第23話 存亡の危機となりまして:中

 ――引き続き、ウォード視点にて記す。


 領主が街と住人を放棄して逃げた。

 その事実を、街の住民達に報せるわけにはいかなかった。


 理由は非常に単純。

 住人達がそれを知れば、もはや完全に収拾がつかなくなるからだ。


 自分達を守ってくれる騎士も兵もいないとなれば、住人は一体どうなるだろうか。

 そこに待ち受ける最悪の結末を想像することは、子供でも容易なことだ。


「だから、黙秘」


 ギルド一階にひしめく冒険者とギルド職員の前で、クラリッサが唇に指をあてる。


「街の方々には外に脱出していただきます。しかし領主と軍がいなくなったことは口外しないようにしてください。対外的には、いち早く救援を要請するため街を出たということにします。皆様、くれぐれもよろしく頼みます」

「大丈夫なのかよ……」

「だけど、領主が逃げたなんて言うワケにも、なぁ……」


 説明するクラリッサに、冒険者達は不安げな様子を隠し切れない。

 そんな中で、憤慨する者もいる。


「領主がいなくなったことをキチンと説明した方がいいんじゃないですか?」


 クラリッサの前に出てそんなことを言ったのは、Eランクの剣士ヴァイスだった。


「この街を守るべき領主が真っ先に逃げるなんて、さすがにあり得ない。それをキチンと他の人に説明して、その上で、街から逃げるように言えば――」

「アホ」

「痛……ッ!」


 あまりにのんきなことを言っているので、ウォードは見かねて後から軽く小突く。


「巨人がこっちに近づいてきてるのがわかってんのに、そんな悠長なことやってる時間なんてねぇよ。今こうしてる瞬間だって、あのデカブツはこっちに来てんだぞ」

「ぐ、でも……」

「でもも案山子もねぇやい。今はクラリッサの言うこと聞いとけ」


 ヴァイスは見込みのある若者だが、我が強すぎるところがあり、視野も狭い。

 彼の言い分にも一理あるにはあるが、領主云々については後回しにするべきだ。


「で、クラリッサ。これからどうする」

「二点」


 ウォードに問われ、クラリッサが指を二本立てる。


「脱出。――これはこの街の地下にある脱出路を使います。戦闘職ではない冒険者の皆さんは街の十人を脱出路の入り口に誘導し、一緒に街の外に逃げてください」


 地下の脱出路は、アヴェルナの街が建築された際に領主館に造られたものだ。

 当時、この街の周辺は未開域が近く、大量のモンスターが生息していた。


 モンスターは、時折大きな群れを作って人里に襲撃を仕掛けることがある。

 そういった事態に際し、街ではあらかじめ脱出用の経路が用意されていたのだ。

 今まで、一度も使われたことはないが。


 クラリッサが説明を続ける。

 彼女は、脱出の他に必要なもう一点について語った。


「防衛」


 それは最も達成が困難な要件であった。


「街の人々が逃げるまでの時間を稼ぐ必要があります。騎士団も軍もいない現状、それは戦闘職の冒険者の皆さんにお願いするほかありません」

「オイオイ……」

「そいつは、いくら何でも……」


 剣士や術師、神官などの戦闘職の冒険者達が、一様に顔色を悪くする。

 クラリッサが言っていることは、要するにあの黒い巨人と戦え、ということだ。

 実質的に『死にに行け』と言われているようなものである。


 そんなことを言われて、素直にうなずける者など少なかろう。

 冒険者達の間に、忌避感にも近い空気が漂い始める。そんな中で――、


「報酬は?」


 その声に微塵の恐怖も含めず、ウォードがクラリッサにそれを確かめようとする。


「ウォードさん……!?」

「な、報酬って、そんな場合じゃ……!」


 周りの冒険者達は驚くが、ウォードは腕を組んで、ここでガハハと大笑いをする。


「何だ何だ、おまえさんら! 情けねぇな! 逆境で笑えてこその冒険者だろうが。泣いても怒っても、何も変わりゃしねぇんだぜ? だったら笑おうじゃねぇか。そして、楽しい明日のことを考えようぜェ。この、クソッたれな今日を越えてよォ!」

「…………」

「お、おぉ……」


 まさか彼がそんなことを言うとは思っていなかったのか、冒険者達は言葉を失う。


「俺らはよぉ、冒険者だぜ。そしてここにゃギルドマスター様もいる。……そりゃ聞くだろ、報酬についてよぉ~。これから俺達に仕事を頼もうってんだからよォ~!」


 彼は笑ったまま、その視線をクラリッサへと向ける。

 他の冒険者達もそれに追従して、ギルドマスターへと視線を注ぐ。

 皆の注目を浴びながら、彼女は告げる。


「緊急」


 ギルドマスターとして、冒険者達に依頼内容を、告げる。


「『アヴェルナ脱出経路避難誘導』と『アヴェルナ最終防衛線維持』。この二つを『特別指定依頼』として、アヴェルナの街にいる全冒険者に提示します。完了後の支払いとなってしまい恐縮ですが、報酬は、一人金貨100枚をお支払いいたします」

「き、金貨100……ッ!?」


 東方の国の通貨単位に換算した場合、10000000イェンとなる。

 アヴェルナの郊外であれば、家一軒を買えるほどの金額だ。


 さらには『特別指定依頼』というのが大きい。

 それは、Aランクを越えてSランク――、『英雄称号』に至るための登竜門。


「お、おい……!」

「ああ。そうだな。……やるか!」


 ぶら下げられた餌に、冒険者達の目の色が少しずつ変わり始める。

 先程まで黒い巨人というとてつもない脅威に怯えていた彼らだが、実に現金だ。


 いや、冒険者とはそもそもそういう連中なのだ。

 依頼を達成して報酬を得る。そんな、何よりも単純なシステムの中で生きている。


 報酬がいい。

 その簡潔な事実によって、冒険者は簡単に奮起できる。そういう生き物なのだ。

 ウォードも思わず笑ってしまうほど、冒険者は現金で、そしてたくましい。


「火急。残された時間は少ないです。皆様、すぐに行動を開始してくださいませ。このアヴェルナの街を守るために、どうか、御力をお貸しください」

「おまえさんら、大仕事だぜぇ! やぁ~ってやろうじゃねぇのォ~!」

「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」」」


 深々と頭を下げるギルドマスターを前にして、ウォードが音頭を取る。

 そして、他の冒険者達がそれに乗って雄叫びの大合唱。

 そこに存在する灼熱の一体感は、ウォードとしても悪いものではないと思えた。


「……結局は、金なのか」


 だが、そんな中でヴァイスが呟いたその一言を、ウォードも聞き逃していた。

 アヴェルナに迫る絶望に、冒険者達が立ち向かう。

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