第57話 そういうコトとなりまして:前

 ――アヴェルナの街・冒険者ギルドに併設されてる酒場。


 ワイワイ、ガヤガヤ。

 ワイワイ、ガヤガヤ。


 はい、こちらギルド内の酒場ですが、すごい、すごい賑わいです。

 ウォードさん含めた高ランク冒険者から、中堅、若手、新人まで揃ってる。


 酒場の席は当然満席。テーブルも、カウンターも。

 しかもそれだけに留まらず、席と席との間も立ち見の冒険者で埋まってるのがね。


 これぞ、俗にいう『ひしめき合ってる』、というヤツですなァ~。

 そして場にいる全員が、俺達の方を注目しているワケなんですよねー、これが。


 あ、俺達ですか?

 今ね、酒場の真ん中のテーブルに座ってる。っていうか、座らされてる。


 ウォードさんがね、ここが一番よく見えるからってね。

 つまりアレです、全方位、隙間なく冒険者共に囲まれてるワケなんですわ。


 アハハハハハハハハハ。

 こりゃスゲーや、俺ら完全に注目の的だぜ。アハハハハハハハハハハハハ。


 ……ゲロ吐きそう。


「ビ、ビスト君、顔色が何だか雑草っぽい色だよ……?」


 隣に座るラーナが、俺を心配してそう言ってくれる。

 けど何、その表現は。緑? 緑なの? 今の俺の顔色、そんな青々としてるの?


「何故、こんなことになってしまったんだろう……」


 周りから聞こえる途絶えることのない賑わいに、俺は静かに天井を仰いだ。

 元々は、俺達が使ってる宿で、って話だったのに、どうして。


「えー、ギルドでやろうって言ったのおにーちゃんじゃんかよー。忘れたのかー?」

「ぐふぅ……ッ」


 ホムラに的確に急所を突かれて、俺は一転してテーブルに突っ伏した。

 ああ、そうだよ、その通りだともさ。


 宿でやるには人数的に見て手狭だってことで、ギルドでやるかって提案したさ。

 でも最初は、ギルドの個室を借りてやるつもりだったんだ。


 今は夜も近くて、時間的にも人がいるピークは過ぎてる。

 酒場に人はいても、カウンターの方には人は少ないと思ってたんだ。

 だから目立たないようにカウンターに行って、個室を借りようとしたんだよ。


 ――全部、埋まってた。


 依頼の打ち合わせやら何やらで、使える個室、一つもなしッ!

 その時点でイヤな予感がした。

 だから俺はやっぱり宿でやろうと再提案しようと思ったんだ。が――、そこで、


「お、何してんだよ、ビスト。一緒に呑もうぜ~!」


 ちょっとホロ酔いで気分上々なウォードさんに見つかっちまったァ~~~~!?

 あとはもう、あれよあれよという間に転がり落ちるのみ。


 俺が何とかしようとするヒマも与えてもらえず、この状況ってワケですよ。

 一体どこから聞きつけたのか、十分もしないうちに人が集まってきてよ~……。


「…………ラーナさん、俺は一体、どうするべきかな?」

「う~~ん、ここでやるしかないんじゃないかな~、もう」


 腕を組んで唸りつつも、ラーナまでもがすでに諦めかけている。


「目立ちとうない……」

「それはねぇ~、十分前に言ってれば、まだ何とかなった可能性、あったよね~」

「げふぅ……ッ」


 ホムラに続き、ミミコにまで心臓を一突きされてしまいまして。

 ああ、わかってる。わかってるよ。この現状で俺達に逃げ場はあるワケねーです。

 仮に転移の魔法を使って逃げたところで、事態を先延ばしにするだけだわ。


「しゃ~ない、ここでやるか……」


 盛大にため息をついたのち、俺は顔を上げる。

 そして見据えたテーブルの向こう側には、蒼白い肌をした紫の唇の彼女。


「え~、それでは、これより面接を開始します」

「何でそんな話になってんだい……」


 かつての『五禍将フィフステンド』が一人、ルイナ・ニグラドが苦々しさ満点の顔で呟いた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ザワザワと、同業共が騒いでいる。


「オイオイ、美人ばっかじゃねーか……、ビストのヤツ、羨ましいなぁ、オイ!」

「いや、あいつはラーナちゃんと付き合ってんだろ?」

「その噂って本当なの? あんなハーレム状態なのに!? もったいない!」


 うるせぇなァ~、ホント、うるッせぇなァ~、こいつら……。

 しかしそんなのマシな方で、中でも一番耳障りなのが、


「おまえら! あのビストのツラを見てみろ! どの角度から見たってまだまだ青臭ェチェリーそのものだろうが! あれじゃあハーレムなんて夢のまた夢! きっとラーナ一人と付き合うのだって決死の覚悟がいるんだろうぜ! ガハハハハッ!」


 あんたが一番うるせぇんだわ、ウォードさんよォ!

 クッソ~、呼び止められたときに無視すればよかった……。一生の不覚。


「何か……」


 再びテーブルに突っ伏しかける俺に、向かい側に座るルイナが言ってくる。


「あんたも大変なんだねぇ、ビスト」

「やめろ、俺を憐れむな。憐憫のまなざしを向けてくるんじゃねぇ……!」


 俺は激しくかぶりを振り、ルイナだけを見るように意識を強める。

 そうだ、周りの喧騒なんぞ知ったことか。周りの視線なんて俺は意にも介さない。

 意にも介さないぞ、意にも、いにも、いに、いに……。


「胃に痛みが……」


 腹に両手を当てて、俺はテーブルに突っ伏した。


「ビスト君!?」

「やだ~、この視線の圧力、やだ~……。目立ちとうないんじゃ~……」


 と、俺が弱音を吐くと、


「諦めようぜ!」

「諦めればいいと思うよ~」

「諦めな」


 ラーナ以外の三人が、口をそろえてこの返答よ。

 おのれ『五禍将フィフステンド』。仲がよくて微笑ましいな、泣かすぞッ!


「クソ、と、とにかく、面接を始めるぞ……」

「何なんだい、その面接ってのは」


 ゲッソリしつつ、何とか切り出すと、ルイナが渋面を作って言い返してくる。


「あんた達に助けられたからここまで付き合ってやったけどね、アタシだって見世物になる趣味なんかありゃしないんだよ。さっさと解放してもらいたいんだけどね」


 周りへの敵意を隠そうとせず、彼女は冒険者達を一瞥、いや、一睨みする。

 しかし、この場にいる内の大半はすでに酒が入っている。


 ルイナみたいな超絶別嬪に睨まれたって照れちゃうヤツばっかである。

 男だけじゃなく女も頬染めてんの何なの。「お姉様!」って言ったヤツいるけど。


 まぁ、でも、ルイナの態度も理解はできるよ。

 何せこの『銀禍の将エアロ・カラミア』さん、現役で魔王軍に所属してるからね。

 で、その上できくんだけど――、


「おまえさ、魔王軍に帰れるの?」

「……はぁ?」


 俺の問いかけに、ルイナが眉根を寄せる。何それ、っていう顔。


「何言ってんだい? アタシは遠距離転移だってできるんだよ? それはあんただって知ってるだろ? 大陸の反対側だって問題なく戻れるよ、アタシ一人ならね」


 うんうん、そうだね、その通りだね。

 でも違うんだ。そーじゃない。そーじゃないんだ。


「じゃあ、少し付け加えて聞き直すわ」

「またかい? 何だってんだい」


 ややうんざりした調子のルイナに、俺は改めて問う。


「任務ほっぽり出してミミコ助けて殺されて『聖女』になったラーナに蘇生されて俺らに助けてもらったおまえなワケだけど、どのツラ下げて魔王軍に帰れるの?」

「…………」


 沈黙。ルイナ・ニグラド、完全に沈黙ッ!

 そして汗。蒼白い肌からさらに血の気がなくなって青ざめて、汗ダラダラですわ!


「な、な、な、何言ってんだい……? そ、そ、そ、そんなの別に誰が気にするっていうのさ……? ア、ア、ア、アタシは魔王軍のル、ル、ル……」

「ルイルイ、寒いのか~? いきなりガタガタ震え出しちゃったぞ~?」


 ホムラの指摘を受けて、ルイナがサッと目を逸らす。

 しかし、俺は見逃していなかった。こいつの目が超高速で右に左に泳ぐのを。


「ちなみにな」


 しかし俺は容赦などしない。ここでさらに追撃だ!


「俺が『勇者』になったのはおまえも御存じの通りですけど」

「えッ! ビスト、おまえ『勇者』になっちまったのかよ! 散々『勇者』は最低だ。嫌いだ。あり得ねぇ。みたいなこと言ってたのにか! うっは、ウケるわ~!」

「うるせえ、酔っぱらい! 茶々入れてくんな!」


 いきなり首を突っ込んできたウォードさんに、俺は近くのジョッキを投げつける。

 ジョッキはオッサンの額に見事に命中し、スコ~ンと、いい音を立てた。


「あべば!?」


 ウォードさん、撃沈。

 それを見届けたのち、俺は視線をルイナへと戻す。ついでに話の筋も戻す。


「俺が『勇者』になったのは知ってるよな」

「そ、それが何だって言うのさ……」


 ルイナの震えがなくなっている。

 しかし、まだ声はバッチリ固いままなんだ。汗もしっかり流れてるんだ。

 それをしっかり把握しながら、俺は彼女に言葉の刃を突き立てる。


「魔王軍所属のおまえが『勇者』の俺とこうして話してること自体、どうなの?」

「…………。…………。…………。…………」


 重なる沈黙。増える汗。さっきよりも微細な振動を開始する全身。

 テーブルまでもがカタカタ言い出してるんですけど。


「別に俺は魔王と『勇者』がどうこうってのは、どうでもいいワケよ。でもさ、世間やおまえは違うじゃん? 巷じゃ魔王軍と『勇者』といえば宿敵扱いじゃん。魔族の扱いはともかく、魔王軍となるとまた話は別でしょ? ねぇ?」

「…………。…………。…………。…………。…………。…………」


 長い。沈黙が長い。もはや静寂だよ。でも体はブレ続けて残像が生じてるよ。


「今の魔王がどんなヤツかは知らないけどさ、さすがに『勇者』とこんな風に普通に会話してるのを許すほど甘くはないんじゃないかと思うんだけど、どうよ?」

「……それは」


 ルイナの声がすっかり小さくなってしまった。

 顔を俯かせて、肩も落として、何かちょっと全体的に一回り縮んだように見える。


 こいつがやってることは、別に咎められるようなことではないとは思う。

 しかし、魔王軍にとって『勇者』は見逃すことのできない存在だ。


 かつての『私』を除いても、歴史上、多くの魔王が『勇者』に討たれている。

 魔王軍という枠で見れば『勇者』なんてのは宿敵にして怨敵ってコトだわ。


 ま、ミミコやホムラなら「バレなきゃOK」とか言うんだろう。

 絶対言う。言うに違いないという確信がある。何故ならそういう二人だから。


 しかし、ルイナ・ニグラドは違う。

 魔族五大氏族の一確たるノスフェラトゥでも最強の召喚術師だった、ルイナ。


 長い黒髪に赤い瞳。蒼白い肌に紫のリップ。

 豊満なボディラインを強調する露出度の高い服装に、全身を飾る銀のアクセサリ。

 背中から生えるコウモリの翼と、矢じりのような先端の黒い尻尾。


 その姿はまさしく誰もが想像する魔王軍の女幹部そのままだ。

 悪女めいた物言いと、そこから連想される性格も、やはり悪の女幹部という印象。


 どこから見ても魔族。どこから見ても魔王軍。どこから見ても悪女系キャラ。

 そんなルイナではあるものの、だが、その実態はといえば――、


「わ……」


 ルイナが肩を震わせながら、顔をあげる。


「わたくしにどうしろとおっしゃるんですのォ~~~~!」


 涙目。

 ルイナ・ニグラド、完全に涙目です!


「ひどいですわ、ビスト様! わたくし、このままでは魔王軍に帰れないではありませんこと! ラーナ様にお救いいただけましたことには感謝しておりますけれど、それとこれとは話が別ですわ! 一体、わたくしにどうしろとおっしゃるのォ~~!」


 取り出したハンカチで目元を拭いながら、涙と共に俺に訴えてくる彼女。

 これが、ルイナ・ニグラドの素である。


 ノスフェラトゥでも指折りどころか随一の名家の出身。

 その性格は勤勉実直にして、バカとしか呼べないレベルに生真面目一途なお嬢様。


 銀のアクセサリをつけてるのも、自分が『銀禍の将』であることを示すため。

 露出度の高い服装なのも、それが魔王軍の幹部の正装だと信じているから。


 悪女っぽい口調だって『魔王軍の女幹部』というキャラ付けの一環に過ぎない。

 素はこんな感じに、上流階級の御令嬢なのである。


「……ええ、いきなりしゃべり方が変わったぞ?」

「あの見た目でお嬢様口調だと……ッ、く、推せるッ!」


 外野もザワついておるわ。

 だが、当のルイナはまだまだ取り乱している。


「よりによって『勇者』と通じてしまっただなんて……、何ということをしてしまったのでしょうか、わたくし。こ、このままでは魔王軍に戻れませんわ……」


 泣き言を零して、ルイナは取り出したハンカチをきっちり折り畳んでいる。

 彼女を眺めていたミミコとホムラが、互いに顔を見合わせ、


「え~? 別にバレなきゃいいんじゃないかな~? ね~?」

「そ~だぞ~! ルイルイが魔王に言わなきゃ全部まるっとおさまるんだぞ~!」

「お黙りなさい! わたくしはそういう曲がったことが大嫌いですのよ!」


 魔王軍の女幹部が『曲がったことが大嫌い』とか言っちゃうの、すごいな!


「でも、このままだとルイナさんは魔王軍に戻れないんだよね?」

「むぐ……」


 心配顔のラーナの一撃に、ルイナは言葉を詰まらせてしまう。

 俺もミミコの言う通り、バレなきゃいいだけだと思う。


 だがそれは、ルイナ自身が許せないのだろう。

 こいつ、他人には結構甘かったりするクセに、自分には殊更厳しいからなぁ……。


「……一つ、言っておきますわ」


 彼女は、俺とラーナへと何かを切り出す。


「ラーナ様にお救いいただけたことには、本当に感謝しておりますの。ですから、魔王軍に関することについて、ラーナ様は気に病まないでくださいませ」


 ほら、こんな感じに他人には甘い。


「でも……」


 ラーナが納得できかねる様子で言いかけるも、


「でもも何もありません。それとこれとは別。はい、復唱!」

「えッ、あ、えっと、それとこれとは……、別。……で、いいの? 本当に?」

「構いません」


 ルイナが深くうなずく。


「事情も、理由も、立場も、これについては関係ありませんわ。あなたはわたくしとホムラを助けてくださった恩人ですもの。その御恩を仇で返すような真似は厳に慎む所存です。わたくしにも、プライドというものがございますので」

「ルイナさん……」


 ラーナがちょっと感激している。

 しかし、こいつは『聖女』で、ルイナは魔王軍の女幹部なのである。

 そこについてはちょっと考慮した方がいいと思うぞ、ルイナ。


「あの、ルイナさんはこれからどうするの?」


 ここでラーナより質問が飛ぶ。

 それに対して、ルイナが見せたのは優しい微笑み。ただし、再び汗ダラダラ。


「……どうしましょうかしら」


 笑顔で途方に暮れてるヤツ、初めて見たわ、俺。


「それだったら――」


 ここで、ラーナが彼女に踏み込む。


「ルイナさん、魔王軍、やめちゃったらどうかな?」

「…………はい?」


 俺に代わって本題を口に出したラーナに、ルイナが笑顔のまま硬直する。

 一方、ミミコとホムラは話に飽きたみたいで、二人でお菓子をつまんでいた。

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