第7話 もちろん全部バレまして
またしても、謝り通し。
ただし、謝ってるのは俺一人。ラーナは謝られる側。
「すまん。ホントーに、すまん! 申し訳ない! ごめんなさい! すいません!」
己が知るあらゆる謝罪の語彙を駆使して、俺はひたすらラーナに謝り続けた。
謝る前に俺はしゃべった。
ラーナに対して、自分が魔法を使える理由も何もかも、洗いざらいしゃべった。
そして謝った。この通り謝っている。
何に対しての謝罪かは言うまでもないだろう。
「えと、え~っと……」
聞こえてくる、ラーナの困惑しきりな声。
東の国の謝罪の作法であるドゲザを用いて、俺は額を地面にこすりつけている。
俺にはラーナの顔は見えないが、さぞ戸惑っているだろうことは空気感でわかる。
だが、俺は謝るしかないのだ。
このビスト・ベル、ラーナ・ルナに対して、謝る以外のすべを知らぬ!
「えっと、えと、つ、つまり――」
俺から渾身の説明と謝罪を受けたラーナが考え込みながら、確認してくる。
「ビスト君の前世が冒険者に倒された魔王で、ビスト君が十五歳になった今日の朝に、前世の『力』と『記憶』を受け継いで、魔法を使えるようになった。……の?」
探り探りな感じで、ラーナがそれを質問してくる。
一回しか説明してないのに、しっかり内容を把握している辺りはさすがだと思う。
「はい。そうです」
そして、俺は身を丸めてドゲザしながら、コクコクとうなずく。
ただし額の真下が地面なので、うなずくと同時に地肌に頭突きをする構図になる。
「……ぁ、あのビスト君、そんなうなずかないでいいから、ね? 大丈夫だよ?」
「あ、はい」
ラーナをドンビキさせてしまった。不覚である。
「ぇと、それで――、それじゃあ、あのとき、鑑定水晶が壊れたのって……」
「すいませんでしたァァァァァァァァァァァァ――――ッ!」
俺は謝った。ひたすら謝った。
鑑定水晶の破壊をラーナに押しつけてしまったことを、これでもかと謝った。
「そっかぁ、やっぱりあれって、わたしじゃなかったんだね」
「ぅぅぅ、そうなんです……。全部、俺がやりました……」
こうして白状していると、何か大きな罪を告白しているような気分になってくる。
いや、罪の大小は関係ないよな。ラーナに責任押しつけたのは変わらんし。
「どうしてそんなことをしたの?」
率直を越えて、単刀直入なラーナの疑問。
俺は、この期に及んでなかなか出てくれない声を振り絞って、理由を吐露する。
「目立ちたく、ありませんでした……」
「ああ、そっかぁ。ビスト君って、目立つの好きじゃないものね」
ラーナは、理由についてはあっさりと納得してくれた。
しかし、直後のことだ。
「でもそのあとに、結構目立っちゃったよね。『万能のオールB』さん?」
「げっふぅ!?」
ダメージをくらった俺が、地面に頭を打ちつける。
くッ、まさにラーナの言う通り。ステを改竄した結果が『万能のオールB』だ。
こいつ、的確に俺の心の急所を抉ってきやがるじゃねぇか……!
「ね、ビスト君」
「ナンデショウカァ……」
もはや虫の息の俺に、ラーナが何やら朗らかな声で呼びかけてくる。
「もう、わたしに責任押しつけるようなこと、しない?」
「…………」
俺は、ゴスゴスと地面に頭を打ちつけて、無言の首肯をラーナに返す。
「約束してくれる?」
「…………」
ラーナ、再度の確認。俺、無言のまま地面に頭突き連打。
「うん、わかった」
「…………へ?」
聞こえた声に、俺は呆けたような声を出し、ラーナを見上げる。
そこには、許す許さない以前に、嬉しそうな笑みを浮かべているラーナがいた。
「ラーナ?」
「許してあげるよ、ビスト君のこと」
「え、いや、でもよぉ……」
いきなりのお許しに面食らっていると、ラーナは『ムッ』とした顔つきになる。
「何よぉ、許してほしくないの?」
「許してほしいはほしいけど、許してもらうために謝ったワケじゃねぇよ!?」
罰を受ける覚悟などとっくにできておるわ!
「知ってるよ。でも、ダメ。もう許しちゃったもの」
ちょっと体を前に傾け、より近くで俺の顔を覗き込みながら、ラーナはまた笑う。
気のせいだろうか。やはり、どうにも彼女が嬉しそうなように見える。
「ビスト君は、わたしを助けてくれたでしょ」
「いや、そりゃ、助けるだろ」
「そんなの普通みたいな言い方してるけど、今日だけで二回も助けてくれたよ?」
へ? 二回も……?
意味がわからずキョトンとなる俺に、ラーナはさらに俺に顔を近づけてくる。
「もうわかってるんだからね。ギルドに行く前のことも」
「あ……」
そうか、こいつが冒険者二人に迫られてたとき、試しに魔法を使ってみたんだ。
「あのときも助けてくれて、今も助けてくれたから。許してあげるよ、ビスト君」
そう言って、ラーナは座り込んだままの俺に手を差し伸べてくれる。
「ほら、立って。これからのこと、考えようよ?」
「ぁ、ああ……」
俺は、笑顔のラーナに軽く引っ張られて、何とか立ち上がる。
「ビスト君、助けてくれてありがとう」
と、ラーナはお礼を言ってくるが、どういうワケだかこっちが救われた気分だ。
ただ、そのお礼を聞いて、俺は心底から思ったよ。
――ああ、こいつが無事でよかった。ってな。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
最悪だよ、チクショウ。
「かごが……」
ギルドから借りた薬草採取用のかごが、見事に潰れてやがりまして! 最悪だ!
「あ~ぁ、見事にぺしゃんこだねぇ……」
「このデカブツがよー!」
俺は、首の骨を折って息絶えている大黒犬をゲシゲシ蹴りつける。
花畑の一角に置いておいたおかげで、かごは大黒犬に踏み潰されてしまっていた。
せっかく集めた薬草も見事に散らばってらぁ。
冗談じゃねぇよ。俺達がせっかく二人して時間かけて採取したのによ……。
「どうしようか、これ……」
「仕方ねぇなぁ~」
ションボリしてるラーナが見ていられなくて、俺は舌を打ってかごに手をかざす。
「ビスト君?」
「せっかくの初依頼だし、手は加えたかなかったが、これは仕方がねぇよ……」
無詠唱にて魔法を簡易発動。
治癒に特化した白魔法、減衰に特化した青魔法、移動に特化した銀魔法。
それら三つの魔力を含有する『
そこに俺自身の魔力を加えて即興の術式を組み上げて、魔法として発動。
「え、そんな……!?」
驚くラーナの前で、潰れたかごがあっという間に直っていく。
しかもそれだけでなく、散らばってしまった薬草も次々にかごに戻っていく。
「かごと薬草の時間を巻き戻した。ま、これでいいだろ」
説明した俺が見ている先に、薬草でいっぱいになったかごが地面に置かれていた。
「すごい……」
「うぁ~、魔力バカ使ったな。まだ『力』が体に馴染んでないからか……」
即興での構築の割に上手くいきはしたが、想定の数倍の魔力が消えたな。
俺の体に『力』が適合すれば、もっと少ない消費でこういうこともできるんだが。
あ~、体が一気にだるくなった。
魔力使いすぎて、軽い虚脱状態に陥っておりますわ。
少し待ってりゃ治る程度だろうけどな。
「三属性の式素複合なんて『賢者号』の持ち主くらいにならないとできないよ!?」
「そこに驚いてたのか、おまえ……」
随分と呆気にとられてると思ったら、そこか~い。って感じだわ。
式素の複合――、いわゆる『混色』は高等魔法の一つだ。初歩の初歩だけど。
ちなみに『賢者号』ってのは凄腕の術師が国に認められて得る称号をいう。
この称号を持つ術師は、つまり国家公認の凄腕術師ってコトだ。
「これで、俺達の初依頼の成果は守られた。ヨシ!」
「ヨシ、だね!」
薬草たっぷりのかごを前に、俺とラーナは満面の笑みを浮かべる。
そして――、
「あとはこれをどうするか、か……」
残された問題は、かごの横に転がっているデケェワンコロでございますねぇ。
「さすがにこの場に放置はあり得ねぇよなぁ」
「それはイヤ、かな。せっかくビスト君がやっつけたんだし、それに、
「真面目だねぇ……」
ま、それについては俺も同意ですけどー。
一度発生した以上、次もありうるワケで『滅多にない』は『全くない』とは違う。
「でもよぉ、何て報告する? デカイワンコが出現したのでブッ殺しましたって言う? 今日登録したばっかりの新人Gランク冒険者二人が? ボスモンスターを?」
「う……」
俺の指摘にラーナが呻く。
さすがにそんな説明、誰が信じるってんです?
「いや、仮に真に受けられても――」
「これ以上なく目立っちゃうよね、わたし達……」
それな。ホントそれな。
出現災害の報告をする以上、ある程度目立つのは仕方がない。それは納得する。
だが、このワンコロを始末したのが俺達だとバレるのは、望ましくないなぁ。
そんなことになったら、俺の『楽しい中堅モブ冒険者生活』がいよいよ遠のくぞ。
あとは、ラーナも周りから逃げられなくなってしまうだろう。
周囲に多大な期待を背負わされ、こいつはそれに応えようとするだろう。
そしてまた、今日と同じく『正しさ』の前に自らを犠牲にしようとしかねない。
いや~、楽しくない。
そいつは全く楽しくないぞぉ~。俺が楽しくない。
「つまりだ、ラーナ。要点をまとめると、だ」
「う、うん……」
「出現災害のことは報告する。大黒犬が死んだことも報告する。ただし、俺達が倒したワケじゃないということにする。ここ重要な。俺はこれ以上は目立ちたくない」
「自分に素直なのはビスト君の美点だけど、それって、できるの……?」
と、ラーナからの率直な問いかけ。
できるかどうかだけでいうなら、できる。一応、考えはある。
「やれはする。だが、それにはおまえの協力が必要不可欠だ、ラーナ」
俺は、至極真面目な顔つきで、ラーナにそれを告げる。
アイディアはある。
だが、そこに『現実味』を加えて説得力を生み出すにのは俺一人では無理なのだ。
「うん、わかった。わたしにできることがあるなら言って、ビスト君!」
ラーナも緊迫感に満ち溢れた表情を見せる。
そして俺は、彼女に自分のアイディアを伝えた。
「……力業すぎる」
そして、呆れられてしまったのだった。
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