってきた。


「あ~! すげ~! おとーちゃんの匂いがすげ~する~! 絶対いるだろ~!」


 ギルド建物そのものを揺るがすかのような大声で、一気に周りが彼女に注目する。

 当然、ウォードも入ってきた少女に目にして『は?』と声を出してしまった。


 随分と際どい格好をした少女は、魔族だった。

 背中に生える赤い竜の翼に、腰から伸びる赤く太い尾。頭には鋭い角がある。


「……竜人種ドラグナーじゃねぇか」


 別名、竜魔族とも呼ばれる、魔族五大氏族の一角を担う希少な亜人種だ。


「おとーちゃーん! いるか~!? あたし様が来たぞ~! あたし様~! ホムラ・リンドルヴが、ただいま推参してやったぞ~! おぉ~~~~い!」

「ホ、ホムラ・リンドルヴ……!?」


 少女が名乗ったその名に、ウォードは我が耳を疑った。

 それは『至天の魔王』ビスティガ・ヴェルグイユに仕えた『五禍将フィフステンド』の一人。

 個人としてはビスティガに次ぐ戦闘力を誇った『赤禍の将パイロ・カラミア』の名ではないか。


「つまりビスト関連かァ~!」


 気づいた瞬間、ウォードはガタッと立ち上がり、すぐさま飛び出した。


「あれ~? 返事がないな~? 何でだろ? お~い! おとーちゃーん! いるのはわかってるんだぞ~! ちゃんとお返事できない子は悪い子なんだぞ~!」

「ちょっと、ちょっとそこのお嬢さんよ!」

「ほぇ?」


 呼ばれてクルリと振り返ったホムラの手を、ウォードが掴む。


「何だよ、おまえ~?」

「俺? お嬢ちゃんのおとーちゃんのお友達!」

「お~? お~! ホントだ、おとーちゃんの匂いする~!」


 匂いでわかるのか、とも思いつつ、ウォードは近くの職員に声をかける。


「ちょっと、二階の部屋借りるぜ~!」

「あ、はい……」


「ってコトで、お嬢さんよ、おとーちゃんのこと教えてやるから、一緒に来てくれ」

「わかったぜ~! ちゃんと教えてくれよな~!」


 ホムラは嬉しそうに笑ってうなずく。

 その素直さに、ウォードは「これが伝説の『赤禍の将』かよ」などとも感じたり。


 その後、ウォードはホムラの腕を引いて、二階の個室に入った。

 ドアを閉めたのち、彼は小さく呟くのである。


「何やってんだろうなぁ~、俺ァ……」


 これは自分がやることか? と、真面目に疑問を覚えてしまう。

 だが、魔族が冒険者ギルドに来るというのは、実はあまりよろしくないのだ。


 魔族史上最強の『至天の魔王』は『三強』と呼ばれる冒険者に討たれた。

 それ以降、それなりに長い期間、魔族による『冒険者狩り』が横行したのだ。


 それもあって冒険者と魔族は不倶戴天。本来ならば。

 ミミコとて魔族であることを隠した上で、冒険者をやっている。


 討たれた『至天の魔王』の来世と『金禍の将』が冒険者やってるのもおかしいが。

 しかし、そういった歴史を抜きにしても人類が魔族に向ける目は常に厳しい。


「な~な~な~な~? おとーちゃんは? おとーちゃんの話は? 聞かせてくれるんじゃないのか? な~な~な~な~? 早く聞かせてほしいんだぜ~!」


 ホムラが、ウォードの周りをウロチョロする。

 無邪気に餌を期待する猫か犬のようだ。これが『赤禍の将』なのか、とまた思う。


「仕方ねぇな~。ほら、そこに座んな。ゆっくり聞かせてやるよ」

「わ~い! ありがとなんだぜ~!」


 ホムラは『至天の魔王』に会いに来ただけ。

 ここまでの彼女の様子を見れば、それは誰だってわかるはずだ。


 この魔族の少女に、今のところ危険はないようだな。

 ウォードはそう判断し、椅子に座ってビストの話をしようとしたときだった。


「……ん?」


 幾つかのせわしない足音が、部屋の外から聞こえてくる。

 そして、鍵をかけたドアがいきなり蹴破られて、派手な音を立てた。


「いたぞ!」

「見ろ、やっぱり魔族だ! 竜人種だ!」

「魔族が冒険者ギルドに何の用だ!」


 入ってきたのは、四人。

 いずれも、若い冒険者ばかりだった。ウォードは察する。全員、『英雄派』だ。


「何だ、おまえら~?」


 小首をかしげるホムラを睨みつけて、四人の『英雄派』冒険者が武器を構える。


「何が目的かは知らないが、おまえの好きにはさせないぞ、魔族!」

「邪悪な存在め、おまえなど、俺達が討伐してやる!」

「オイオイオイオイ……」


 非常にわかりやすいアクションを見せる『英雄派』に、ウォードは頭を抱える。


「あのな、おまえさんら――」


 と、彼らを止めようと言いかけるウォードだったが、その肌を熱が焼いた。

 チリチリと、空気が焦げる音がする。彼は絶望的な気分になった。


「そっか、おまえら。あたし様とバトろうってんだな、一向に構わ~ん!」


 この『赤禍の将』、やる気満々すぎる。


「あ~、やっぱこうなっちゃうのね……」


 伝説に曰く『赤禍の将』はいかなる者が相手でも逃げることはなかったという。

 それを知っていたから、ウォードはホムラを部屋に隔離したのに。


「魔族め、どんな邪悪な企みがあろうと、俺達の手で打ち砕いてやる!」

「やるぞみんな、俺達がギルドを救うんだ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおォ――――ッ!」


 四人の『英雄派』冒険者が、一斉にホムラめがけて斬りかかる。


「あたし様はどんな挑戦でも受けてやるぜ。あたし様イズ・ナンバ~ワ~~ン!」

「ビストォ~、早く帰ってきてくれェ~!」


 笑うホムラの横でウォードが心からの嘆きを発する。

 その頃、ビスト・ベルは辺境伯閣下の前で責任転嫁をしている真っ最中だった。

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