6品目 スラッシュビークの卵かけライス (1)


 家でも食べられる料理には、その人の個性がでるものだ。


 たとえば卵かけライス。

 土地柄によって、ご家庭によって、卵の種類から違う。


 さっぱりとしたヘブンスバードの卵。

 独特のクセがたまらないヘルコンドルの卵。

 ピリッとした辛みが特徴のスラッシュビークの卵。


 さらにはトッピング。


 エビルオークのそぼろ、シオマジンの粗塩、ネバールトレントの粘りマメ。

 組み合わせは無限大……って言ったらちょっと大げさだけど、それくらい千差万別で面白い。


 食堂『ヴィオレッタ』のお客様の中にも、飲んだ後の締めに卵かけライスを頼む人が少なくない。

 だから私はいつも数種類の卵とトッピングを常備している。




 ――とはいえ、数には限りがある。



 🍺 🍗 🍺 🍳 🍺 🍝 🍺 🥩 🍺



「さぁて。そろそろ締めるかな」


 都合5杯目のエールを飲み干して赤ら顔になっているのは、常連ってほどじゃないけど、ときどき店に来てくれる戦士のゲンさんだ。


 若い頃に家を飛び出して以来、ずっと戦いに明け暮れている――と自称している古株の冒険者。


 彼の締めは決まって卵かけライス。


「オカミサン、卵かけライスもらえる?」


 ほらきた。


「はいはい。卵とトッピングは?」


 きっといつもと同じだろうけど、念のためオーダーを確認する。


「卵はスラッシュビーク、トッピングはシオマジンの粗塩で」

「りょーかい。……あら、幸運ね。スラッシュビークの卵、これが最後の一個だわ」

「おっ! あぶねぇ、あぶねぇ。ほかの卵じゃ、あのピリッとした刺激が足りねぇからな」


 ゲンさんは混ぜ棒で器用に卵をかき混ぜると、ホカホカのライスに赤みがかった溶き卵を流し込んだ。さらにライスのひと粒ひと粒に溶き卵を絡めるべく、器の中でライスをかき混ぜていく。


 溶き卵が少し泡立つくらいまでライスを混ぜると、ゲンさんは粗塩をかける前の卵かけライスをスプーンにすくってぱくり。


「んー! やっぱりいいなぁ。まずは卵の味をそのまま楽しむのはオツってもんよ」


 そこは人によって色々と意見が分かれるところだろうから、軽々に同意の相槌を打ちづらい。そもそも独り言だからゲンさんも相槌なんて期待していないでしょうけど。


「さてさて、つぎは粗塩をふって……」


 いつも戦斧せんぷを振り回している、ぶっとい指が小皿に盛られた粗塩をつまむ。パラパラと卵かけライスに粗塩をふる様は、意外にも繊細だ。


 ひと口。またひと口。じっくりと時間をかけて卵かけご飯を堪能したゲンさんは、上機嫌でお店をあとにした。



 それから10分くらいして。

 妙齢の女性が、ふらりとお店に入ってきた。


「いらっしゃい」


 私はいつものように声を掛けながら顔を確認する。

 見覚えはない。一見いちげんさん――誰の紹介でもなくお店に初めて来た人――だ。


「すみません。卵かけライス、もらえますか?」


 たまに忘れそうになるけど、うちは食堂だ。

 だからお酒を飲まずに食べ物だけ注文するのも全く問題無い。


「卵の種類、ご希望はある?」

「じゃあ……スラッシュビークで」


 ああ。なんて間の悪いこと。




※作者注

 西洋風の世界観で生卵を食べる文化に疑問を持たれる読者様もいらっしゃるかと思いますが、ここは異世界なので「そういうもの」とお考え下さい。

 なお、冷却や時間停止など様々な魔法技術がある世界ですので鮮度についてはご心配に及びません。

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