第51話 現場へと向かいまして
――アヴェルナの街、冒険者ギルド。
「よっこいしょぉ!」
両手が使えない俺は仕方なくギルドの扉を蹴り開ける。
ドバァン、と音がして、そこにいる冒険者や職員達が揃って驚いてこっちを見る。
「な、何だァ!?」
「おお? 何だよ、ビストじゃねぇかよ!」
冒険者達の騒ぐ声が聞こえるが、今はそっちに意識を割く余裕はない。
「悪ィ、ちょっとこいつを寝かせられる場所貸してくれ!」
「ダ、ダークエルフ!?」
「ミミコだよ! 動く宝箱の中身だよ、こいつは!」
背負っているミミコの姿を見て驚くヤツもいるが、ええい、答える時間も惜しい。
「ミ、ミミコ!? こいつがァ!」
「オイオイ、宝箱のゴーレムじゃなかったのかよ……」
「すごい美人……」
ミミコの素顔を一目見ようと、俺の周りに次々に冒険者がたかってくる。
そこに、マヤさんが慌てた様子で駆けてきた。
「二階の一室をお貸ししますので、ミミコさんを連れていってあげてください!」
「OK、助かるぜ、マヤさん!」
俺はその場からダダーッと駆け出して、すぐに階段を上がる。
そこには、ラビ姉が待っていて「こっちだよ」と部屋に案内してくれる。
「ごめん、ラビ姉。こんな、ギルドを私物化するみたいなさ」
「ミミコちゃんが大変なんでしょ? いいから、そこのベッドに寝かせなさい!」
はい。ありがとうございます!
言われた通りに、俺は通された部屋のベッドにミミコを寝かす。
「よし……」
「何があったか聞かないけど、寝かせておきなよ」
「ああ、感謝するよ」
ラビ姉に頭を下げて、俺は部屋を出ていこうとする。
外ではラーナと、あのリシェラとかいう『聖女』が待っている。ちょいと不安だ。
「……ん?」
ベッドから離れようとしたとき、後から何かが俺を引っ張る。
振り返ると、ベッドのミミコが俺の服の裾を掴んでいた。
「ホムっち、ルイっち……」
「ミミコ……」
ミミコは寝ている。だが、その顔に浮かんでいるのは苦しげな表情。
悪い夢を見てしまっているのだろう。
「…………」
俺は、裾を掴むミミコの手を上から握ってゆっくり離させて、無言で部屋を出る。
今は何も言いたくない。
口を開けば、出てくるのは言葉ではなく、怒りの叫びだけになりそうだ。
――やってくれたな、ヴァイス・アロイド。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ギルドを出ると、ラーナが駆け寄ってきた。
「ビスト君!」
「ミミコはギルドで休ませてもらってる。大丈夫だ」
「そっか、よかった……」
ラーナはホッと安堵したように一息ついた。
こっちはこれでいい。ラビ姉とマヤさんが揃ってるなら、ミミコは大丈夫だ。
そして――、
「残念ですね」
俺とラーナの前に立ち、儀式杖を持った茶色い髪の『聖女』が物憂げに息を吐く。
「私の『勇者』様の手から逃れるなんて、実に悪運が強い。さすがは『
「リシェラ姉さん……」
この女は、ラーナと同じ孤児院出身の女神官、リシェラ・ルナ。
百八柱の神でも最も忌み嫌われる『大鎌の神』に仕え、その声を聞いた『聖女』。
「ミミコさんは邪悪じゃないよ。ただ、薬草採取に出かけてただけなのに……」
「悪行を行なう者のみが邪悪なワケではありませんよ、ラーナ。世の中には生まれながらの邪悪。生まれながらの害悪が確かに存在するのです。魔族はその一角。魂から穢れ切った存在を、どうして許容できましょう。滅する以外にないのです」
抗議するラーナに、リシェラは物静かな口調で三倍近い言葉を返してくる。
しかし、その内容は『魔族は死ね』以外の何ものでもない。
最初から俺達とまともに会話する気なんてゼロだな、この女。
だったら俺も相応の扱いをするだけだ。
「ヴァイスのところに連れていけ」
俺は腰の長剣を引き抜いて、切っ先をリシェラに向ける。
「ビスト君ッ!?」
「あら」
キツく睨みつける俺を、リシェラはおかしそうに微笑んでみせる。
その柔らかな物腰の奥に、確かに感じられる俺への嘲り。
「ここは街中ですよ、魔王様。そんなに目立つ真似をしてよろしいので」
「……うるせぇよ」
目立つのは嫌いだよ。当たり前だろうが。
でもな、そんなこと気にもできないくらい、今は余裕がねぇんだよ、俺は。
「いいでしょう。どうであれ、私から切り出すつもりでした」
「…………」
「ビスト君、姉さんはこう言ってるから、剣を収めて。今は……」
チッ、ラーナにまで言われちゃ、仕方がない。
俺は長剣を鞘に収める。するとリシェラが何故か笑みを深める。
「あら、残念ですわね。ここであなたが私を斬ったなら、あなたの邪悪さが証明できたでしょうに。魔王といえども理性はあるようですね」
「やめて、リシェラ姉さん!」
「ええ、この場ではやめておきましょう。さぁ、参りましょう」
俺達を笑ったまま、リシェラは歩き出してしまう。
その背中を睨みつけながら、俺は強く拳を握る。
「ラーナ、悪いけど……」
「わかってる。わたしだって姉さんの態度には納得がいってないから」
うなずくラーナに「ああ」と返して、俺はリシェラに続いて歩き出す。
ギルド前を通る街の住人達がこっちを見ている。それに、ようやく今気づけた。
参ったな、本当に余裕がない。
目立ちたくないなんて日頃から言ってても、身内に何かあるとこうなる。
ああ、クソ、楽しくねぇな!
「ビスト君、行こう」
焦りを募らせる俺の手を、ラーナが握ってくる。
その手の柔らかさに、少しではあるが、ささくれ立っていた俺の気持ちが和らぐ。
「ああ、行こう」
俺達はリシェルの案内に従って、街を出る。
このときの俺はいっぱいいっぱいで、周りなんかほとんど見えていなかった。
だから、気がつかなかった。
「……そうですよね。やっぱり、納得いきませんよ」
そのラーナの小さな呟きに、俺は、気がついていなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
歩いているうちに方向で気づいた。
「向かっているのは、アヴェルナ平原か」
「そうです。『勇者』様は街の近くまで来ておられたのですけどね」
俺の独り言に、リシェラが律儀に返してくる。
「……ルイナか」
ルイナがヴァイスを平原まで転移させたのだろう。
あいつがミミコを助けた理由については、俺にはよくわからない。
きっと本人に聞いても「『勇者』は敵だから」の一点張りに決まっている。
それも間違ってはいないのだろうが、それだけが本心だとも思えない俺もいる。
どっちにしろいえることは、礼は言わなきゃな。ってことだ。
「これから終わりを迎えるというのに、随分と気楽そうですね」
「……あ?」
リシェラが、こっちを覗き込むようにして見ていた。
「終わり、だと?」
「ええ、その通りです。魔王様。あなたは私の『勇者』様に屠られるのですから」
まるで決まりきったことのような口ぶりで、彼女はそれを俺に言う。
ラーナが、リシェラを咎めるような目で見る。
「姉さん、ビスト君は魔王なんかじゃないってずっと言ってるでしょ?」
「ラーナこそ、何故理解しないのです? 彼は『至天の魔王』の『記憶』と『力』を受け継いだ、いわば『至天を継ぐもの』なのですよ。大変危険な存在です」
「そんなことない!」
大声でラーナが否定するも、リシェラは悲しそうに首を振るだけ。
「あなたがそうやって拒むのは、彼に個人的な好意を抱いているからでしょう? その他大勢にとっては、彼は間違いなく危険で、大変な脅威となるのですよ」
「そんなことないよ! 街の人だって、冒険者さん達だって、ビスト君のことを拒んだりはしなかったよ! この人は、脅威なんかじゃない!」
「それは、その人々が魔族の因子に冒されてしまったからです。悲しいことに」
……何だ? 魔族の、因子?
「何、姉さん。その魔族の因子って……?」
「あなたの魂を汚染してるものですよ、ラーナ。魔族は魂からして穢れているのです。そして、周りにいる者の魂をその因子にて冒し、操るのです。何と恐ろしい」
「本気で言ってるの……?」
俺が思っていることを、ラーナがそのまま代弁してくれる。
こいつ、そんな与太話を本気で信じ――、信じているからこその『聖女』か。
「考えてもみなさい、ラーナ。あなたは彼や『五禍将』を当たり前のように受け入れていますが、それがどれだけおかしいことか。そこにいるビスト・ベルは魔族史上空前の勢力を築き上げた『至天の魔王』の転生体であり、さらには『五禍将』まで加わっているのですよ。彼らが人類に牙を剥かない保証を、誰がしてくれるのです?」
「わたしがする。ウォードさんも、クラリッサさんだって、してくれるよ!」
「魂を汚染された者達の言葉など、聞くに値しませんね」
こいつ、潔いまでの自己正当化をしてくれるじゃねぇか。
自分以外の意見は全て間違っていて、正しさがあっても耳を貸す気はない、と。
「仮にビスト・ベルの存在に理があったとしても、我が『大鎌の神』が彼の存在を認めなかった以上、私も同じく、そこの魔王様を認めることはいたしません」
「『大鎌の神』……」
「そうです。我が神はこのたびの『至天の魔王』の転生を憂い、私に大いなる使命をお授けになられたのです。魔王を滅する『勇者』の探索という、重大な使命を」
それで見つけたのが、ヴァイスだったワケか。
あいつが、あの英雄かぶれが本物の『勇者』になっちまったのかよ。
それも、最悪なことに『真白き勇者』なんぞに……。
ああ、そうか。
あの夢の中で『私』が言ってたのはこれか。確かに『最悪の勇者』だぜ。
「そもそも、私にはわかりかねるのですよ、ラーナ」
「何が?」
「魔族の存在は、人々にとって大きな脅威です。それは、かつて『至天の魔王』のもとに百人もの『勇者』が遣わされたことからも明らかではありませんか」
リシェラが語る、魔王の脅威。そこに一理あるのは確かだ。
かつて『私』が生きてた頃、数多の神が『勇者』を見出して魔王城に差し向けた。
「今、ビスト・ベルという人間の形をとって『至天の魔王』は世界に再臨してしまった。それがどれほどの重大事件か、ラーナや他の人々だけではない。我が神以外の百七柱の神々すらも認識していないのが、理解できかねます。何故、他の神は動かないのでしょう。現に、魔王はこうして、この場にいるというのに」
「そんなの決まってるよ」
長々と疑問を口にするリシェラに、ラーナは感情の薄い声で短く返答する。
「わたしの信じてる神様は、ビスト君のことを危ないなんて思ってない。他の神様のことは知らない。でも、わたしの神様は、そうだよ。だから何も言わないんだよ」
「ラーナ……」
リシェラが、困惑したかのように眉を下げてため息をついた。
「神の名を口にしながら、あなたはビスト・ベルに魂を縛られてしまっている。何て愚かでかわいそうな子でしょうか。もう、何を言っても通じないのですね……」
いや、何を言っても通じないのはおまえの方だろうがよ、と、俺は思うけどね!
さっきから、会話になってるようでなってないんだよ、この女さァ!
「人類史を紐解けば、そこには常に魔族の脅威が存在していました。いにしえより今に至るまで、人と魔族は常に争い続けているではありませんか……」
「いや、前世の『記憶』があるから言わせてもらうけど、最初に攻撃仕掛けてきたのは人類側なんだぜ。魔族側は最初は別に戦う気なんてなかったっての」
さも、魔族側を悪役みたいに言うリシェラに、俺は一応突っ込んでみる。
だけど、返ってきたのは深ァ~~~~い、嘆息。
「人類にとって、魔族は魔族であるというだけで脅威なのです。人よりも遥かに優れた力を持った存在を、どうして恐れずにいられましょうか。……人は弱いのです」
「ムチャクチャ言いやがるな、あんた……」
魔族が生きてるのが悪い、って言われたぞ、今。
「人は弱きもの。しかし、だからこそ神は魔に対抗しうる力をお授けになられました。それが『勇者』様です。さぁ、そろそろ見えてきますよ。ビスト・ベル」
それまで抑揚のなかったリシェラの声が、少しずつ大きくなる。
声の調子もどこか恍惚としたものに変わっていって、俺は奥歯を強く噛みしめる。
アヴェルナ平原は、変わり果てていた。
咲き誇っていたはずの花々は全て消え去って、辺り一面が荒野と化している。
そして、その真ん中に、ヤツは座っていた。
全身を純白に染め上げた男――、『真白き勇者』ヴァイス・アロイド。
「……来たか、魔王」
そう言って面を上げるヴァイスが椅子代わりにして座っているもの。
それは、積み上げられたホムラとルイナの死体だった。
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