第42話 俺のせいとか言われまして
何か、ギルドが壊れとる。
「はぁ~? 冒険者ギルドが、魔族の襲撃を受けたァ~~!?」
アヴェルナの街に戻った俺達を待っていたのは、そんな突拍子もない話だった。
「そ~よ~、目撃者の話を総合すると、大体そんな感じらしいわよ……」
ギルド建物一階のカウンターにて、ラビ姉が憮然とした顔で教えてくれた。
とはいえ、この人も現場は目撃していないらしい。
ラビ姉とクラリッサさん、今日は職人ギルドの方に出かけてたようで。
領主がいない現状、街の運営は主要ギルドトップの話し合いで決められている。
その魔族とやらがギルドにやってきたのは、ちょうどそのタイミングだった、と。
いや、しかし、魔族が襲撃?
ただの一地方都市のアヴェルナの冒険者ギルドを? 魔族が?
一瞬、ルイナがやったのかとも思ったが、あいつは暴力に訴えるタイプじゃない。
二階の個室の壊れ具合を見てみると、一発で破壊されてる感じがした。
「ビスト君!」
ラーナとミミコが俺のところに戻ってくる。
外に情報を集めに行っていたのだが、随分と早いお戻りだ。何かあったかな?
「ラーナ、どうだった?」
「魔族の女の子がギルドに来たのは本当みたい。どんな子かも聞いてきたよ」
おお、外見の特徴までわかったのか。だったら――、
『ホムっち』
「え」
『ギルドに来たの、ホムっちだよぉ~』
ミミコがあっさりとネタバレをくらわしてくれる。
そしてそれは、俺にとっては予想だにしていない名前だった。……え、ホムラ?
「下着みたいな恰好で、角が生えてて、赤い羽根が生えてて、赤い尻尾が生えてて、自分のことを『あたし様』って呼んで、おとーちゃんがどうとかって言ってたって」
「ホムラだァァァァァァ――――ッ!?」
そ、その特徴は、間違いなくホムラ・リンドルヴだァァァァァ――――ッ!
『だよねぇ~、これ絶対にホムっちだよねぇ~……』
「いや~、どうしようもなくホムラだな。ホムラ以外にあり得ないレベルでホムラ」
「その、ホムラさんっていう人は、どんな人なのかな?」
ラーナに問われ、俺とミミコはしばしあいつについて思い返す。
「アホの子?」
『バカな子?』
「えぇ……」
「あ~、バカだな~、バカだ」
『うん、アホだね~、アホ~』
「ええぇぇ……」
俺とミミコの正鵠を射過ぎている解説に、ラーナが眉間にしわを寄せる。
けなしてるように聞こえるかもだが、実に真っ当なホムラ評だと自負している。
「じ、じゃあ、そのホムラさんがギルドを襲った――」
「それはないな」
ラーナの言葉に、俺は即座に首を横に振る。
「仮にルイナと組んでたとしても、それだけは絶対にない」
「断言、しちゃうんだね……」
『わかりきってることだからねぇ~、ホムっちについてはぁ~』
本人がいない場所であんまり話すことでもないので、これ以上は言わないが。
「そのホムラちゃんって、もしかしてビストの前世の?」
「そだよ、ラビ姉。『
すでに、このギルドに来るおおよその人間が俺の前世を知っている。
だからだろうか、街に入ってから、何かとよそよそしさを感じるというか……。
「話を聞くに、ホムラがギルドに来たのは間違いないようだが……」
「おとーちゃんって人を探してたっぽいよ~、どうやら」
どうしてギルドに来たかについて、ラビ姉が教えてくれた。
「あ、はい、前世のことですね。つまり俺を探してたワケかぁ~~~~!」
しかし、それがどうしてギルド襲撃なんて話になってるんだよ……?
「ウォードさんが対応してくれたみたいだけどね~」
「お、マジかよ。また迷惑かけちまったなぁ……」
またも教えてくれたラビ姉の方を見つつ、俺は申し訳なさに肩を落とす。
これまで、どれだけあの人に迷惑かけてきたんだ、俺。今度何か奢らなきゃなぁ。
「あの、ビスト君――」
「んあ? どした、ラーナ。顔色が悪いぜ?」
「ウォードさんのこと、なんだけど……」
随分と語りにくそうにしながら、それでもラーナは話してくれた。
ウォードさんの、今の状況を。
「……重体?」
俺は、驚くこともできず、ただ繰り返すしかなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
施療院の一室に、運び込まれたウォードさんが寝かされていた。
「こいつは……」
ウォードさんは服を脱がされて、上半身は包帯まみれの痛々しい姿になっている。
包帯の隙間に覗く火傷の跡は、まるで肉が溶けたかのようだ。
「すでに一日半、眠り続けていますよ」
「そんな……」
案内してくれた神官様の説明を受けて、ラーナが口元を手で覆う。
「白魔法による浄化と治癒は行なったのですが、傷が深すぎて、治しきれず……」
「そう、でしょうね」
神官様の顔はやつれていて、顔色もすこぶる悪い。
ウォードさんの火傷に対処するため、だいぶ無理をしたに違いない。
それでも、果たしてその治療がどの程度効果があったのか。
今のウォードさんを見るに、残念ながら『ほとんどない』と言わざるを得ない。
だがそれも当然の話なのだ。
ホムラが扱う炎は、ただの炎ではない。
それは混じり気のない、純粋な火属性の式素のみで構成された、破壊の炎。
燃やすのではなく、燃焼という形で万物を壊すそれを『私』は『牙炎』と呼んだ。
ウォードさんの体は今もホムラの『牙炎』に壊され続けている。
人間が使う白魔法程度で、その火傷は治るものではない。
個としての戦闘力と破壊力は『私』を除けば当時の魔王軍でもダントツの一位。
それが『
「何でこんなことに……」
俺は何も言わず眠り続けているウォードさんを見下ろしながら、唇を噛む。
「この人がこんな風になるなんて、やはり魔族は恐ろしいですね」
「……ッ」
神官様の言葉に、俺は一瞬、激昂しかける。
「ダメだよ、ビスト君」
「……ああ」
ラーナが俺の手を握ってくれた。
神官様は、事情を知らない。ここで俺が怒っても、その怒りに意味はないんだ。
それにウォードさんがホムラの炎に焼かれたのは事実なんだから。
「ウォードさん……」
俺は、しばらくの間、ウォードさんを見つめながら場に佇んでいた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――施療院を出ると、冒険者の一団が俺達を待ち構えていた。
「ウォードさんへの見舞いは終わったのか、ビスト・ベル」
「おまえは……」
一団の先頭に立って俺に声をかけてきたのは、ヴァイスだった。
ってことは、こいつらが例の『英雄派』とやらか。確かに全員が俺達と同年代だ。
戦士やら術師、神官に盗賊。射手に吟遊詩人、などなど。
多種多様なジョブの冒険者がおよそ数十人、俺達の前に立ちはだかっている。
そして全員が俺達を――、特に俺をきつく睨みつけている。
怒気や敵意を隠そうともしていない。それどころか、明確に憎悪も混じっている。
「この街を出ていけ、ビスト・ベル」
いきなり、何の前置きもなしにヴァイスが俺に言ってくる。
「……あ?」
何だ、こいつ。今、何を言いやがった?
「おまえがあの魔族に命じてギルドを襲ったのはわかってるんだよ」
「本気で何言ってんだ、おまえ……?」
何やら飛躍したことを言い出すヴァイスだが、その顔は真剣そのもの。
完全に自分が言ったことを信じ込んでいる顔だ。また変な正義感出しちゃった?
「あなたは、いきなり来て何を言い出すんですか? ぶしつけすぎませんか?」
ラーナが若干の怒りをその声に込めて、ヴァイスに抗議する。
「君は、ラーナ・ルナだったな。その男のそばにはいない方がいい。その男は『魔王の力』を受け継いだ危険な存在なんだ。しかも、この街を潰そうと画策している」
「……どこから、そういう話になったんですか?」
ヴァイスの話はあまりにぶっ飛び過ぎていて、ラーナは軽く戸惑ったようだ。
「そこのゴーレム」
次に、ヴァイスはミミコを指さした。
『ミミが何だよォ~』
「どうせそいつも、魔族が関わる何かなんだろ? そんなゴーレムが冒険者だなんて、それこそあり得ない。ビスト・ベルの陰謀に関わっているに違いない!」
『わぁ~、偏見と暴論と暴言の三点セットだぁ~。お得だだけどいらなすぎ~』
魔族が関わってるってのは偶然にしても的を射ているが、それ以外がなぁ……。
「ミミコについては俺達がどうとかじゃなく、ギルドが冒険者として認めてるんだぜ。文句があるならギルドに言えよ。俺達に言ったってどうしょもねぇよ」
「冒険者ギルド、か。やはり、あそこもどうにかするべきなんだろうな……」
どうにかするって、何だ。
ただの冒険者の徒党でしかない『英雄派』が、国営のギルドに何するつもりだよ。
「だが、それよりも今はおまえの方だ、ビスト・ベル。おまえは何を企んでいる。『魔王の力』を使って、何をしようとしているんだ! 今、この場で吐け!」
「俺はいつだって慌てず、騒がず、目立たず気楽に人生楽しみたいだけですが?」
「誰もそんな冗談は求めちゃいないんだよ!」
冗談とか言われた!?
こっちは至極真面目に自分の人生目標を語ったのに!
「『魔王の力』を受け継いだおまえが、ただの冒険者をしているなんておかしいじゃないか。今回だって俺は聞いたぞ。ギルドを襲撃した魔族が、おまえの名前を出しているのをな。何を企んでいる! この街をどうするつもりだ!?」
うわぁ、何て清々しい言いがかり。
そりゃあホムラは俺を探しに来たんだから、名前くらいは言うだろうよ。
あれ、でもあいつ、俺のこと知ってるのか? ……まぁ、いいか!
「おまえが操る魔族のせいで、俺達の仲間が四人も死にかけたんだぞ! 全員、あの赤い魔族にやられたんだ! 魔族本人がいない以上、その責任は魔族を操っているおまえにある! ビスト・ベル、俺達は絶対におまえを許さない!」
「そうだ、おまえの存在は許されないんだよ、この人の姿をした魔王め!」
「よくも私達の仲間を傷つけたわね! あなた達さえいなければ!」
…………あン?
「ちょっと待ってくれねぇか」
口々に俺を罵り出す『英雄派』の面々だが、今、聞き逃せないことを言ったぞ。
「オイ、ウォードさん以外にいるのか。ホムラにやられたヤツが?」
「そうだ! 俺達の仲間が四人、冒険者ギルドであの赤い魔族にやられた!」
「その四人が、あの魔族のギルド襲撃の最初の被害者だ!」
俺の問いに答えたのはヴァイスと、その隣に立つライドリィとかいう大盾使い。
そうかい、そうかい。なるほどねぇ。……なるほどね。
「なぁ、ミミコ」
『うんうん、その人達で間違いないねぇ~』
「何てひどい話……」
俺の問いにミミコはうなずき、隣のラーナが全てを理解して片手で頭を抱える。
「何だ、その反応は! おまえの操る魔族が仲間を――」
「ちょっと黙れ」
俺はほんの少しだけ、胸の中に渦巻く激情を『英雄派』に向けて解き放つ。
放たれた圧が、ヴァイスを、そして場にいる数十人を一斉に潰して膝をつかせる。
「ぐ、が……ッ!」
「何だ、こ、これ……」
「体がつ、潰れ……ッ!?」
地面にひざまずいて動けなくなったヴァイスのもとへ、俺達は近寄っていく。
「ヴァイス」
「ビ、ビスト・ベル……ッ!」
こっちを見上げるヴァイスを、俺はとびっきりの冷たい目で見下ろす。
「その四人が元凶だな」
「何のは、話、だ……!」
「何のもクソもあるか。おまえが散々話に出してる、魔族のギルド襲撃だよ。何が襲撃だ、ふざけやがって。その四人がホムラに襲いかかったのが原因じゃねぇかッ」
「な……」
「ホムラはな、自分からは絶対に戦いを挑まないんだよ」
絶句するヴァイスに、俺はその事実を教えてやる。
俺が、ホムラがギルド襲撃を行なうことはないと断言できる理由が、それ。
ホムラは、戦いを挑まれれば必ず受けるが、自分からは挑まない。
何があってもだ。何があっても、ホムラ・リンドルヴは自分からは攻撃しない。
「ホムラがギルドを壊したなら、そりゃギルドであいつが誰かに戦いを挑まれたってことだ。そこがずっと引っかかってたよ、けど今ので解決した。ありがとな。おかげで最悪の気分だよ、楽しくもなんともねぇ。おまえらを引き裂きたくなったぜ」
「ひぐ……ッ!」
ヴァイスが、顔を青くして息を飲む。
心底から気分が悪い。こんな連中が『英雄派』を名乗るのかよ、こんなのが。
ただ俺を探しに来ただけのホムラを、魔族ってだけで襲うようなヤツらが。
「ウ、ウォードさんは、どうなるッ!」
だが、そこでヴァイスはなおも俺に抵抗を示す。
「あの人だって、赤い魔族にやられたんだぞ! 今だって死にかけたまま、施療院で寝たきりになってる。あの赤い魔族のせいだ。おまえが操る魔族が暴れたせい――」
「いや、そいつはちょっと違うんじゃねぇかなぁ~」
俺とヴァイスの間に滑り込むようにして、その声は場に響いた。
施療院の入り口付近。ヴァイスはそちらを見て、その目を驚きに丸くする。
「もう、目が覚めたんですか。ウォードさん」
「おうよ。おまえさんのおかげでな、ビストよ」
そこに立っていたのは、大火傷が完治したウォードさんだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます