第50話 とにかく必死に逃げまして

 ――ミミコ視点にて記す。


「ホムっち……ッ!」


 敗れた。

 ホムラは死んだ。


 それを、ミミコは宝箱の中で即座に感じ取っていた。

 彼女達『五禍将フィフステンド』は『至天の魔王』より授かった力で繋がっている。


 そのため、近距離であれば互いの気配を明確に察知することができる。

 それでわかった。ホムラは死んだ。あの『真白き勇者』に殺されてしまった。


 だがそれは、最初からわかっていたことだ。

 相手が『真白き勇者』では『五禍将』最強のホムラといえど、相手にならない。


 彼女が最も得意とする『破壊力』で、上をいかれてしまうからだ。

 かつての戦いでもそうだった。

 魔王城に乗り込んできた『真白き勇者』を真っ先に迎撃したホムラは、敗北した。


 あの『勇者』の力は『滅び』。

 万物どころか万象をも滅ぼし尽くす、災厄のような力だ。


 かつて『至天の魔王』ビスティガ・ヴェルグイユを追い込んだのは伊達ではない。

 今回は、人物こそ違うが、おそらくは扱う力は同じ。

 おまけに今回の『真白き勇者』からは、先代よりも強い力が感じられた。


 あるいは、ビスティガ本人よりも――?

 いや、それは考えても仕方がない。それよりも、託された使命を果たすのみだ。


「ううう……」

「怖いよぅ……」

「ホムラお姉ちゃん……」


 五人の子供が、宝箱の中で身を寄せ合って震えている。

 今頃になって『真白き勇者』の放つ殺気にあてられてしまったのだろう。


「大丈夫だよぉ~、ミミがみんなを街まで送り届けるからねぇ~」


 ミミコは子供達の方を振り返って、笑顔でそう励ます。

 そうだ、自分はそれをしなければならない。そのためにホムラは自ら体を張った。

 ほんのわずかといえど、彼女が命を捨てて稼いでくれた時間を無駄にできない。


「ミミッカイザー壱號ちゃん! 走れ、もっと全力で、もっと全速でェ~!」


 ミミコが操る四つ足宝箱が命令通りに全速でアヴェルナの街へ向かう。

 徒歩では二時間かかる距離も、この宝箱ならほんの十分程度で走破できる。


 だが、今のミミコにはその十分が長い。

 ホムラが稼いでくれた時間は、長く見積もっても一分ほど。


 それを、あの『勇者』はどの程度で詰めてくるか。

 ミミコは宝箱の全知覚機能を起動させて、敵との距離を測ろうとする。


 早速、反応があった。

 いやなかった。反応がなかった。それこそが、敵の反応だ。


 相手は全てを滅ぼす『滅びの勇者』。

 魔力を感知する機能も、生体反応を感知する機能も『滅び』で無効化される。

 しかし逆にいえば、機能自体が働かない地点こそが敵の位置ということだ。


「……もう、こんな距離!?」


 しかし、反応が見られた地点はあまりにも近い。

 ミミコの宝箱に肉薄しているといっても差し支えないところにまで迫っている。


 街までの行程は残り半分。

 ホムラが死を賭して稼いだ一分がなければ、ここに来ることもできなかった。

 そしてこの距離ならば『声』は十分に届くはずだ。


『ビスっち~! ホムっちが『勇者』にやられちゃったぁ~!』


 魔力念話。

 街にいるはずのビストに、現状を伝えなければならない。


『何があった、ミミコッ!?』


 応答はすぐにあった。

 それだけでも、不安に押し潰されそうだった心に希望が湧くのを感じられる。


『平原に『勇者』が出たのぉ~! よりによって『真白き勇者』だよぉ~!』

『なッ、ま、『真白き勇者』だァ!? ……クソ、やっぱりかよ!』


 やっぱり?

 それはどういうことか。ビストの方でも何かあったのか。


「……って」


 マズいマズいマズい!

 後方から『無反応』がどんどん近づいてきている。『真白き勇者』だ。

 街までは、あと三分ほど。まだ三分もかかる。


『オイ、ミミコ!』

「このこのこのこのこのこのぉ~~~~!」


 ビストの呼びかけに答える余裕もなく、ミミコは宝箱の迎撃機能を全て解き放つ。

 外では、宝箱が変形して、砲塔などが出現して無数の魔力砲撃が発射される。


 ドラゴン程度ならば容易く消し炭にするレベルの砲撃である。

 しかし『真白き勇者』は片手を軽く振るうだけで、攻撃を全て消去させる。

 彼が持つ『滅び』の力で、一切を滅ぼし尽くしたのだ。


「あぁ~ん、全然効かないよぉ~!」

『ミミコ! どうした、ミミコ!』


『ビスッち~! ビスッちビスッちビスッちビスッちビスッち、ビスッち~!』

『何が起きてるか教えてよ!?』


 こっちだって教えたいけど、恐怖と焦りがミミコの心をグチャグチャにしていた。

 しかし、子供達をこのままにするワケにはいかない。街に送り届けないと。


「大丈夫だよォ~! みんな、もうすぐおうちだからねぇ~!」


 震える子供達にせめてもの励ましを送り、ミミコは必死に宝箱を駆る。

 しかし、そこで彼女は気づいた。


「……あ、あれ?」


 宝箱のレーダー機能で何とか捉えていた『無反応』が、消えてしまっている。

 見失った? 見失った!? でも、一体どこに――、


「ここだ」


 声は、真上からした。ミミコの背筋に、絶対零度の悪寒が走る。


「みんな!」


 彼女は、躊躇なく宝箱の操縦をやめて子供達に覆いかぶさるようにして飛びつく。

 直後に四つ足の巨大宝箱は、純白の刃によって両断された。


 全速で走っている中を、宝箱は真ん中から二つに分かたれる。

 もちろん、急に止まるはずもなく、残骸は勢いよく地面を転がっていった。


 なすすべなく放り出された子供達とミミコだが、そこは防御に秀でた『金禍の将ガイア・カラミア』。

 瞬時に展開した防護を司る金魔法の結界によって無傷での着地に成功する。


「みんな、大丈夫~?」

「ぅぅ、うん……」

「大丈夫だよ、お姉ちゃん」


 子供達は一人残らず無事。

 その事実に安堵するも、それは一瞬のことに過ぎない。


「……悲しいな」


 声がして、怖気が走った。

 そこに、白い影のような男が立っている。右手には頭身までもが白い刃。

 しかしその切っ先は、今はベットリと赤い血で染まっている。


「ホムっち……!」

「『赤禍の将パイロ・カラミア』は倒れた。次はおまえとその子供達だ」

「ひ……ッ」


 ミミコの庇われながら、子供の一人が引きつった声を出す。

 それに「大丈夫だよ」と声をかけ、ミミコは『真白き勇者』ヴァイスを睨む。


「ミミを狙うのはわかるけど、この子達はどうして狙われなきゃいけないのかな?」

「決まっている。邪悪だからだ」


 返ってくるのは、極端すぎる言葉。


「魔族と知りながらもそれと接する人間は、すなわち、その魂に魔族の因子を植え付けられた者達である。つまりは、魔族も同然だ。ならば邪悪。見過ごすことのできぬ邪悪だ。清めねばならない。滅ぼし、消し去り、浄化せしめねばならない」

「……相変わらず、極論な偏見と極論な結論だね、『大鎌の神』の『勇者』ってさ」


 話しながらも、ミミコは思考を目まぐるしい速度で回し続けていた。

 四つ足宝箱を失った以上、街までは逃げられない。しかし子供達は巻き込めない。


 ビストにはすでに念話を送っている。

 間もなく、ビストがこの場に駆けつけてくれる可能性が高い。

 ならばそこまで子供達を守れれば――、


「救援を期待しているな、『金禍の将』」

「…………ッ」


「無駄だ。俺はおまえとその子らを、一撃をもって滅ぼし尽くす」

「やらせないよ……」


 ミミコが、その右手に七色の魔導光を生み出す。

 全身を包む金色の光。ミミコ・ミッコの『魂元属性』――、『金城』の魔力。


「無駄なことを」

「知ってるよ~だ。でも、もたせてみせる。この子達はミミが守るんだから!」

「勇ましいな。それだけに、悲しい。悲しいな」


 ヴァイスの体が『潔白』属性の魔力に包まれる。

 アレだ。あの魔力が、人が使う力としてはあまりにも強力すぎるのだ。


「いかに堅固な防御であろうとも、俺には関係ない」


 それはそうだろう。

 ヴァイスが扱う『滅び』の力は、防御など軽く無視してしまうのだから。


 ミミコにとってはまさに相性最悪の相手。

 勝てる見込みどころか、最初から戦いが成立しない。


「それでも、やるんだよォ~!」


 ミミコが発する金色の魔力が、さらに激しさを増していく。

 そこに割って入ってくる、第三の声。


「あんたのそういうところは、嫌いじゃないんだけどねぇ……」

「え?」


 振り返れば、そこにいたのは蒼白い肌をした、露出度の高い服を着た魔族の女。

 空間操作と召喚術を得手とする『銀禍の将エアロ・カラミア』、ルイナ・ニグラドだった。


「ル、ルイっち……!?」

「ほら、送ってやるからさっさとビストを連れてきな!」


 その言葉と共に、ミミコと子供達の姿がその場からパッと消え去る。

 空間を司る銀魔法を用いた転移によって、ミミコ達をアヴェルナに送ったのだ。


 ミミコは、一瞬視界が暗転して、気がつけば道の真ん中にいた。

 今まさに駆け出そうとしていたビストが、目の前にいる。


「ミミコ!?」

「あ~ん、ビスっち~!」


 彼女は泣きながらビストに抱きついて、街まで戻れた経緯を端的に説明する。


「……ルイっちがぁ~」

「ルイナが、転移でおまえを送ってくれたのか」


 コクリとうなずくと、何故か全身から力が抜けていく。

 かしぐ視界に子供達の姿が見えて、ミミコは「守り切った」という充実感を得る。


「ごめん、あと、頼むねぇ~……」


 そして、緊張感の糸が切れたため、ミミコはそこで意識を失った。

 暗転。

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