第41話 過去回想な感じでして:後
こんなものはただの搾取でしかない。
今、ヴァイス・アロイドの中には、世の理不尽への激しい怒りが渦巻いていた。
「……こんなことが許されるのか?」
憤懣やるかたない気持ちで、彼は呟く。
依頼を終えて、アヴェルナへと戻る道すがらのことである。
「ひどい依頼だったな」
ヴァイスの幼馴染であり、大盾を背負ったタンクのライドリィがため息をつく。
依頼の内容は、近隣の村の近くに巣を築いたゴブリンの群れの駆逐だった。
それ自体は、大したものではない。
群れは小さく、ゴブリンの中にも特異個体はいなかった。
Eランクで適正。
Dランクに昇級したヴァイス達ならば余裕をもって対処できる案件だった。
しかし、話の主題はそこにはない。
「しかし、これがまぎれもない世の実情なんだろうね」
同じく嘆息するのは、二人の幼馴染の少女、レベッカ。
黒髪の術師である彼女は、男性めいた物言いをしながら、その顔を憂いに染める。
「……ゴブリンの群れに脅かされながら、半年も耐え凌いだだって?」
村で聞いた話を反芻し、ヴァイスが顔をしかめる。
その村は貧しく、他の村からも距離があって半ば孤立していた。
そんな中で近くの山にゴブリンが巣を作り、時折村に悪さを仕掛けてきたという。
村人達では対処ができず、冒険者を雇うことにしたというのだが――、
「Dランク冒険者への依頼報酬を村全体で半年かけて貯めた、なんてのはなぁ」
ライドリィがググと拳を握り締める。
確かに、向かった村は見るからに貧しく、村人達も常に困窮しているようだった。
彼らが一致団結して半年かけて貯めた報酬を、自分達は受け取ることになる。
実働半日。
いや、実際かかった時間を考えれば、ほんの四、五時間だ。
三人としても、大したことはしていないように思う。
ゴブリンは弱かったし、ボス個体もいなかった。言ってしまえば楽な仕事だった。
「どうする。報酬はこのまま受け取るのか?」
この程度の働きで、村人達が半年かけて貯めた金銭を受け取っていいのか。
その想いは三人共通。
彼らの血と汗の結晶を、こんなことで頂戴していいのだろうか。
「いいえ、それは受け取らなければなりません」
言ったのは、四人目の人物。
今回、たまたま向かった先の村で出会い、手伝ってくれた女神官だった。
「何故そう思うんですか、リシェラさん」
ヴァイスが、女神官リシェラに問う。
すると、彼女は悲しげに目を伏せながら、こう答える。
「冒険者ギルドが依頼人への報酬の返還を禁じているからです。仮に返還したとして、もしもそれが明るみに出れば、ヴァイス様達のみならず、あの村の方々まで罰則の対象となってしまいます。それは皆様も望むところではないでしょう?」
「バカな! 受け取った金を返すだけで、何で村の人達が罰せられるんだ!」
「それがギルドの規約だからです」
語気を荒げるライドリィに、リシェラは冷たい言葉を返すのみ。
ギルドが定めた報酬以外で金銭のやり取りはしてはならない。それが原則だ。
その金銭の流れがどのようなものでも、破れば罰せられる。
冒険者と依頼人の癒着防止を目的とした規約だが、ヴァイスは納得がいかない。
「弱き者のための冒険者ギルドなんじゃないのか……」
そもそも正規の報酬が半年かけないと貯められない額というのが、もうおかしい。
それを貯蓄できるまでの間、あの村の人々はずっと苦しめ続けられてきたのだ。
冒険者ギルドにたむろしている冒険者なら、それをすぐに解消できたはずだ。
なのにそうもいかなかったのは、やはり金だ。村が貧しかったことが問題だった。
「金を払わない人間は、依頼人としてふさわしくない、か……」
「じゃあ、金を払えない人間はいつまで経っても苦しみ続けるだけか?」
「それはさすがにおかしいね。ああ、おかしいとも」
ヴァイスも、ライドリィも、レベッカも、ギルドに対して強い不満を抱いている。
困っている人間など、この世の中にはいくらでも存在している。
どうして、そうした人々に救いの手を差し伸べようとしないのか。
強い力を持った人間を、ギルドにはごまんと抱えているはずなのに。
いや、冒険者として、これから報酬を受け取る自分達も同じか。
所詮は金。金、金、金、金、だ。
何とも浅ましく、情けない。力があるクセに、その力は金によって縛られている。
「俺は金のために冒険者になったワケじゃないんだがな」
「ああ、知ってるよ。俺もだ、ヴァイス」
「私もだとも。君達と志は同じだとも。力ある者として、責任を果たしたいんだ」
力ある者は、力なき者に代わって責任を果たす。
それこそがヴァイス達が心の内に宿す信念に信条――、『献身と研鑽』だ。
「皆様、ご立派な心掛けですね」
三人の話を聞いて、リシェラが微笑む。
遠くに爆音が聞こえたのは、その直後のこと。ヴァイスが何事かを見やる。
「ア、アヴェルナの街が……!?」
自分達が歩く街道の少し先にアヴェルナの街が見えている。
そこに、何やら黒い煙がたなびいてる。
今の爆音と合わせて考えると、どうにもイヤな予感しかしなかった。
「走るぞ! みんな!」
ヴァイスが、血相を変えてアヴェルナへと駆け出した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そこにあったのは、あまりにも受け入れがたい光景だった。
冒険者ギルドの建物が、一部倒壊している。
ヴァイスが見た黒い煙は二階から上がっていた。
その部屋は壁がぶち抜かれて、落ちた瓦礫が往来に散っている。
そして、入り口前に到着したヴァイスの目に映っているのは『英雄派』の同志達。
四人の『英雄派』の冒険者達が、道に転がって苦しげに呻いている。
「ぅ、うう、く……」
「オイ、何があったんだ。一体、何が……!?」
ヴァイスが近くに倒れていた戦士を抱え起こす。
すると、その戦士は体にひどい火傷を負っていた。顔半分が、無残に爛れている。
「ヴァイス、さん……」
「何だ、何があった。これはどうしたんだ!」
「ま、魔族です」
「何だって、魔族……? 魔族が、このアヴェルナに?」
信じがたいことだった。
魔族は、人類の怨敵。決して相容れない相手で、討つべき邪悪そのものだ。
だが魔族の総本山である魔王の国は、大陸の反対側にある。
ここに魔族が現れる可能性なんてごく低いはず。――まさか、ビスト・ベル!?
魔族について考えたとき、真っ先に思い浮かんだのは、あの男のことだった。
人間でありながら、魔王の生まれ変わりであることを自ら告白した、あの冒険者。
「すいません、俺達……、魔族を討とうとして、失敗――」
ヴァイスに抱えられた戦士は、そこまで言って気を失った。
その右手には、半ばから折れた剣が握られたまま。その戦意は、挫かれていない。
「よっ、と!」
近くに若い女の声がする。
顔を上げれば、そこにいるのは角と翼と尾を持った、竜人種の少女だった。
「何だ何だァ~? 一発でおしまいかよ~、根性ね~な~! 弱っちぃぞ~!」
少女は、周りに倒れる四人を見てそう叫び、ガハハと笑う。
「やっぱ強いよな~、あたし様! あたし様イズ・ナンバ~ワ~ン!」
竜人種の少女は人々の視線を集めつつ、立てた右手の人差し指を天に突き上げる。
もはや、我慢はならなかった。いや、我慢などしてはいけない。
「君達の想いは、僕が受け継ごう」
ヴァイスは立ち上がって、自分の剣を鞘から抜く。
人が住まう街にあって、邪悪な魔族が人を嘲笑うなど、あってはならないことだ。
だが、この魔族はかなり強い。四人の戦士を一蹴できる実力の持ち主だ。
ならば自分も全霊をもって臨もう。この悪を、これ以上のさばらせてなるものか。
「お~? 次はおまえか~?」
魔族が首をかしげている。
自分からギルドに襲撃を仕掛けておきながら、このふざけた態度。
ヴァイスの中の怒りが、さらに激しく燃え上がる。
「人間風情とナメるんじゃないぞ、魔族。おまえはこの俺が――」
「やめろやめろ、そこまでにしとけっての~!」
だがそこに、割って入ろうとする者がいる。ウォードだった。
「あ、おっちゃ~ん!」
何故か、魔族の少女はウォードに向かって親しげに手を振っている。
「へいへい、おっちゃんですけどね。おまえさん、ちょっと暴れすぎだぜ~?」
「何であたし様が叱られなくちゃいけないんだよ~、悪いのはあっちなのに~ッ!」
「そりゃそうなんだがなぁ~……」
あっちが悪い?
魔族を撃退しようとした同志達に非があるというのか?
ウォードと魔族の会話を聞いて、ヴァイスの中に生まれたのは疑問と、憤怒。
あり得ない。そんなことはあり得ない。
人の住む街に現れ、冒険者に狼藉を働く魔族こそが邪悪に決まっている。
そして、邪悪の権化と親しげに話しているウォードもまた、許せるものではない。
「オイ、ヴァイス。街中で武器抜いてんじゃねぇっての。おまえさんも下がりな」
「ウォードさん、今度という今度は心底見損ないましたよ。あんたは最低だ」
「あぁ~ん?」
最初は尊敬していた。
街でも数少ないAランクながら、駆け出しの自分にもよくしてくれたこの人を。
他の冒険者をまとめ上げる姿は、まさしく『英雄』に相応しい。
だが結局ウォードも他の浅ましい冒険者と同じ、金が欲しいだけのウジ虫だった。
「命を懸けるべき場面で逃げを選んで、今はこうして魔族を受け入れている。あり得ないですよ、あんた。一体、何を目的として冒険者をやってるんですか?」
「オイオイ、おまえさんの言ってることがわからんぞ、ヴァイス……」
「うるさいですよ。俺はもう、あんたには何も期待しませんよ!」
そして、ヴァイスは手にした剣を魔族の少女に向ける。
「そこの魔族! おまえが何を狙ってこの街を襲ってきたかは知らないが、この俺がいる限り、街の人々に危害は加えさせないぞ! このヴァイスが、おまえを討つ!」
人々が遠巻きに眺めている中、挑みかかるヴァイスに、少女は「ん?」という顔。
「おっちゃ~ん、こいつ何言ってんだ~?」
「いや、え~っとな……」
ウォードが答えあぐねている。少女が、そんな彼の方を見ている。絶好の隙だ。
「魔族、覚悟ォ――――ッ!」
「お、やるか、このォ~~~~!」
真っすぐに突進するヴァイスに向かって、魔族の少女が拳を振りかぶる。
その拳が激しい炎に包まれて、轟と大きく唸りをあげる。
「バカッ、やめろってのォ~~!?」
が、互いに攻撃を繰り出そうとする両者の間に、ウォードが体ごと割って入った。
「ぅわ、バカッ、おっちゃ――」
ギルド前に輝きが迸り、巨大な爆炎が炸裂する。
地面が揺れ、人々が悲鳴をあげる。吹き荒れる爆風に、ヴァイスも道に転がる。
立ちこめる煙が景色を覆い隠す中で、彼は確かに聞いた。
別の魔族が、そこに現れたのだ。
「このおバカ! 何やってんだい、本当にッ!」
「あ、ルイルイじゃ~ん!」
「ルイルイだよ。久しぶりだね。言っとくけど、ビストは今はいないよ!」
ビスト、あの男の名前がどうしてそこで出てくる!?
やはりそうなのか。この魔族達は、ビスト・ベルと繋がりがあって、街に襲撃を!
「え、おとーちゃんいないの? なぁ~んだ……」
「わかったら。一旦外に行くよ! いいね?」
「待って待って、おっちゃんが~! あたし様、おっちゃんにあやま――」
「あとでいいだろ。ほら、さっさと行くからね!」
「あぁ~ん、おっちゃ~~ん!」
そして煙が晴れたとき、そこに魔族の姿はなかった。
あとに残ったのは、壊れた建物と砕けた道。そして焼け焦げた瀕死のウォード。
ビスト・ベルをこのままにはしておけない。
騒然となっているギルド建物前で、ヴァイスはそれを強く感じたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――決意を固めるヴァイスを、彼女が見つめている。
「ああ、神よ……」
その瞳は喜びに揺れて、歓喜の涙が浮かんでいる。
見つけた。見つけてしまった。
こんなにも早く、探し人を見つけてしまった。
「神よ、私は見つけました。あなたの加護を授かるに相応しい『勇者』の器を」
リシェラ・ルナは手にした儀式杖を強く強く握りしめ、そう呟いたのだった。
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