第47話 掘り出し物を見つけまして

 アヴェルナに幾つもある武具店の一つ『いくさば亭』。

 ここは武器・防具の他にも補助具や術具も一通り揃えている、武具の総合店舗。


 ――の、割に店はそんなに大きくない。


 二階建てで、見た目はちょっと大きめの家程度。

 だが、店の中に入ると、そこには誰もが言葉を失う景色が広がっている。

 では実際に入ってみよう。


 カランカラ~ン。

 ドアを開けるとベルが鳴って、店番をしている女性がこっちを見る。


「あらぁ~、いらっしゃい、お二人さん」


 三十代半ばの、長いウェーブがかかった金髪の少しぽっちゃり気味の女性だ。

 この女性は『いくさば亭』の女店主であるカチアさん

 旦那さんが鍛冶師で、この店の武器の半分を自分の工房で制作している。


「わぁ……」


 店に入るなり、ラーナが小さく声を漏らす。

 そこに見えるのは一言で形容するならば――、軍隊。もしくは軍団。


 かなりの広さを持つ店内の至る所に、着られるのを待っている鎧が並んでいる。

 いずれも磨き抜かれた新品で、様々なタイプの、様々な形状の鎧がある。


 盾や兜など、鎧以外の防具ももちろん扱っている。

 こちらも素材も形状も千差万別、見ているだけで楽しい気分になってくる。


 最も目立つのがそれで、次に目を引くのは武器の数々だろう。

 店内の壁際には、長剣や大剣、槍、戦斧などの各種武器が飾られている。


 もう少し目を凝らせばハンマーや短剣、他の武器があることにも気づくだろう。

 そして、反対側の壁一角には魔導杖や賢者の杖、儀式杖などの術具が並ぶ。


 何と、そこには本棚まであるから驚きだ。

 もちろん、ただの本棚ではない。そこに並んでいるのは魔導書である。

 近くの棚には宝珠や儀式短剣といったメジャーではない術具もある。


 何がすごいって、これだけの種類、これだけの品数があって、ゴチャついてない。

 全ての武器・防具・術具がきっちりと整理されて、並べられている。


 あと、何気にすごいのが、実はこの店内、実際に外から見るより広いのだ。

 室内の空間を拡張する銀魔法の儀式陣が床下に設置してあるらしい。

 最初に来たとき、俺はそれがわからず『うォ、広ェ~』とマヌケな感想を抱いた。


 俺は防具の交換はこの店で行なったが、ラーナは来るのは初めてだ。

 ラーナの防具は、Cランク昇級祝いでサレク様が用意してくれたんだよな。


「あらら~、一緒に手を繋いで来店なんて、ビストちゃんも隅に置けないわねぇ~」


 え。あッ!?


「あ……」


 俺とラーナは一緒に気づいて、慌てて手を離した。


「何よ、いいじゃないのよ。今は二人だけなんだから、お客さん」

「言われてみれば……?」


 広い店内をザッと見渡しても、鎧はいるが客はいない。


「さっきまでそれなりにいたけど、ちょうどはけたのよ~。いいタイミングよぉ~」

「そりゃよかった」

「えっと、初めまして。ラーナ・ルナっていいます」


 ラーナが、カチアさんに頭を下げる。


「ご丁寧にど~も。私はカチア・ベル・アルセルよ。よろしくね~」

「え、ベル……?」


 そこに気づき、ラーナが俺とカチアさんを見る。


「そ。この人もベルーナ孤児院出身で、本当の名前はアルセルの方なんだけど、ベルっていう家名の方も使ってるんだよ。あそこは自分の実家だからってさ」

「ダンナが許してくれてるからよね~。いいオトコに会えたモンだわ。ウフフフ~」


 ヘイヘイ、早速惚気おってからに、俺の大きなお姉さんはよ。

 年齢差もあって、俺が孤児院に来たときにはもう卒業してたんだけどな、この人。


「それで、ビストちゃん。今日はどういったご用件で?」

「ラーナの術具を新しくしたいんですよ。神官ではあるんですけど、こいつには六属性の魔法全部覚えてもらうつもりでいるんで、儀式杖じゃないものがいいかなと」

「へぇ~、神官なのに六属性、全部ねぇ~?」


 カウンターに頬杖をつき、カチアさんがラーナのことを軽く見つめる。


「あらあらあらぁ~、すごい適性ねぇ~、神官がSSに術師がBなんてねぇ~」

「またそうやって本人に言わずに『鑑定アナライズ』の魔法を使う……」


 カチアさん自身も神官適性A、術師適性Aという高い適性の持ち主だ。

 本人、冒険者は性に合わないって言って、登録してから三日でやめたけど。


「保有属性だけで見ると、光・水・地。見事に神官寄りの属性ね。そっちだけを伸ばすんじゃダメなのかしら~? それだったら、儀式杖を新しくするだけでいいと思うんだけど。そこのところはどうなのかしらねぇ~、ラーナちゃ~ん?」


 独特のねばっこい物言いで、カチアさんはラーナに問う。

 彼女はしばし考えこんで、全く別の切り口から返答を寄越した。


「儀式杖を使うなら、これがいいです」


 言って、自分が持っている古びた儀式杖を大事そうに抱える。


「ふむふむ、なるほどねぇ~。特別な思い入れがある杖ってところかしらね~。だったら、確かに別の術具にするのがよさそうねぇ~。で、ビストちゃんとしては六属性全種の増幅ができるのがベスト、ってこことでいいのかしらぁ~?」

「そうですね。予算はそれなりにあるんで、魔導杖のいいものを――」

「それだったら、魔導杖よりもおススメのものがあるわよ~」


 ……ほぉ?


「珍しいですね。カチアさんがそんな自信ありげに言うなんて」


 普段は、客の要求に応じたものを何も言わずにチョイスしてくれるんだが。

 俺が防具を新調したときもそんな感じだったし。


「実はねぇ~、ちょっととあるルートからかな~り珍しい術具を仕入れてねぇ~。大陸の反対側で最近開発されたっていう、種類自体が新しい術具なのよぉ~」

「大陸の反対側で開発された、新しい術具……」


 おそらくは当代の魔王との戦いの中で発明されたもの、なのだろう。

 しかしカチアさんの売り文句は大変興味をそそるもので、チラッとラーナを見る。


「わたしも気になる。見てみたいかも……」

「OK、見せてもらうか」

「フフフゥ~、これよぉ~」


 そう言ってカチアさんが取り出したのは――、何これ。ちょっと曲がった木の杖?

 端の方がゆるやかに曲がった木の棒に見えるが、それはグリップのようだ。


 全体的な長さは、ラーナの身長よりも若干短いくらい。

 表面には小型の宝珠がはめ込まれた、複雑な形状の金属パーツが見て取れる。

 そして、グリップと反対の先端が細い金属の筒になっているみたいだ。何だこれ。


「これはね『魔銃』っていう術具なのよ」

「まじゅう……」


 魔獣、ではないんだろうなぁ。


「ここ数十年、大陸の反対側で使われ出したマスケットっていう武器を術具に転用したものなのよねぇ~。本来は、筒に火属性の魔力に反応する魔合火薬を入れて、それを着火させて金属の球を発射するっていう武器なのよ~」

「また、面白いこと考えるヤツいますねぇ……」


 低ランクの火属性魔法で火薬を爆発させるのか。

 それなら無詠唱で十分だろうし、十分な殺傷力も期待できそうだ。


「ちょっといいですか?」

「どうぞぉ~」


 カチアさんに許可を取り、俺は『魔銃』とやらを手に取ってみる。


「……うぅわッ」


 そして、思わず声を漏らしてしまった。


「ビスト君……?」

「誰ですか、これ作った職人。……壮絶なまでに変態ですよ、そいつ」


 カチアさんがニンマリ笑う。俺はそれに反応を返せず、汗を伝わせる。

 そんな俺の様子を見て、ラーナもゴクリと息を飲む。


「そ、そんなになの?」

「ああ。ラーナにわかりやすく言ってやる。これ、無詠唱で魔法連発できるぞ」

「ええッ!?」


 無詠唱による簡易発動は、術具を頼るものではなく技術である。

 術者本人が覚えていなければ、どうしても詠唱が必要になり発動に時間がかかる。


「ところが、この『魔銃』は、ほれ、ここの部分」


 俺は『魔銃』の小宝珠がはまっている金属パーツで構成された機構部分を指さす。


「ここが魔法の詠唱を肩代わりする自動詠唱機オートキャスターになってるから、使用者は詠唱しないでいい。さらに言うと、これ、木の部分に魔導紋様が刻まれてて、グリップ部分から術者の魔力を吸収して、式素マナとの混合も自動でやってくれるぞ。『基礎三行程』のうち二工程も省略してるじゃねぇか!?」

「す、すごい……」

「一目でそこまで見抜くビストちゃんの方がすごいと思うけどね~、大当たりよ~」


 感嘆する俺達に、カチアさんがパチパチと軽い拍手を贈ってくれる。


「こんなのが大陸の反対側で使われてるんですか……?」

「って思うでしょぉ~? 実は違ってね、それ、とある術具の名工がマスケットをベースにして自分の持ってる全技術を集めて作ったっていう、完全一品モノなのよぉ~。それが何の因果かこっちに流れてきちゃってねぇ~。面白いでしょ~?」


 誰だよ、そのとある名工。

 考えることは面白いけどやってることが完全に変態の領域なんよ。


「ビストちゃんの言う通り『基礎三行程』を大幅に省略して、無詠唱で魔法を連発できるのがその『魔銃』の強みなんだけどぉ~、その代わり、普通の術具よりも魔力消費がかなり大きいのよ。おかげで、魔力の高い人間じゃないと扱えないのよ~」

「だからラーナ、ですか……」

「そ~よ~。ラーナちゃん、かなりの魔力を持ってるみたいだしねぇ~」


 と、カチアさんは笑う。う~~~~~~~~む。

 これは、ちょっと考えどころだな。

 この『魔銃』なる術具、間違いなく掘り出しモノ。逸品、いや、名品の域だ。


 今、話に出た行程の省略以外にも大きな特徴がある。

 純粋に術具として見た場合、極めて性能が優れている上、耐久性が高いという点。


 おそらく、魔法の上の段階である『魔装マギア』の負荷も耐え切れる。

 今後、ラーナに『魔装』を教えることを考えると、結構、いや、か~なり欲しい。


 ただし、懸念点も二つほどある。

 一つ目は、このレベルとなると機構が緻密で、造りも繊細なため部品数も多い。


 それだと壊れやすいように思えるかもだが、組み上げたときの統一性がバカ高い。

 一つにまとまっているときの頑丈さがしっかり確保されてるってことだ。

 これだけでも、この『魔銃』を作った名工のバケモノじみた腕前が垣間見える。


 だが、その部品数がネックでもある。

 頑丈ではあるが壊れないワケではない。そして一度壊れたら、修理が難しい。

 そこが第一の懸念点。


 俺は魔王の『力』を継いでおり、今は『魔銃』の性能も把握している。

 しかし、構造全部を把握し、理解したワケではない。それこそ専門知識が必要だ。

 もしもどこか故障したら、俺には修理できない。


「あらぁ~、もしかしてビストちゃん、このコの修理とかで悩んじゃってる~?」

「よくわかりましたね。そうです。こいつは頑丈そうですけど、そこがね……」


 直せるとしたら、これを作った名工とやらだけだろうな~。

 とか思ってたら――、


「それなら心配無用よぉ~、ウチのダンナが直せるから。ちょ~っと、料金はお高めになっちゃうかもしれないけどねぇ~。任せてちょうだいな~」

「本当ですか、カチアさん!」


 カチアさんの言葉に心強さを感じたらしく、ラーナがパンと手を打って喜ぶ。

 が、俺はとてもそんな気にはなれず、カチアさんに確かめる。


「……もしかして、分解しました?」

「よくわかったわねぇ~。一回だけねぇ~、興味があったからってぇ~」


 やっぱりか。……マジかよ。


「え、え? 何で?」


 一人、理解していないラーナが俺とカチアさんを交互に見る。


「あのな、ラーナ。この『魔銃』はとんでもないシロモノだ。これを開発したヤツはまぎれもない天才で名工。それくらいのブツなんだよ」

「う、うん。それはわかるけど……」


 言いつつ、ラーナは肝心な点がわかっていない。


「ここまでの品となるとな、まず分解するだけでも大変なことなんだよ。キチンと組み上げれば頑丈そのものだが、その『キチンとした組み上げ』がすでに難しい。ほんのわずかな歪み、ほんのかすかなズレで、性能がガタ落ちする。それくらいに扱いが難しい。この『魔銃』は、そういった術具なんだよ」

「え……」


 この説明でやっと理解したか、ラーナの顔色が一気にサーッと青ざめる。

 一度分解して組み上げたとなれば、もはや初期の状態とは大きく異なっている。


 扱う職人によって、手のクセ、力の入れ具合、その全てが違うからだ。

 修理できるくらいに理解したってのはスゲェんだけど、思い切ったことしたなぁ。


「一応確認しますけど、使えるんですよね?」

「もちろんよぉ~、組み上げ後の動作確認はちゃんとやってるわよぉ~」


 ま、ここで自信満々に出してるからには、もちろん普通に使えるんだろうけど。

 しかし、分解前より性能は落ちてると見るべきだろう。99%くらいに。


「でも、ビストちゃんの言ってることも当然わかるからぁ~、お値段はその分、おまけしちゃうわよぉ~、だからそっちのラーナちゃんに、どうかしらぁ~?」


 そう、そこなんだよ。それが第二の懸念点。

 ぶっちゃけ、こんな名品、いくらするか予想がつかないんだよ!


 冒険者は装備はケチるべからず。

 その格言に則って、俺ら二人で今出せる限界の金額を持ってきてはいるが。


「これねぇ~、本来なら金貨700枚はするのよねぇ~」


 はい、無理! 出せる限界額の10倍だよ、それ!

 例え値引きしてもらって三割、いや、半額になっても無理。手も足も出ない。


 普通の術具なら高くても金貨20~50枚。

 ちょうどだと若干心もとないから余裕をもって、金貨70枚を持ってきたワケだ。

 全ッッ然、足りないけどなッ!


「でも、今回は金貨70枚で売ってあげるわよぉ~」

「…………え?」


 思わず固まってしまう。

 え、今この人、何て言った? 金貨70枚で売るって言った?


「これねぇ~、大陸の反対側じゃ誰も使う人がいなくてぇ~、色んなルートを通って少しずつ値引きされながらこっちにまで来たらしいのよ~。私が仕入れたときには、完全に値崩れしちゃっててねぇ~、お安く買えちゃったワケなのよねぇ~」

「そういう事情かぁ~……」


 なら、まぁ、納得はできるか。

 多分だが、カチアさんとしても持ち腐れにはしたくない品だろうしなぁ。


「……ラーナ?」


 俺は、ラーナに最終判断を促してみる。

 使い方こそ変わっているが、品質に疑いを挟む余地はなし。修理も何とかなる。

 金貨70枚はかなりの痛手だが、ここは金の使いどきだとも思える。


「うん。わたし、この子を使ってみたいかも」


 その一言で、全てが決まった。


「お買い上げ、ありがとねぇ~」

「はい、こっちこそ、ありがとうございます!」


 代金を支払って、ラーナがカチアさんから『魔銃』を受け取る。

 そして、彼女は儀式杖を背負い、新たな相棒となる『魔銃』を両腕で抱きしめる。


「これから、よろしくね」


 こうしてラーナはアヴェルナで唯一の『魔銃使い』となったのだった。

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