第9話 先輩冒険者に絡まれまして

 The・ヤケッパチ。


「みんな、今日は好きなだけ飲んで食って飲んで食えェ~~~~!」

「「「ウオオオオオ、ゴチになりやァァァァァァァァァァァ――――すッ!」」」


 場所はギルド内に併設されている酒場。

 人数は、冒険者十七人、職員六人、あと俺とラーナで、総勢二十五人。


 その人数で、酒場を借り切って無礼講オブ大宴会ィィィィィ――――ッ!

 うおおおおお、食えや飲めやの大騒ぎだぜェ~~~~ッ!


 うっわ、ケルブバードの串焼きウメェ~!

 皮はパリパリで肉はジューシー! しかも脂っこすぎずにバクバクイケるぜ!


 ぐおお、こいつがこの街名産のアヴェルナミードか!

 確かにはちみつの風味があるけど、思ったよりさっぱりした味わいだァ、うめぇ!


 フハハハハハハッ!

 見ろよ、早速酔ってる冒険者が調子っぱずれの鼻歌を歌ってやがる!

 いかつい男共が肩を組んで楽しそうによぉ~、いや~、実に陽気だねぇ~~!


 楽しいなぁ~、こりゃあ楽しいなぁ~!

 あぶく銭を使ってのバカ騒ぎ、これぞ冒険者冥利に尽きるってモンだぜ~!


「……ビスト君?」


 ラーナの冷たいまなざしが、俺の背中にザックリと突き刺さる。

 場の雰囲気に浮かれ切っていた全身が、一気に芯から冷えてしまう。……寒い。


「ぃえ、あの、ラーナさん、あのですね……?」

「ビストく~ん?」


 向き直って委縮する俺の目を、ラーナが無表情に覗き込んでくる。

 その視線の白いことといったら、冷え切っている俺の体が、今度は汗にまみれる。


「せっかくもらえた初依頼の報酬なのに、こんな使い方して――」


 ラーナがジトッと目で俺を見ている。

 きっと、この大盤振る舞いが無駄遣いに見えているのだろう。それは仕方がない。


「いや、それはその、違くて……」


 事情を説明しようとするも、自覚できるレベルでしどろもどろになってしまう。

 あかん、これは何て言えばいいんだ。どう言えばラーナは納得する……?


「おうおう、『こんな使い方』たぁ言ってくれるねぇ、お嬢ちゃんよ」


 俺が説明のしかたを悩んでいたところで、いきなり誰かが割って入ってくる。

 それは、右手にワイン瓶を掴んだ、赤ら顔のよっぱらいのオッサンだった。


 色濃い金髪を肩の辺りまで伸ばして、後で軽く括っている。

 瞳は深い紺色で、左目には黒い獣皮の眼帯をつけている。

 いかつい髭まみれの顔には幾つも傷が走っていて、歴戦の勇士といった印象。


 背は俺よりも高くて、骨格自体が太くて非常にガッシリしている。

 その見た目だけで述べるならば、一発で子供が泣き出す威圧感と迫力の持ち主。


 だが、顔に浮かぶ人懐っこそうな笑みが、こわもてを親しみやすさに変えている。

 俺とラーナは、その人のことを知っていた。


「ウォードさんじゃないっすか!」

「こんばんは、ウォードさん。いらしてたんですね」

「おうよ、ただ酒飲ませてもらってるぜぇ~!」


 空いてる手であごひげをジャリジャリなぜて、ウォード・ガレムが笑みを深める。

 ウォードさんは、アヴェルナに二人だけいるAランク冒険者の一人だ。


 もう一人と合わせて、近辺では『アヴェルナの双璧』として知られている。

 この街では一番の有名人といっても過言ではない、懐が広い親分肌なオッサンだ。


「よぉ、『天才』のラーナ嬢ちゃんに『万能』のビスト!」

「それはやめてくれよォ~!?」

「ガッハッハッハ、やぁ~っぱりビストはそういう反応になるかぁ~!」


 いやがる俺を、ウォードさんが豪快に笑い飛ばす。

 この人は、ウチの孤児院のアルエラ様と、ラーナの孤児院の神官様の知り合いだ。

 だから昔から時々、どっちの孤児院にも顔を出すことがあった。


「さて、ラーナ嬢ちゃん。おまえさんの誤解を解いておこうじゃあねぇの」

「ご、誤解、ですか……?」


「おおよ、ビストが何でわざわざ初報酬を使ってまでバカ騒ぎを始めたか、さ」

「ぐ……」


 ウォードさんがこっちを見てニヤリと笑い、俺は思わず呻いてしまう。

 さすがに、この人にはバレるだろうなぁ、そりゃあ……。


「何か、そうする理由があるんですか?」

「あるぜ~、ある。大ありよ。何故ならこのバカ騒ぎは予防みてェなモンだからな」

「予防……?」


 そう言われてもラーナはピンと来ていないようで、小首をかしげるばかり。

 右手のワインをラッパ飲みしつつ、ウォードさんが説明してくれる。


「いいかい、嬢ちゃん。冒険者ってのは他の稼業と比べて縦の関わりが薄い分、横の繋がりが重んじられる傾向にある。こいつがどういうことかってぇと――」

「あ、もしかして……」


 ウォードさんが語っている最中、ラーナが何かに気づいたようにハッとなる。


「もしかして、あんまり目立ちすぎるといい顔をされない、とかですか?」

「さすがにサレクの補佐をしてただけはあるな。頭の回転が速ェや」


 彼女が口にした答えに、ウォードさんも満足げにうなずく。

 まぁ、おおむねラーナが言った通りだ。


 今日、冒険者になったばかりの新人Gランクが初報酬で金貨20枚近くを稼いだ。

 そんなの、毎日依頼をコツコツ頑張っている他の冒険者から見ればどう映るか。


「変な形で有名になる前に、さっさと有名税を払っておきたかったんだよ……」


 俺は、ちょっと気まずい顔をしつつ、ラーナに改めて説明した。


「俺様はいい判断だと思うぜ、ビストよ。下手に妬まれて目をつけられる前に、先に派手に奢っていい目を見せておくってェのは、実際有効な手段だぜェ?」

「ウォードさんにそう言ってもらえるなら、やってよかったっすよ」


 デカイ手に背中をバシンと叩かれ、俺は息苦しさを覚えながらも安堵する。

 だが、ラーナはまだ若干、納得がいっていないようで、


「でもここでこんな風にお金を使ったら、それはそれで目をつけられるんじゃ?」


 こいつの言い分も一理ある。

 羽振りのいいところを見せれば、タチの悪い冒険者に狙われることもあるだろう。


「そうだな。……だから、こっちに来てくれたんですよね、ウォードさん」

「ククク、そういうこった。言ったろ、冒険者は横の繋がりを重んじる、ってよ?」

「あ……」


 俺とウォードさんの言葉を聞いて、ラーナもポンと手を打つ。

 ウォードさんが来てくれたのは、ラーナの危惧していることを未然に防ぐためだ。


 アヴェルナの街の冒険者でも、特に影響力が強いこの人を味方につける。

 それだけで、余計なトラブルの発生はほぼあり得なくなる。


「恩には恩を、ってな。いやぁ、タダ酒は美味ェなぁ、ビストよ!」

「さっきからバシバシ背中を叩かんでくださいよ!」


 この人、ジョブがタンクで大盾使いだから、筋肉ダルマでクソ強ェンだよッ!

 明日、絶対背中にアザできてるって! 今の時点ですでにジンジンしてるモン!


「しっかしまぁ……」


 ウォードさんが、俺の近くの椅子にドカッと座って酒臭い息を吐く。


「散々、目立ちたくないだの言ってたクセに、初日から派手にやったな、ビストよ」

「やりたくてやったワケじゃないですよォ~~!」

「アハハ……」


 全力で言い返す俺と、困ったように笑うラーナを見て、ウォードさんは呵々大笑。

 この人の笑い声だけで、周りの冒険者全員の声に互するのだから肺活量すげぇ。


「素養鑑定では水晶をブチ壊し、出た初期ステも神官適性SSの『天才』に全ステオールBの『万能』、そして初依頼で出現災害ランダムエンカウントに遭遇して、運よく生還しただけでなく、ボスモンスターの素材と魔石で初日から大儲けと来たモンだ! ガッハハハハハハハハ! 何とも派手じゃねぇか! まさに希代にして期待のルーキーだぜ!」

「やめて、ウォードさん! マジでやめて!?」


 イヤだァ! そんな呼ばれ方、イヤすぎるゥ!

 希代も期待もルーキーも、俺には必要のない言葉なんだァ~~~~!


「俺は、俺は中堅冒険者に、名が売れすぎない程度の、そこそこな冒険者に……」


 近くの椅子に腰を下ろして、俺は両手で頭を抱えてうずくまった。

 イヤだ、無駄な期待も余計な責任も、絶対に背負いたくない。心底、邪魔ッ!


「ゲラゲラゲラゲラッ! 相変わらず夢がねぇなぁ、おまえさんはよォ!」


 うるせー! うるせー! 背中バシバシ叩いてくんじゃねぇ~!


「だがなぁ、ビスト。それにラーナの嬢ちゃんよ――」


 空になったワイン瓶を近くのテーブルに置き、ウォードさんが急に声を低くする。


「ギルドの上は、おまえさんらに注目してるみたいだぜ?」

「はぁ?」

「え、どうしてですか……?」


 ギルドが俺達に注目? 何その怪情報? 本気でやめてほしいんですけど?

 ワケがわからず、俺とラーナは互いに顔を見合わせる。


「大黒犬だって、別に俺らが仕留めたワケじゃねぇんだけどな……」

「う、うん、そそ、そ、そうだよね……」


 無論、それは表向きの話。

 大黒犬は俺が潰したワケだが、ラーナよ、ちょっと挙動不審になるのやめなさい。


「実力がどうこうじゃあねぇんだよ、ギルドが注目してる点はよ」

「はぁ? 何です、それ……?」


 肉にかぶりつくウォードさんの言葉で、俺はますます混乱してしまう。

 冒険者の実力以外の何に、ギルドが関心を寄せてるってんだ?


「ギルドが見てるのは実力じゃなく、おまえらの資質の方さ」

「資質……?」

「そう、おまえらに『英雄の資質』があるかどうか、ギルドは気にしてるのさ」


 何じゃあ、そりゃあ。

 ウォードさんの説明を聞いた結果、余計わからんのですけど……。


「『英雄』やら『勇者』やらと呼ばれるようになる連中ってのは、若い頃から『持ってるヤツ』が多いんだよ。運命力っつ~か、そういうのをな。今回の一件で、ギルドはおまえさんらがそういう『持ってるヤツ』じゃないかと期待して――」

「バカ臭ェ……」


 ウォードさんが言い終える前に、俺は舌打ちと共にそう呟いていた。


「おっと、ビストはそういうのはやっぱ嫌いかい?」

「ええ、嫌いですね。『英雄』も『勇者』も、俺の死ぬほど嫌いな言葉トップ10にランクインしてるくらいですから。特に『勇者』なんて称号はトップ3入りです」


 飲んでた酒が一気に不味くなった。

 自分でも、忌々しさに歪みきる自分の表情を抑えることができない。


「普通、冒険者っつったら『英雄』や『勇者』に憧れるモンだが、おまえさんは本当にその辺が変わってるな。そういうタイプの冒険者だって、いねぇワケじゃねぇけどよ、おまえさんほど極端なのも、なかなか珍しいぜェ~?」


 不快さを露わにする俺に、だが、ウォードさんは機嫌も損ねず笑っている。

 こういうところが懐が深いというか、器がでかいというか。


「ラーナの嬢ちゃんはどうだい? この変人と一緒かい?」

「え、わ、わたしですか……?」

「応よ。ラーナちゃんは、英雄譚を聞くのが好きだったよなぁ、確かよ~」


 ラーナは『勇者』はともかく『英雄』とかには憧れ持ってそうだなぁ、と、思う。

 ちなみにだが『英雄』と『勇者』の違いは、神の加護を得ているかどうかだ。


 神から『大いなる使命』を授かり、代わりに神の加護を得た存在が『勇者』。

 それとは関係なく、自力で何らかの偉業を達成した存在が『英雄』と呼称される。

 あと『英雄』と呼ばれるためのラインみたいなものもあるにはある。


「わたしは……」


 チラチラと、ラーナがこっちを見てくる。

 何だよ、言いたいことがあれば言えばいいのに。何でこっちを気にするんだ?


「クックックック」


 何か、ウォードさんも明らかに面白がってるしよ~。何なんだよ!?


「わたしはその、『英雄』とか『勇者』は――」


 と、ラーナが答えかけたところで、いきなりバンッ、と大きな音がする。

 それは、ギルドの出入り口のドアが跳ね開けられた音だった。


「……おや」


 ウォードさんの目が、ラーナからドアの方へと移る。

 直後に、ギルド内に聞き覚えのあるダミ声が響く。


「何だ、このバカ騒ぎはよォ!? 俺達の許可なしに何やってんだ、おまえらァ!」


 開け放たれたドアの向こうから現れたのは、見知った顔だった。


「あの人達……!」


 ラーナも覚えているようで、ちょっとした驚きを見せる。

 そこにいたのは、背が低くて横に太い男と、反対に背が高くてやせてる男。

 今日の昼前、ラーナに絡んでいたあの二人組だった。


「お、ラーナの嬢ちゃん、キーンとクーンを知ってるのかい?」


 二人組に反応を示したラーナに、ウォードさんがさらに反応を見せる。

 あの凸凹コンビ、キーンとクーンというらしい。どっちがどっちかは知らんけど。


「ウォードさん、あの連中のこと知ってるんすか?」

「ああ、よぉく知ってるぜぇ~」


 俺の質問に、ウォードさんは何やら含みのある答え方をする。


「あいつらは――」


 まるで、彼の言葉に合わせるようにして、キーンとクーンのさらに奥から、人影。


「この街にいるもう一人のAランク冒険者の腰巾着さ」


 そして現れたのは、輝ける魔導銀ミスリルの装備に身を包んだ金髪のイケメン。


「やぁ、みんな。こんばんは。本日も実に伝説的レジェンディな夜だね!」


 男の名は、レックス・ファーレン。

 周りに『勇者候補』と呼ばせている、ウォードさんに並ぶAランク冒険者だった。

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