第21話 宝箱に乗りまして
超ォ~、ダルい。
「顔色が渇いた地面みたいだよ、ビスト君」
「調子に乗りすぎてもいいことないよね。という学びを得ました」
こんもり積み上がった土砂の一部を椅子代わりにして、俺とラーナは休んでいる。
いや~、参ったねぇ。ダルさが全然抜けやしない。
『パパッちの『力』を継いで数日なんでしょ~? そりゃあ馴染み切ってないよね~。なのに『
ガションガションと四つ足を動かして、四足歩行宝箱が俺達の前にやってくる。
「うるっさいわ、ただひっくり返ってただけの分際で……」
って、返すのも億劫。すごい億劫。
全身が鉛みてぇに重いでやんの。何これ、俺、石化してないか?
四足歩行宝箱が足を屈ませて、デケェふたがパカッと少しばかり開く。
そこから覗く、銀髪褐色ダークエルフのお姫さんのご尊顔。
「ビスっち、真面目に大丈夫~?」
……こいつ、普通に心配顔してくるじゃねーか。
「大丈夫だよ。それよりも、おまえは街に帰ったあとのことを心配しとけ」
ミミコが冒険者になるっていうなら、クリアしなきゃならん点は山ほどあるだろ。
「ミミは冒険者になっていいのか~い?」
「何言ってんだ、おまえ……」
なりたいって言ったのは、ミミコの方だろうに。
「でもでも、ミミは見ての通りのダークエルフでぇ~」
「そういうのはあんまり気にしてもしょうがないかなって、わたしは思うよ?」
ラーナがミミコを覗き込み、そんなことを言う。
おう、言ったれ言ったれ、このトンチキダークエルフに言ったれ、ラーナ。
「ラナッち~?」
「ミミコさんが冒険者になりたいなら、わたしもビスト君もお手伝いするからね」
「マジか~、ラナっちもビスっちもバチクソ優しいじゃ~ん!」
感激に瞳を潤ませるミミコ。
ラーナは俺の方を見て「でしょ?」とかわざわざ確認してきやがる。
「そりゃな~、過去は過去で今は今だろ。別に魔族が冒険者やっちゃいけない道理はねぇよ。あったとしても、そんな楽しくねぇ道理は踏み潰して押し通るだけだ」
「ビスト君、言い方……」
と、ラーナが俺をたしなめつつ苦笑する。
しかし、こいつだってそのときが来たら同じようなことを言うと思う。
「ひょえ~……」
ミミコが、宝箱の隙間から感嘆の声を漏らす。と、その直後、
「そういえば~、ミミはずっと寝てて知らねんけどさ、今の魔族ってど~なの~?」
「ど~なの~、と、言われましても……」
別に何も変わっちゃいないよ。
魔王が出てきて、それを『勇者』がとっちめて、の繰り返しだ。
魔族の国がある地方では、魔王軍と近隣諸国の小競り合いが延々続いている。
しかし、この辺りは距離が離れていることもあって、魔族の影響など――、って、
「なぁ、ミミコよぉ……」
「にゅ~ん?」
俺は、単刀直入にミミコに尋ねる。
「さっきの、キーンとクーンが喰われた『壺』だけどな……」
「ぬぁ~、あれかぁ~」
ミミコも俺の言わんとしているところを察したか、眉間ににわかにしわを寄せる。
「え、え? どうしたの? 何かあるの?」
一人だけ蚊帳の外のラーナが、俺とミミコの間で視線を行ったり来たりする。
「あの『邪神』を召喚した『壺』はな――」
「う、うん……」
「魔族が作ったアイテムなんだよ。正確には『
俺が出した『五禍将』の名に、ラーナが「え……」とかすかな驚きを見せる。
「楽しそうに作ってたよねぇ~ん、あの子~」
「だなぁ。あいつが過去に作った品が流れ流れて、ってことだろうけど……」
しかしなぁ~、よりによってここでアレが登場するってのも因果なモンだぜ。
「でもでも、ビスっち~」
「あ? どしたよ?」
「あの子、あの『壺』、結構な数、作ってなかったっけ~?」
ちょっと、そうやって不安を煽るのやめてくださらない?
「一つあったなら、二つあってもおかしくない。っていうことだね……」
ラーナさんも神妙な面持ちになって乗らないでほしい。
ミミコやら『私』やらが活動してた時期なんて、もう数百年前やぞ?
「そんな、魔族の国から遠く離れたこっち側で、そんな都合よくさぁ……」
「でもでも、パパっちの『力』を継いだビスッちがいてぇ~、ミミもこっちに自分のダンジョン作ってぇ~、っていうの考えると、なんかこれって運命ェ~?」
「やめろォ!?」
何で? 何でそうやて不安を煽るの? 本気でやめろよ、おまえ?
「ま、まぁ、仮に他にも『壺』があってもだ……」
俺は咳ばらいを一つして、ここで不安要素に対抗しうる安心材料を提示する。
「よっぽどの生贄でもなけりゃ、召喚される『邪神』もたかが知れるわ」
「あ、そ~なんだ……?」
「俺が『魔装』で潰した『邪神崩れ』は、ウォードさん達でも対応できたはずだぜ」
まるで俺の方が格上みたいな言い方になってしまうのは非常に申し訳ないが。
しかしながら、これは事実。
あの『邪神崩れ』、質量こそ莫大だったが動きは鈍いし、肉体も脆弱だったしな。
ウォードさんと、パーティーメンバーなら撃破はできるはずだ。
他の同業も揃えてのレイドバトルともなれば、全然余裕で倒せるかもしれん。
「……そっかぁ」
と、そこでラーナが何かを考え込んでいる。
「何か引っかかるのか、ラーナ?」
「うん。今、ビスト君が言った『よっぽどの生贄』っていうのが……」
「ああ、それか……」
確かに、生贄の質が高ければ『邪神』は厄介な敵となりうる。
だがそうホイホイと『よっぽどの生贄』なんぞいやしない。条件があるのだ。
「あの『壺』の生贄に必要なのは、肉体の質の上等さもそうだけど、何より『魂の腐り具合』が大事なんだ。いいか、魂の清らかさじゃなく、魂の腐り具合な?」
「え、そうなの?」
「ああ。あの『壺』は『邪神』を召喚するための祭器で、生贄は『邪神』の依り代にも使われる。だから、生贄の魂が腐ってるほど『邪神』に適合しやすいんだよ」
「そうなんだね。……じゃあ、生贄に適してるのは、強くて悪い人。ってこと?」
「まぁ、そういうことに……」
言いかけて、俺は言葉を止める。
そんな俺をラーナとミミコが揃って不思議そうに見てくる。
「ビスト君?」
「ビスっち~、どしたの~?」
いるじゃん。よっぽどの生贄。
性根が腐り果てた、アヴェルナ最強の高レベルAランク冒険者様が……。
「いや、いやいやいやいや……」
俺は必死にかぶりを振る。
あり得ないあり得ない。さすがにあいつが生贄になるパターンはあり得ないだろ。
だが、俺に『壺』をけしかけてきた首謀者は間違いなくレックスだ。
つまり、あの野郎は二つ目の『壺』を入手している可能性もなくはない。よな?
「いや、待て待て。それでもないだろ。それは……」
あるとしたら、レックスが他の人間を『壺』の生贄に捧げるパターンだ。
そっちの方がよっぽど可能性としては高いだろう。
アヴェルナに戻り次第、ギルドに報告してレックスを捕縛する必要がある。
「…………」
俺は、ついぞ消えないイヤな予感に、深く黙り込む。
何だよ、考えれば考えるほど、不安要素が噛み合っていくじゃねえか……。
「ど、どうしたの、ビスト君……」
「ビスっち~、お~い、ビスッちよ~い?」
ラーナとミミコの声が届きはするが、それもどこか遠い感じに聞こえる。
何だこれ、イヤな予感がどんどん強まっていく。何だこれ。
仮にレックスが生贄にされるなら、誰があいつを生贄にする。誰がそれをできる。
「……なぁ、ミミコ」
「ほ~い?」
「こっちにさ、あいつがいる可能性って、どれくらいあると思う?」
俺がそれを問うと、ミミコは「う~みゅ」と軽く考えて、
「かなり低いけど、ありえなくはない。って感じかな~」
「まぁ、そうだよな……」
ありえなくはない。ありえなくはない。そう、ありえなくはない。その程度……。
「よし――」
俺はまだ重たいままの体に力を込めて何とか立ち上がる。
「ちょっとよくない予感がする。アヴェルナに戻ろう」
「もう少し休んでないでいいの?」
ラーナに問われてしまう。そりゃ、もっと休んでたいけどさ……。
「できる限り急ぎたい。戻って、確かめたいこともある」
どっちにしろ、レックスの野郎はとっ捕まえなきゃならん。
早く戻るに越したことはないんだよな、現状。
「おやおや~、どうやらお急ぎのようだね~、ビスっち~」
「何だよ……」
ミミコが、何やらニマニマとムカつく笑顔でこっちを覗き込んでいる。
そして、彼女は宝箱のふたをガチョンと閉じて、中に閉じこもった。ホント何?
『ヘッヘッヘ~、乗りなよ~。連れてってやるぜ~?』
四足歩行宝箱さんが、足を折り曲げて俺とラーナに『乗れ』とか言ってる。
「…………」
「…………」
俺達は、一度互いの顔を見合わせてから、また四足歩行宝箱さんの方を見る。
「本気で言ってる?」
『本気も本気、メガギガテラペタエクサゼタヨタ本気~!』
何か知らんが、とにかくすさまじく本気だということは伝わった。
だが、乗れと? この巨大宝箱の上に、乗れと? 中に入れてもらうんじゃなく?
「わかった、乗らせてもらうね!」
逡巡する俺の隣で、ラーナがそう言って早速宝箱に乗ろうとする。
「ちょっと? あのね、ラーナさん? ちょっと?」
「あれ、ビスト君は乗らないの?」
「待って、あの……」
「街に戻らなきゃなんでしょ? 宝箱さん、きっと速いと思うの。だから乗ろう?」
ヤベーよ、ラーナの度胸に俺の中の全俺が起立して熱い拍手を贈ってるよ。
これは、有無を言わさぬ感じですね。……しゃ~ない、乗るか。乗った。
「……めっちゃ安定感あって、逆に怖い」
何この乗り心地の良さ。宝箱だよ。宝箱なのに、乗りやすいって、何?
『ニュッフフ~。乗った? 乗ったね? じゃあ出発するよ~ん!』
俺とラーナが上に乗った状態で、四足歩行宝箱が一度だけガクンと揺れた。
そして、目に見える景色がドヒュンと加速して流れていく。
『アヴェルナの街の座標、入力完了~! これより当『ミミッカイザー壱號』ちゃんは、本体周囲に姿勢制御用慣性中和フィールドを展開しつつ、揺れなく、酔いなく、寒くもならない、最高の乗り心地を提供しつつ、爆走しまぁ~~~~す!』
「うおおおおおお、マジで速ェェェェェェェ――――ッ!?」
「わ~! すご~い、景色がどんどん過ぎていくよ~!」
俺は驚き、ラーナは何かはしゃぎながら、爆走する宝箱に運ばれていった。
だがすでに、レックスを贄として生まれた『邪神』もアヴェルナに迫っていた。
――事態はとっくに、危険な領域に突入していたのだ。
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