第28話 最後の決戦といきまして

 ついにクライマックスだ。


「やっとかい? つまんない茶番も終わって、ちゃんと盛り上がるんだろうねぇ?」


 冒険者達が見せていたグダグダとしたやり取りは、ルイナの興を大きく削いだ。

 それが長引くようならば、観るのをやめようかと思っていたくらいだ。


 しかし、それも終わったようだ。

 冒険者達はゾロゾロと後退し、一人、ビスト・ベルだけが『邪神』と相対する。


「フン、やっぱりこうなったねぇ。それにしてもあの『魔装』使いの坊や、随分とお早いお帰りじゃないかい。あの宝箱型のゴーレムが馬車より速かったのかねぇ」


 レックスが『邪神』と化してから、ルイナはビスト側のことを見ていなかった。

 もし、彼女がそちらに関心を寄せていれば、この時点で色々察していただろうに。


「フン、それにしても宝箱ねぇ……」


 ルイナの紫の唇から、そんな呟きが漏れる。

 宝箱というと、どうにも過去の同僚のことを思い出してしまう。


 あの、何かにつけては引きこもっていたダークエルフの姫君。

 あいつも、きっと自分と同じくあのときに蘇ったはずだ。今はどうしているのか。

 それは、いちいち考えることでもない。詮なきこと、というヤツだ。


 今のルイナは、当代の魔王に仕えている身だ。

 彼女の役割は遠方のこの地にて『勇者』になりうる存在を見つけて抹殺すること。


 レックス・ファーレンは、それを探すために利用した。

 そして見つけたのが、ビスト・ベルという少年であった。


「今の時代の人間に『魔装』が使えるヤツがいるとは思わなかったよ。しかも、まるで『御屋形様』が使っていたモノを彷彿とさせるヤツだ。名前も何となしに似通ってるしねぇ、ああ、気に入らないねぇ。ビスト・ベル。あんたは死んじまえばいいさ」


 魔王の命令よりは完全な私怨から、ルイナは舌を打ってビストを睨みつける。

 神の加護もなしに『魔装』を使えるのには、何か事情があるのだろう。


 過去の『勇者』を先祖に持って、先祖返りでも起こしたか。

 さもなくば『勇者』の転生体か何かなのか。

 と、ルイナは幾つか予想を立てている。ぶっちゃけ、それはニアピンだった。


 だが、転生体という発想には至れどもそれ以上には至れない。

 まさか、彼が『至天の魔王』の転生体であることまでは、気づけなかった。


「……『御屋形様』」


 その敬称を物憂げに漏らすと、ルイナの瞳は切なげに潤んだ。


「アタシはずっと、あんたの遺志を継いでるよ。今は別の魔王の下にいるけど、アタシの本当の『主』はあんただけさ。この『銀禍の将エアロ・カラミア』の『主』はね……」


 魔王軍遠方先遣部隊総司令官ルイナ・ニグラド。

 彼女もまた、ミミコと同じく、かつての『五禍将フィフステンド』の一人であった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――『邪神』に『魔装』は通用しない。


 たった今、出た結論だ。

 俺は、眼前の『邪神』に『鑑定アナライズ』の魔法を試した。


 しかし『邪神』のステータスは測定不能どころかそもそも表示もされなかった。

 通常の六属性の魔力が『邪神』に弾かれてしまったからだ。


 こいつは『魂元属性』を得ている。

 その確信をした俺は、軽く舌を打った。


 やはり『邪神崩れ』とは何もかもが違っている。よほど生贄の質が高かったか。

 レックス、レックス・ファーレン。


 あの自称『勇者候補』は、そこまで魂が腐ってたってことだろう。

 ヤツを依り代としたこの『邪神』は、あの『壺』で召喚できる存在のハイエンド。


 山よりも巨大なその体躯に、『魂元属性』の魔力まであるとなれば、確定だ。

 こいつに、俺の『魔装』は通用しない。


 この『邪神』の『魂元属性』はわからないが、その魔力量は確実に俺より上。

 質の面で互角となれば、モノをいうのは量だ。そこで、俺は劣っている。


『ぼ』『く』『は』


 ズズンと地面を踏み鳴らして、『邪神』が何かを言おうとする。


『ぼ』『く』『は』『ゆ』『う』『し』『や』『だ』

「…………」


 俺は、思わず沈黙を選んでしまう。

 レックスの魂は『邪神』の贄として捧げられた。野郎の自我は残っていない。


 肉体は『邪神』の依り代となって、魂は供物として喰い尽くされた。

 それでも、この『邪神』の中にはレックスの残滓が見て取れる。


「バカ野郎が――」


 俺は、小さく呟いた。

 そんなにも『勇者』に憧れを持ちながら、おまえがしたことは何だ。

 強さしか見ずに、その奥にあるものに気づきすらしなかった、大バカ野郎。


「どっちにしろ、おまえじゃ『勇者』にはなれなかったよ、レックス」


 俺は、全身を『夜の衣』に包み込んで、重力の頸木から己を解き放ち、浮遊する。


「だけど、今のおまえは強さだけは『勇者』に迫っているのかもしれないな」

『ゆ』『う』『し』『や』『だ』


 上昇していく俺に、『邪神』が手を伸ばそうとしてくる。

 その、太すぎる手に掴まれれば『夜の衣』を纏った状態であっても、即死は必定。


 だが俺は自ら動くことはせず、ただ『邪神』を強く睨みつける。

 俺へと伸ばされかけた『邪神』の手が、それで止まった。


「どうした、俺が怖いのか、レックス」

『ぼ』『く』『は』


 俺は『邪神』の頭部の前方に到達する。

 そこには、顔はなかった。ただ盛り上がった黒い肉があるだけで、目も鼻もない。


『ゆ』『う』『し』『や』『ゆ』『う』『し』『や』『ゆ』『う』『し』『や』『ゆ』『う』『し』『や』『ゆ』『う』『し』『や』『ゆ』『う』『し』『や』『ゆ』『う』『し』『や』『ゆ』『う』『し』『や』『ゆ』『う』『し』『や』『ゆ』『う』『し』『や』『ゆ』『う』『し』『や』『ゆ』『う』『し』『や』『ゆ』『う』『し』『や』『ゆ』『う』『し』『や』


 繰り返される、その単語。

 もはや『邪神』は意味も分からずに呟き続けているに過ぎない。ただの鳴き声だ。


「……憐れんでやるよ、レックス・ファーレン」


 本当に、ただただ憐憫しか湧かない。

 レックスは『邪神』となったことで『勇者』に互する強さを手に入れられた。

 それは、レックスにとっても本望ではあることだろう。


「だが俺は、百人の『勇者』に勝った男を知ってるよ」


 強さの面で『勇者』に匹敵したところで、それじゃあ、俺には勝てない。

 それが何とも不憫でならないよ、レックス。

 おまえはどうなっても、俺を殺すことはできないんだから。


「魔力と式素を扱う技術を、総称して『魔導』と呼ぶ」


 俺は、軽く両手を開きながら、語り始める。


「『魔導』には段階がある。基礎七属性の魔力を用いて、疑似現象を発現させる初期の技術――、『魔法』。そして七属性の魔力を『混色』することで術者自身の『魂元属性』を引き出し、それを使って疑似法則を発現する上位技術――、『魔装』」


 俺の『魔装』は『式素破壊の法則』を疑似的に発現させる。

 ゆえに、理論上ではこの世界を構成しているもの全てを破壊することができる。

 物質も現象も関係なく、式素が含まれるものは全てが対象となる。


「そして、さらにその上の段階も存在する」


 俺の両手に、虹が生まれる。七属性『混色』による魔導光。

 それは、俺を包む『夜闇』の属性の魔力と混じり合って、不思議な色の光を作る。

 丸く切り取られた星空、そのもののような感じで。


『ぼ』『く』『は』『さ』『い』『き』『よ』『う』『の』『お』『お』『お』


 それは憤怒の叫びか、それともただの鳴き声か。

 蚊を潰そうとするようにして、『邪神』が両手で眼前の俺を挟みこもうとする。


「遅いんだよ、もう……!」


 だが一歩早く、俺は両手に生んだ『手のひらの星空』を胸の前で合わせた。

 祈りを捧げる格好で、二つの星空が重なった掌中に押し込められる。


「――ここに、宇宙は開闢する」


 俺を包んでいた『夜の衣』が、ブワッと空に広がり出す。

 それは俺を起点として空全体を夜の色に染め上げて、数多の星がそこに渦を巻く。


「『魔法マギ』は素材で『魔装マギア』は部品。俺の手首に生じる歯車のヴィジョンは、それ自体が力を持つが、歯車とは他の歯車と噛み合ってこそ意味をなす。『魔導』における第三段階――、最上位技術がこれだ」


 俺の背後に、幾つもの歯車の幻影が浮かび上がる。

 それは瞬く間に数を増やし、次々に噛み合って、ギギギギと駆動を開始する。


「く、ゥゥゥゥ……ッ!」


 襲い来る、強烈な消耗。わかっちゃいたが、力の抜け具合が凄まじい。

 その消耗速度は『魔装』の比じゃない。

 何せ、後背に組み上がる機構に使われている歯車全てが『魔装』なんだから。


 正直、使うかどうかは躊躇った。

 今の俺にを駆使できるのか、今一歩自信がなかったよ。


 けど、今の俺にはラーナからもらった活力がある。

 ウォードさんから預けられた役割がある。

 だったらできるさ。その二つがあって、できないことなんてあるワケがないだろ。


「『魔法』は疑似現象を起こし『魔装』は疑似法則を生じさせる。その先にあるこれは『魂元属性』の魔力によって組み上げた機構を用いて、世界そのものを拡張させ、その拡張部分に術者の内在世界を模した疑似宇宙を展開させる」


 魔導学にいわく、生命とは『一個の世界』である。

 それを現実のものとするのが、この『魔導』最上位技術。その名は……!


魔界マキナ――、『神はさだめの賽を振らないアルバ・エト・オメガ』」



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ビキッ、と、音がして水晶球にひびが入った。

 見えていたものは、それで見えなくなった。戦いの観覧は唐突に終わった。


 しかしそんなことは、ルイナにはどうでもよかった。

 彼女は最後に見た。見てしまった。

 水晶球が割れる直前に、あのビストという少年が行なった、疑似宇宙の展開を。


 それを行なえる者は『勇者』にはいなかった。

 ルイナが知る限り、魔族の中でもただ一人しか存在していない。


「…………ぉ」


 薄く開いたままのルイナの唇が、にわかに震え出す。

 そして、彼女はその声をも震わせて、呟いた。


「――御屋形、様?」



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 笑っちまうぜ、こりゃ。

 前世の『私』の最終奥義とも呼ぶべき技術――、『魔界マキナ』。


 それは、術者の中にある魂元の宇宙の法則を現実世界に適用する、派手な術式だ。

 が、俺が使うこれ、『私』が使ってたモノから変化してやがんの!


 原因は明らかなんだけどな。

 それは間違いなく『私』が最期に抱いた『後悔』だ。


 楽しく生きられなかったことへの深すぎる悔いが、魂にまで影響を与えたんだ。

 だから、本来は『一撃必殺』の効果をもたらす『魔界』が、変質した。


「けど、それでいいさ」


 俺は腰の長剣を引き抜く。

 その刀身は、流動する銀河。この場を包んでいる宇宙に似通った、光と闇の混合。


『ぼ』『く』『は』『ゆ』『う』『し』『や』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』


 間延びした声を響かせ『邪神』が俺を叩き潰しにかかる。

 しかし、俺は長剣を振るう。それだけで『邪神』が伸ばしかけた巨腕が断たれる。


 今、この場は俺が展開した俺の宇宙。

 物理法則含め、他のどんな法則よりも先に、俺の意志こそが優先して反映される。

 この場にいる限り、俺は神にも等しい力を得る。


「終わりだ、レックス・ファーレン」


 俺はその場からさらに一気に上昇して、眼下に『邪神』を見下ろす。

 両腕に握り締めた銀河の長剣を振り上げて、魔法を解除し自由落下を開始する。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

『ぼ』『く』『は』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』『あ』


 俺の身が真下に向けて加速する中、振り下ろした刃が『邪神』の頭を切り裂いた。

 次の瞬間、ピシッ、と何かが壊れる音がする。


『あ』『あ』『あ』『あ』 『あ』  『あ』   『あ』     『あ』


 声は続いて『邪神』の全身に無数の亀裂が走っていく。

 俺は、そのまま落下して地面に着地した。軽く見上げれば、そこには瞬く星々。


「次はちったぁマシに生きな、レックス」

『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァ――――ッ!』


 世界そのものを揺るがす咆哮と共に『邪神』の体が崩れていく。

 本来の『私』の『魔界』がもたらすのは『森羅万象一撃必殺』の効果だった。

 これを使って『私』は百人の『勇者』に勝利を収めた。


 だが、死ぬ直前に覚えた後悔によって、それは変わった。

 俺が使う『魔界』の効果は『輪廻転生一撃必殺』。つまりは強制的な転生だった。


 何年後かはわからない。

 もしかしたらこれからすぐかもしれない。


 確実なのはいずれどこかでレックス・ファーレンだった魂が転生するということ。

 まぁ、さすがに『私』と違って『記憶』の持ち越しはないけどな。


「――ふぅ」


 俺は息をついて、長剣を鞘に納める。

 と、同時、疑似宇宙を展開していた機構も役割を終えて消失し、元の景色に戻る。


 アヴェルナの街を滅ぼさんとした『邪神』は、宇宙の果てに呑まれて消えた。

 こちらの世界には、かけらの一つも残すことはなかった。


 風が吹く。

 ゆるやかな、そして温かな春の風だ。


「あ~、しんど……」


 今度こそ全体力、全魔力を使い切って、俺はその場にブッ倒れる。


「ラーナ、ウォードさん。俺、やったぜ?」


 指一本動かせそうにない中、俺は目を閉じて、ちょっと自慢げにそう呟いていた。

 やっと、全部終わった。

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