第49話 真っ白だったようでして

 ――ビスト達がリシェラと遭遇する少し前。


『みゃっほ~ん、着いたよぉ~ん!』

「着いた~!」

「「「着いた~~~~!」」」


 アヴェルナの街に春色の甘い風を届ける場所、アヴェルナ平原。

 そこに、今、四足歩行のでっかい宝箱が到着した。

 宝箱の上には、赤い羽根と尾を持った少女と、子供達が五人ほど乗っている。


 ホムラ・リンドルヴと、何故か一緒についてきた街の子供達だった。

 四つ足が折れ曲がり、地面に降りるためのハシゴがニュイ~~ンと伸びてくる。


『ヘイヘイ、さっさと降りるんだぜ、お客さんがたよぉ~!』

「あたし様が一番最初ォ~!」


 ハシゴの一番近くにいたホムラがそう言うと、子供達が一斉に反応する。


「あ~、ホムラねーちゃんズルい~、僕が先~!」

「私も~、ずるいよ~!」

『ヘイヘイ、落ちないように気をつけるんだぜ、お客さん方よぉ~!?』


 宝箱内部にて、ミミコがちょっと慌てたりしたが、全員、無事に降りられた。

 そして、もう素性を隠していないミミコ自身も、宝箱をから出てくる。


「うにゃ~ん、香りが甘ぁ~~~~い!」

「ヘヘ~、すごいだろぉ~!」


 その豊満な胸いっぱいに花の香りを吸い込むミミコに、男の子が誇らしげに言う。

 なお、その男の子の視線はミミコのお胸に釘付けだ。


「あ~、ジロウ君、ミミおねえちゃんのおっぱい見てる~!フケツ~!」

「はぁ~!? ちッ、ちげぇ~し、見てねぇ~し~!?」


 お友達の女の子に見つかって、ジロウ君、大騒ぎである。

 一方、別の意味で大騒ぎなのがどこぞの『赤禍の将パイロ・カラミア』さんだ。


「わぁ~! わぁ~! すげぇなぁ~! 花綺麗だな~!」

「ね、ね、すごいでしょ? 綺麗でしょ~!」

「うんうん、すごいぜぇ~、色んな花が色々でスゲェ色がいっぱいだぁ~!」


 見た目、ミミコにも負けないスタイルを誇るホムラ。

 しかし精神年齢は、この場にいる子供達とどっこいどっこいといったところだ。


 本日はそんな彼女の冒険者生活初日。

 例によってGランクからのスタートとなるので、薬草採取に来たワケである。


 ミミコが一緒なのは、ホムラ一人では不安であるからというビストの配慮だ。

 本人は、ラーナの装備を変更するため、武具店に行っている。


「よっしゃ~! ボーケンシャーのお仕事、がんばるぜ~! あたし様は何すればいいんだ? 誰をぶっ倒せばいいんだ~!? あたし様は誰の挑戦でも受け~る!」

「薬草採取だってばよぉ~」

「お? ヤクソウサイシュってヤツをぶっ倒せばいいのか?」


 素でそう返すホムラに、子供達が一斉に笑い出す。


「違うよ~、ここに生えてる花とか草の中から、決められたものを摘むんだよ~?」

「え~! そ、そんなことしたらお花さんかわいそうじゃないかよ~!」


 女の子の一人に説明を受けて、ホムラがそこのポイントで驚きを見せる。


「ホムっちは魔族一の脳筋のクセにそこでかわいそうとか言っちゃえる感性は何なんだろうねぇ~。ミミにゃよくわかんねぇ~わ~」


 ミミコが、軽く肩をすくめる。

 子供達はすでに花畑を駆けだして、薬草採取のお手伝いを始めている。


「ほらほら~、ホムっちもお仕事しないとじゃ~ん? これじゃジャリ共の方が役に立っちゃうぜぇ~? いいのかい、ビスっちが褒めてくれないぜ~~?」

「それはヤダァ! おにーちゃんに褒めてもらうんだい! だからがんばるぜ!」


 ミミコに煽られ、ホムラが悲鳴をあげつつ一念発起。

 子供達と一緒に薬草の採取を始めようとする。始めるではなく、始めようとする。


「とりゃさ~!」


 バゴーンッ。


「うぉ~! 地面になんかデッケェ穴が開いた~!?」


 ホムラが手を叩きつけてできたクレーターを見て、ジロウ君が興奮する。

 だが、女の子の一人が呆れた様子でホムラへ尋ねる。


「ホムラお姉ちゃん、何で今、パンチしたの?」

「はぁ? ちっげ~し、パンチじゃね~し、貫き手だし、貫き手!」


 問われたホムラがシュッシュと虚空に向かって地獄突きを見せる。


「あたし様の貫き手でいっぱいお花さん掘り返そうとしたら、地面が軟弱すぎて爆発しちまったんだよぉ~! あたし様、悪くない! 軟弱な地面が悪いんだ~い!」

「これが開き直りじゃないからタチが悪いんだよねぇ~、この子~」


 ミミコもあまり精神年齢は高くはないが、それでもホムラよりはお姉さんだった。

 隣にいる女の子も、処置なしと言わんばかりに肩をすくめている。


「ね~ね~、ホムラお姉ちゃん!」


 今回参加している中で最年少の女の子が、ホムラのを上目遣いで呼ぶ。


「お~?」

「これあげる~!」


 振り返るホムラに、女の子が差し出したのは色とりどりの花で作った、花冠。


「お~~~~! 可愛いなぁ~~~~!」

「エヘヘ、すごいでしょ~!」

「すごいすごい! これをあたし様にくれるの? マジで!? やったぁ!」


 ホムラが女の子を抱き上げてはしゃぐ。

 女の子も楽しそうにキャッキャと笑って、ホムラに抱きあげられている。


「座って~、頭ののせてあげるね!」

「お~、頼むんだぜぇ~!」


 ホムラは言われた通りに女の子の前に座る。

 その様子を、ミミコも他の子供達も、微笑ましげに眺めている。


「も~、薬草集めなきゃなのにねぇ~」

「って言う割に、ミミお姉ちゃんも笑ってるけど~?」

「バレたか~」


 年長さんの女の子に指摘されて、ミミコも苦笑する。

 まぁ、時間制限が設けられているワケでもないし、今日中に納品できればいい。


「ん~……」


 花冠を作った女の子が座ったホムラの頭に冠を乗せようとする。

 しかし、背伸びしても少しだけ届かないようで、ホムラは頭を低くしようとする。


「どうだ~、これなら乗せ――」


 言いかけたホムラの声が、不意に途切れた。


「乗せられたよ~!」


 と、ホムラの頭に花冠を乗せられて、女の子が嬉しそうに騒ぐ。

 しかし、冠を乗せてもらったホムラはそれには答えず、女の子を抱き上げる。


「……ホムラお姉ちゃん?」

「すぐに、ミコミコのところに戻るんだ。早くだぞ。わかったな」


 キョトンとする女の子へ、ホムラは声を硬くしてそう告げる。

 その様子にただならぬものを感じた女の子は「う、うん」と応じて、走り出した。


「ミコミコ!」

「はいは~い、みんな、作業中止だよ~ぃ! ミミッカイザー壱號ちゃんの中に特別に乗せたげちゃるから、早く乗っちゃってくれなんだぜぇ~!」


 ミミコも、ホムラと同じように余裕のない顔で、子供達にそう促す。

 だが、さすがに子供達は何が起きたかわからず、戸惑いを見せる。


「ど、どうしたの、急に。ミミお姉ちゃん?」


 隣にいる年長の女の子もワケがわからずにミミコを見上げている。

 そこに、風の音にまぎれるようにして、声が流れてくる。


「――悲しいな」

「え……?」


 女の子が、声のした方を向く。

 さっきまで誰もいなかったように思えたそこに、今、一人の男が立っていた。


 まるで幽霊のような、存在感を著しく欠いた、真っ白い男だった。

 髪が真っ白で、肌も病的に白く、着ている服も、提げている剣も鞘も全てが白い。


「……白い影?」


 まるで現実感を伴わないその男を、女の子はそのように評する。

 人間、であるようだが、とても人間とは思えない。本当に影みたいだ。


「悲しいな、魔族共」


 白い影のような男が、表情のない顔でそう呟く。


「その子供らは、おまえ達と一緒であったばかりに、命を散らすことになる。ああ、悲しい。何という悲しい事実だ。だが、大いなる救済のため、それは必要な犠牲だ」

「おまえ、何言ってんだ……ッ!」


 男を前にして、ホムラが大声を叩きつける。

 そして、棒立ちになっている女の子の腕をミミコが掴んで、引っ張った。


「何してるの、ほら、こっちだってばぁ~!」

「でも、ホムラお姉ちゃんが……!」

「あたし様なら大丈夫だからよォ~! 街でまた遊ぼうぜ!」


 自分を心配してくれる女の子にホムラはニカッと笑いかける。


「や、約束だよ! 待ってるんだからね!」

「わかってるんだぜ~!」


 ミミコに引っ張られて、女の子が宝箱の中に乗り込む。

 他の子供達も、すでにその中だ。最後にミミコも宝箱に入ろうとする。


「ミコミコ、おにーちゃんに伝えてくれよな!」

「わかってるよ~、ホムっちも、逃げられそうなら逃げるんだよ~!」


 そして宝箱のふたが閉じて、折りたたまれていた四つ足がガシュンと立ち上がる。


「邪悪。逃がすべからず」


 白い影の男が、腰の剣に手をかけてミミコの宝箱めがけて跳躍しようとする。


「やらせるワケがないんだぜぇ~!」


 だが、横合いからホムラが跳び蹴りでそれを邪魔する。

 大岩を容易く砕く蹴りは、しかし、男には命中せずに空ぶってしまう。


『ミミッカイザー壱號ちゃん、全速発進~!』


 男が着地すると同時、ミミコは四つ足宝箱を急発進させて、走り去っていく。

 ホムラは宝箱と男の間で仁王立ちになり、男の追撃を阻んだ。


「残念だったな~! あいつらを殺すなんて、絶対許さないんだぜ!」

「…………」


 拳を握り締めるホムラと、無言のままの白い男。

 春の風薫るアヴェルナ平原で、両者は真正面から対峙する。


「……悲しいな」


 白い男が、みたび呟く。


「魔族が人に混じって生活する。それがどれほどの異常事態か、あの街の人々は理解していないのだろうな。そして、俺が諭したところで理解は示すまい。……ああ、悲しい。悲しいな。あの街の人々は魔族の因子に冒されてしまった。除かねばならない。滅さねばならない。他の多くの人々に因子が感染しないうちに、除去せねば」

「おまえ……」


 ブツブツと小声で言葉を続けるその男に、ホムラは二つの意味で見覚えがあった。


「おまえ、この前のヤツか。……確か、ばいす、だったっけ」

「…………」


 男――、ヴァイスは無反応。無言。

 一週間前に自分が蹴り倒した男だが、この豹変は何事か。どうして彼が――、


「何でおまえが『真白き勇者』になってるんだよ……ッ!?」

「それが何故かは、おまえも知っているだろう。魔族」


 かつて『至天の魔王』に敗北を覚悟させた最強格の『勇者』。

 それこそが『真白き勇者』。

 魔王と相対したからには、当然、その前に『五禍将フィフステンド』を全員倒している。


「忠告しよう、魔族」


 全身を白く染めたヴァイスが、音もなく腰の剣を抜き放つ。


「『至天の魔王』に敗れた『勇者』よりも、俺の方が神に愛されている。俺は『大鎌の神』の寵愛を受け、大いなる使命と加護を授かった。以前の『勇者』にも及ばなかったおまえでは、俺の足止めも叶うまい。無駄な抵抗はよして、俺に殺されろ」

「……バカ言うな」


 ホムラの全身から、強烈な火属性の魔力が解き放たれる。


「あたし様がここを通したら、おまえは街を滅ぼしに行くだろ! 前の『真白き勇者』だってそうだった! おまえらは、何でもかんでも滅ぼそうとするんだ!」

「悲しいことだ。……だが、仕方のないことなのだ」


 言うヴァイスの方から、一陣の風が流れていく。

 風に揺られた花は全て色を失い、真っ白になってボロボロと崩れていく。


「魔族に触れたものは、悪の因子に冒される。そして悪の因子は際限なく広がって、人々を蝕み、その心を善からぬものへと染めていく。非常に悲しいことだが、そうした者達は全て消さねばならない。病巣は取り除くしかないのだ。必要な措置だ」

「うるさいんだよ、バ~カ! 前に勝ったからって、今度も勝つと思うな!」


 ホムラが右手を天に向かって突き上げる。

 直後、その手の中に七色の魔導光が発生し、彼女の全身を包む炎が真紅に染まる。


「――『魂元属性』か」


 無属性を含めた全七属性の魔力の『混色』により引き出される、魂が帯びる魔力。

 それこそが『魂元属性』。

 今、ホムラが纏っている真紅の炎は、ビストが纏う『夜の衣』と同じものだ。


「『赤禍の将パイロ・カラミア』。おまえの『魂元属性』は『烈火』だったな」

「……前の『真白き勇者』の記憶を持ってるな、おまえ」


 普段は幼いホムラだが、戦士としては超一流。

 ここまでの短いやり取りから、以前のヴァイスとの違いを正しく見抜く。


「…………」


 右手に剣を携えたヴァイスは無言。

 代わりに、突き出した左手にホムラと同じく七色の魔導光が渦を巻く。

 彼の周りの草花が、全て漂白されたように色を薄くしていき、崩れ去っていく。


「『魂元属性』――、『潔白』」


 ヴァイスが放つ魔力を敏感に察して、ホムラが顔を苦々しげに歪める。


「そんなところまで前の『真白き勇者』と一緒かよ、おまえ……!」

「悪鬼断絶」


 全身に純白の魔力を纏い、ヴァイスが抑揚のない声で告げる。


「我が『正義』は『滅びの正義』。善きは在れよ。悪しきは消えよ。『大鎌の神』の名のもとに、一切の邪悪は疾く滅ぶべし。我こそは世界を救いし『勇者』なり」

「うるさいって言ってるだろ……!」


 増大する赤の魔力と白の魔力が、アヴェルナ平原の真ん中でぶつかり合う。

 そして、ホムラが詠唱を開始する。


「――猛りて吼えよ・滾りて荒れよ・我が黄金よ・融けて流れよ・不浄を祓えよ」


 掲げられた彼女の右手首に出現する、歯車のビジョン。

 それこそ魔族でも使い手が限られる魔法の上位互換、魔導の奥義。


魔装マギア――、『竜牙焦熱・倶利伽羅剣ブラストライズ・ターミネイト』!」


 ホムラの手の中に生まれる、真紅の刃を持った炎の剣。

 破壊を司る火属性の式素によって構成された刃は、全てを断ち切る破壊の具現。


 しかも、それは一つではない。

 ホムラを中心として、彼女の周囲、上空に炎の剣が無数に展開される。

 質と量の両面において『五禍将』最強の攻撃力を誇る、ホムラの『魔装』である。


「ここでおまえをやっつけてやる、『真白き勇者』!」

「……クク」


 地面をジリジリと焼き焦がしていく圧倒的熱量を前に、ヴァイスは薄く笑った。


「悪鬼断絶。我は邪悪を滅するのみ」


 ヴァイスが纏う『潔白』の魔力がさらに大きく膨れ上がった。

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