第39話 結局はこれが俺でして:後
責任転嫁、万歳。
「実はガザル・フォン・アルナード男爵逃亡の裏には、魔族の陰謀があったんだ!」
「「「な、何だってェェェェェ――――ッ!」」」
俺が明かした真実(真実じゃない)によって、場に激震が走った。
ここは、辺境伯領の領都エルッセルの東側にある、都で一番デッケェ建物。
つまり辺境伯さんのお屋敷だァ!
そして広い部屋に集められたのは、男爵とか子爵とか、あと偉い人とか偉い人。
役職とか身分とか知らんて、俺はただの冒険者だっての。
一方で、俺の側には俺と、ちょっとした大きさの箱を持ったラーナ、で、ルシル。
ガザルは、この屋敷の別室にて療養中。傷は俺が塞いだけど出血が多すぎた。
え、ミミコ?
あんな自走宝箱が辺境伯のお屋敷に入れるはずないじゃん……。
「つまり――」
と、広い部屋の最奥、そこにある一際豪華な椅子に座る男が、俺をねめつける。
「ガザル君の逃亡は本人の本意によるものではない。君はそのように主張するということですね、アヴェルナの若き冒険者、ビスト・ベル君」
金色のひじ掛けに肘を置き、男はゆったりとした仕草で頬杖をついて、俺に問う。
伸ばした青い髪を後ろで括った、壮麗な衣装を纏う眼鏡をかけた碧い瞳の青年。
男としてのイメージは、ウォードさんの正反対。
細面の優男で、体も細身ながら弱いイメージは一切ない。代わりにあるのは鋭さ。
一見して、受ける印象は冷たく冴え冴えとした蒼き氷。
透き通りながらも、その密度の高さゆえに光を屈折させて中が見通せない。
そんな曲者っぽさが全身から感じられてならない。
「そういうことですよ、辺境伯閣下」
俺は、彼に向かってそう返す。
そうだ、周りに配下を従え、自分より遥かに年上のガザルを君付けするこの男。
こいつこそは、この地方の全ての貴族のトップである、辺境伯ご本人。
クラヴィス・フォン・ランゼルト辺境伯閣下だったりする。
なお、年齢は俺とラーナより三つ上の十八。
随分と若いのは、先代の辺境伯が早くに亡くなり、他に血縁もなかったから。
二年前、急遽クラヴィスが家督を継ぐことになったのだ。
辺境伯さんについてはそんなところで、次に、何故俺達が領都にいるのか。
簡単だ。あのあと、ミミコを掘り起こし全員で空飛んでアルッセルに来たからだ。
いや~、飛行っていいね!
地形とか考えないで済むから最高だね!
最近は『魔王の力』もすっかり馴染んだようで、魔法使用後の虚脱感もないしね。
十人未満程度なら、楽々ですわ。ガッハハハハハハハハハハハハハ!
で、数時間飛んで俺達は午前中に領都に到着。
その後、俺達はすぐにルシルを前に出して辺境伯さんにアポを取ったワケである。
数日くらいは待つことになるかと思って宿探してたら、速攻で呼び出されたわ。
そんで屋敷に来てみたら、お偉いさんがいっぱいいる中、俺が真相暴露中。
現状までの経緯はおおむねそんな感じ。
「ふぅん、ガザル君は魔族の陰謀に巻き込まれていた。ということですか……」
クラヴィス辺境伯が頬杖を突いたまま呟き、今度はその長い足を組む。
いやぁ、たったそれだけのことなのに、何とも様になってるねぇ。
辺境伯っていう大それた称号に相応しい、ものすげぇ尊大ムーブを見せつけてる。
「ふむ……」
クラヴィスが軽く考え込んでいる。
それだけで周りの空気が軽く凍てついているのが面白い。緊張感がエグいんだが?
周りにいるのは、クラヴィスよりも遥かに年上のオッサンばかり。
中にはじいさんと言い切ってしまってもいいような人までいる。
その全員がクラヴィスの一挙手一投足をじっと見つめて、息を飲んだりしている。
場に多数の貴族あれど、空気を支配しているのは青い髪の最高権力者。
クラヴィスが、改めて俺の方へと視線を向ける。
「さすがに、少し飛躍しすぎた話なのではないですか?」
まぁ、そういう反応にもなるだろう。
「魔族の国は我が国からは遠く離れた大陸の反対側。魔王が人類支配を狙っている、という話はそれこそ常日頃から耳にはしますが、だからといってこんな遠方にまでその魔手を伸ばしてくるというのは、やはり考えにくいように思われますね」
「うむ、そうだな……」
「まさに閣下の言われるとおりでありますな」
これもまた、そういう反応になるよねっていう感じ。
「それに、そもそもにおいてその魔族の陰謀とやらは、一体どのようなものなのか。それについてはどうですか、ビスト君。説明することはできますか?」
「そうだぞ、冒険者。おまえに説明はできるのか?」
「ガザルの討伐を回避するための嘘八百ではないのか? いや、そうに違いない!」
クラヴィスが、俺に対して懐疑の目を向ける。
すると、周りにいるお偉いさん方が一斉に同じように俺達に疑い始める。
オッサン共はもう少し自我というか、主体性をもって生命活動をしたらどうかな?
「魔族の陰謀についてですか、もちろん全部わかってますよ。狙いは明白。この国とお隣さんとの間で、ドンパチやらせようとしてるんですよ」
「ほぉ……」
あっさり答える俺に、クラヴィスが眼鏡の奥の目を細める。
そのまなざしに、ルシルなんかはすっかり委縮しきって石化も同然の状態よ。
根っこが気弱だからね、こういう場の重圧はさぞかし辛かろう。
「この国とお隣さんは今は別に争ってないけど、関係性は微妙でしたよね。そしてそれは、別にその二国に限ったことじゃない。どこの国も、大抵は何かが燻ってる」
「つまり――」
辺境伯閣下が、俺の言葉が終わるのを待って、そこから引き継ぐように続ける。
「魔族の陰謀とはこの地方を戦火の渦に飲み込むことである、と?」
「そこまで規模の大きいモンかは知りませんけどね。やろうとしてることは大体そんな感じでしたよ。直に確かめたんで、間違いありませんよ」
「確かめた……?」
肩をすくめる俺に、クラヴィスが軽く眉根を寄せてみせる。
それこそ、俺が待っていた反応だ。大物が餌に食いついてくれたぞ~。
「東のことわざに『百聞は一見にしかず』ってありましてね。この場に連れてきてますよ、今回の陰謀を企んだ魔族。お望みなら、ここに出しますけど?」
「「「な――ッ」」」
笑う俺の一言に、場は一気に騒然となる。
お偉いさん方が一様に顔色を青ざめさせる中、しかしクラヴィスは全く動じずに、
「それはいいですね。是非、お目にかかりたいものです」
などと抜かしやがるのである。
さすがは辺境伯、周りとは肝の太さというか、器が違う。ちょっと悔しいな。
「か、閣下! さすがにそれは……!」
「そうですぞ! もしも魔族がよからぬことを企んでいたら!」
お偉方が口々にクラヴィスに進言するが、辺境伯閣下は完全に面白がっている。
「そんな危険な魔族であれば、ビスト君がとっくに始末しているでしょう。危険性がないと彼が判断したからこそ、今のような言葉を口にできる。違いますか?」
「いや、その通りっすよ。こいつにゃ何もできませんよ。絶対にね」
「よろしい。その言葉を信じましょう。動かぬ証拠があるならば、それを確認するのが一番でしょう。それではよろしくお願いしますよ、冒険者さん」
「わかりましたよ。――ラーナ」
「う、うん……」
ラーナが、持っていた箱を床に置いて、そのふたを開ける。
すると中から聞こえるのは、カキカキという乾いた音と、けたたましい嘆きの声。
『殺してくれェェェェェェ~~! 早く俺を殺してくれェェェェェェ~~~~!』
「うぉッ!」
「な、何だこいつは……!?」
箱の中に収められていたのは、自分の死を懇願する薄汚れた頭蓋骨だった。
それを目にした貴族さん達が一様に顔に怖気を浮かべる。
『痛ェ、痛ェェェェェ~! あぁぁぁぁぁぁ! 殺してくれェェェェ~~~~ッ!』
「こいつが、アルナード男爵を裏で操っていた魔族、ゼパル・ハーウェイです」
「ゼ、ゼパルだとッ!? その名前は、まさか……!」
どうやらお偉方の中にゼパルの名を知っている者がいたようだった。
いいね、それはいい。話が早くて助かるぜ。
「そうです。アヴェルナの街の騎士団長、ゼパル・ハーウェイです。正確には、本物のゼパルを殺して成り代わっていた、魔王軍に属するアンデッド、ですが」
「ァ、アンデッド……!」
俺の言うことを、貴族の一人がそのまま繰り返す。
このしゃべる頭蓋骨を見れば、その言葉はすんなり受け入れられるだろう。
「アヴェルナの街を襲った巨大モンスターも、この偽ゼパルが仕組んだ陰謀の一環でした。モンスター来襲時、こいつは恐怖に駆られて平常心を失いかけていたアルナード男爵をそそのかし、自らは騎士団と軍を率いて街を出奔。そして男爵を言葉巧みに操りながら追い込んで隣国への亡命を果たさせようとしたのです」
「なるほど」
長ったらしい俺の説明にクラヴィスはうなずいて、やっと頬杖を突くのをやめる。
「それで、それに気づいたビスト君が、ゼパルを捕縛したということですか」
「ええ、そういうことですよ。なぁ、そうだろゼパル?」
『そうだァ! 全部、俺がやったァ! 俺が仕組んだことだァ~!』
頭だけになったゼパルが、大声で自白を始める。
『全部、今、そいつが言った通りだよ、何も間違っちゃいねぇ! 全部、全部だ! 俺は魔王軍の尖兵で、この国と隣の国の間で戦争を引き起こす任務を帯びて、アヴェルナに来たんだァ! そうだよ、全部が俺の仕込みなんだよォ~! 何もかもォ!』
「…………」
「……何たることだ」
嘆きの中に自白を行なう頭だけのゼパルに、皆、言葉もないようだった。
俺は、クラヴィスの方をチラリと見る。
「どうですかね、辺境伯閣下」
「ふぅむ……」
『ウアアアアアァアァァァ~~、もういいだろぉ~? 俺は話したよォ~、全部、全部話したよォ~、全部本当だぁ、だから殺してくれ、殺してくれェ~~~~!』
クラヴィスが再び考え込む。その間も、ゼパルはひたすら死を願い続けた。
こいつは肉体を失い、骨だけになった現在も激しい痛みに苛まれ、苦しんでいる。
ゼパルがこんな風にしたのはミミコだ。
俺がそうするように頼んだ。こいつには、こんな扱いでも上等すぎるけどな。
やがて、辺境伯は顔を上げると、俺達が望んだ言葉を告げた。
「わかりました。アルナード男爵の件について、この魔族の自白は信ずるに足るものと思われます。男爵の処分については、一旦白紙に戻した上で考え直しましょう」
俺、その言葉を聞いて、目立たないように右手をグッと握り締める。
そして後から『はぁ……』というルシルの安堵のため息が聞こえてくる。
『殺してくれェ~、殺してくれェェェェ~』
「ああ、殺してやるよ。ありがたく死に果てろ、首謀者」
俺はそう告げると同時、嘆くばかりのゼパルの頭をその場で踏み潰した。
これにて責任転嫁の証拠隠滅、完了!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
この人達と少し内々で話がしたい。
クラヴィス・フォン・ランゼルト辺境伯閣下はそう言って、人払いをした。
お貴族様達がいなくなって、部屋の中が一気に広くなった。
この場には俺達三人とクラヴィスしかいない。ルシルは未だ緊張の面持ちだが、
「はぁ~~~~~~~~…………」
そこに響き渡る、長い長い長ァ~~~~い、ため息。
「さすがに疲れたよ……」
言ったのは、クラヴィス。
いかにも切れ者風だった知的な顔つきは、見る影もないくらいに脱力する。
「ヘイヘイ、お疲れっす。いや~、実に堂々としてたねェ、クラヴィス
「辺境伯のお仕事って大変そうですね、クラヴィスさん」
「え、……え!?」
クラヴィス兄に気さくに話しかける俺とラーナに、ルシルが露骨な驚きを示す。
実は、その反応が見たくて、俺達の関係は彼女には教えていなかった。
「ルシルさん、実は僕はね、そこにいるビストと同じ孤児院の出身なんですよ」
「えェッ!?」
実はそうなんだなー。
今はこの人、辺境伯なんてしてるけど、五年前まで一緒の部屋で寝てたよ、俺ら。
「僕はね、父――、先代辺境伯の妾の子でしてね、母を病で亡くして、ベルーナ孤児院にやってきたんです。それで五年前に、子を成せないまま奥様が亡くなられて、そういった事情から父が僕を探し当てて、引き取られたんですよ」
「ま、ここで会うことになったのは完全に偶然の産物なんだけどなー」
「僕も驚いたよ、ルシルさんが依頼した冒険者が、ビストとラーナさんだなんて」
そりゃあそうだとは思うけど、その驚きを微塵も顔に出さないのはさすがよね。
「では、父のことは……」
まだ半信半疑というていのルシルに問われると、クラヴィス兄はかぶりを振る。
「それはそれですよ。事情やいきさつがどうであろうと、アルナード男爵が自領を放棄した事実は変わりません。ですので、男爵には何某かの沙汰が下すことにはなるでしょう。しかし、そこに魔族の企みがあったなら、僕があなたに言い渡した条件は再考する必要が出てきます。――まぁ、本当にそんなものがあったら、ですが」
クラヴィス兄が、チラリとこっちを見てくる。さすがにお察しですかね。
「ビスト、率直にきくよ。どこからどこまでが本当だい?」
「実は――、八割以上が事実です!」
「え、マジでかい!?」
これは予想外だったらしく、さしものクラヴィス兄もボーゼンよ。
だが事実だ。間違いなく、事実なのだ。うん。起きたことだけ考えるとね……。
「実際に魔族は動いてたし、ガザルはその魔族が用意したモンスターの影響を受けて正気を失ってた。そこにつけ込んで街を放棄するようゼパルがそそのかしたんよ」
「それは、何とも……」
クラヴィス兄も、半ば言葉を失っている。
あの事件には当代の魔王軍に所属しているらしきルイナが噛んでいた。
そして『邪神』を見た影響で、ガザルは平常心を削がれていた。
いずれも事実。いずれも現実。
魔王軍の実際の狙いは不明なので、そこはいかにもありそうなコトを言っといた。
「そうか……。そうすると、この一件は陛下に報告する必要が出てくるね」
「その辺は兄ィに任せます! 俺ら、ただの冒険者なんで!」
「ビストらしい。けど、どうして一部とはいえ事実を詐称するようなマネをした?」
クラヴィス兄がそこを突いてくるが、ンなモンは決まっておろうに。
「楽しくねぇからさ」
「それは、何についてだい?」
「ルシルさ」
俺が出した名前に、本人が「え?」と不思議そうに顔をあげる。
「どんな形でもさ、家族が殺し合うのはイヤだよ、俺。何も楽しくねぇよ」
「だから、こんな危ない橋を渡った、と……?」
「幸い、どうにかできるかもしれない望みもあったんでね。やっちまいました」
クラヴィス兄に向かって、俺は朗らかに笑ってやる。
ゼパルをアンデッドにした方法とか、問われたらブチまけてやる。その覚悟で。
「なぁ、兄ィ。アルナード男爵家はどうなる? ガザルは死ななきゃダメか?」
「無罪というワケにはいかない。罪には罰さ。何らかの沙汰を下さないと、他の貴族達にも示しがつかない。ただ、そこに魔族が関わっているのならば――」
「ならば……?」
俺も、ラーナも、ルシルも、クラヴィス兄の次の言葉を、緊張と共に待つ。
それが、この一件における最終結論だからだ。
「妥当なところとしては、領地の何割かを没収した上でガザル殿は幽閉という名目で隠居していただき、ルシルさんに家督を譲る、といった感じかな」
告げられたのは、その内容。
領地没収は貴族としてはすこぶる痛いのだろうと思う。だが、
「そ、それではお父様は――」
「死なせる必要まではない。僕はそのように判断しますよ」
クラヴィス兄が、しっかりと断言してうなずく。
それを見た瞬間に、ルシルは口に両手を当て肩を震わせ、歓喜の涙を零れさせる。
「ぁ、あ、ありがとうございますッ! 辺境伯様……!」
「お礼なら、そこにいる僕の弟に言うといいですよ。全く、楽しくないなんていう理由で辺境伯の僕に悪事の片棒を担がせるのだから、怖いもの知らずというか……」
「ヘッヘ~、残念ですね、それが俺なんですぅ~!」
舌を出す俺の隣で、ラーナも安堵したように笑っている。
広い部屋にルシルの大きな泣き声が響いて、それが俺に一つの実感をもたらす。
「何とか、やりきれたな」
「うん、頑張ったね、ビスト君!」
ラーナのその一言が、俺にとっては何よりの報酬だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
かくして、割と大ごとになってしまった一件だが、俺達は無事に完遂した。
無事に? ……うん、無事に!
ああ、豪語してやるよ、無事にミッションコンプリートだわ! 実績解除だわッ!
その後、ルシルを領都に残して、俺達は帰路に就いた。
依頼については、当初の目的とは変わったが、達成することができた。
さすがに疲れた。
でも、久々にクラヴィス兄にも会えたし、孤児院への土産話もできたってモンだ。
だけど、帰ったらさすがにちょっと休むべかな。
そんな風なことを考えながら、俺はラーナとミミコと共にアヴェルナに戻った。
そして、帰った俺達を待っていたのはとんだ凶報だった。
冒険者ギルドの建物が倒壊し、ウォードさんが瀕死の重傷を負ってしまった。
――それをやったのは、赤い尾を持った女魔族だったという。
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