【完結】王都の路地裏食堂『ヴィオレッタ』へようこそ 〜オカミサンとちょっと変わったお客様たち〜

石矢天

1品目 干しクラーケンとデスキャロットの和え物 (1)


 冒険者は旅から帰ってくると賑やかな酒場で酒盛りをするもの。

 でも、冒険者だってみんながみんな、いつもいつもというわけじゃない。


 たまには冒険の疲れを、静かな食堂で癒したい日だってあるでしょう?


 好きなお酒と、ちょっとしたツマミを自分のペースで飲み食いする幸せ。

 私は彼らに、そんなゆるやかな時間を過ごしてもらうために食堂『ヴィオレッタ』のオカミサンをやっているの。




 ――だけど、お客様の方はいろんな人たちがいるわけで。



 🍺 🍗 🍺 🍳 🍺 🍝 🍺 🥩 🍺



 バンッ!!!!

 店の扉が荒々しく開けられた。


「ふんっ。シケた店だな」

「なんだかカビくさいですね」

「いつもの店が臨時休業だったんだもの、ガマンするしかありませんわ」


 店に入るなり悪態をつく3人。

 剣士らしき男を先頭に、武闘家と神官らしき女がふたり。


 いい気分でお酒を飲んでいたお客さんたちが、迷惑顔でそちらを見る。

 視線には気づいているだろうが、剣士は意に介さずドスンと席に座った。


「あ……あの、そういうごどは、あんまし――」


 3人に遅れて、気弱そうな青年がおずおずと店内に足を踏み入れた。

 背には大きな荷物を抱えている。


 パーティーの荷物持ちだろうか。


「うるせぇ! 荷物はダマってろ!!」

「ひ、ひぃ!」


 荷物持ちどころか……荷物あつかい。

 なんだかとても気分が悪い。 


「ご注文は?」

 

 これ以上うるさくされる前に、と。

 私は剣士にオーダーを確認することにした。


「あ? あぁ、そうだな。エールを3つ……でいいか?」

「はい、結構です」

「構いませんわ」


 剣士の確認に、武闘家と神官が返事をする。

 荷物の彼はひとりうつむいていた。


「3つ、でいいのね?」


 私の念押しに、剣士が鼻を鳴らして手を振る。


「あそこの荷物は金を持ってないんだ。邪魔だったら店の外で待たせるが?」

「ここで構わないわよ」


 私は首を横に振った。

 荷物だろうと荷物持ちだろうと、店の外に置かれる方が迷惑だ。


 エール――ビールのようなもの――を注いで持っていくと、4人はクエストの報酬を分配しているところだった。


「取り分は俺が4割、ふたりが3割ずつ。魔導師のくせに魔物モンスターの一匹も倒せないお荷物は当然0だ。だが、俺も鬼じゃねぇ。最低賃金くらいは渡してやらねぇとな」


 そう言って、剣士は荷物の彼に銅貨を3枚渡す。


「それじゃあ、私も」と、武闘家が銅貨を1枚。

「ノブレス・オブリージュ、ですわね」と、神官が銅貨を1枚。


 計5枚の銅貨が男の前に置かれた。

 ちなみにエール1杯がちょうど銅貨5枚だ。


 荷物持ちでも1日クエストに付き合えば、この10倍くらいは貰えそうなもの。

 なかなかブラックな職場だけど、私にはどうすることも出来ない。


「あ、あの……。これでなんが食べられるものくんちぇください


 そう言って男はカウンターに5枚の銅貨をそっくりそのまま置いた。


「ぷっ。聞いたか、いまの」

「『ください』もロクに言えないのでしょうか」

「これだから田舎者は。恥ずかしいですわ」


 仲間に嘲笑あざわらわれて、男はさらに委縮してしまう。


 ちょっと方言をしゃべっただけだというのにヒドい言われようね。


「お兄さん、もしかして北の出身?」

「んだ。フォアイラがら出てぎだ」

「ふぅん。じゃあ、懐かしいもの出してあげる」


 彼はとても運がいい。

 今日はたまたま、彼にピッタリの料理がある。

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