1品目 干しクラーケンとデスキャロットの和え物 (2)


 お代を頂いた分、彼の前に食事を並べた。


 本来、食堂『ヴィオレッタ』で定食といえば銅貨10枚が相場。

 それが半分の5枚となれば、定食の中身もそれなりになる。


 香草焼きだとか、ムニエルだとか、そんな立派なおかずは出せない。


 温かいスープと大盛りのライス、そして小さなボウル。

 このボウルの中身が定食のメインディッシュ。


たんまげたぁおどろいたぁなしてなんで?」


 彼は決して、メインディッシュが小さなことに驚いているわけではない。

 その視線は、オレンジ色をした『ボウルの中身』に釘付けになっている。


「今日はたまたま。これを好きだって人がこれから来るの」

「その人のためさつぐったのに、おらが貰っでいいのが?」

「お代は頂いてるし、まだまだ残ってるからお兄さんが気にすることじゃないわ」

ほだがそうですか? そんじはそれじゃ、ありがだぐ。えーっと……なんて呼べばいいが?」

「常連さんには『オカミサン』って呼んでもらってる」

「そうが。じゃあ、オカミサン。いだだぎます」


 彼がボウルにフォークを伸ばす。

 それを横目で見ながら、剣士たちがコソコソと話している声が聞こえた。


「なんだアレ?」

「デスキャロットと……クラーケンのようですね」

「なんだか田舎くさいし、貧乏くさいですわ」


 田舎くさいに決まっているし、貧乏くさくて当然。

 これは田舎の郷土料理なのだから。


 田舎の郷土料理が豪華絢爛でたまるか。


 レシピは驚くほど簡単。

 干しクラーケンとデスキャロットの細切りを、一日くらい調味液に漬け込むだけ。

 もちろん、材料費だってすこぶる安い。


 この『干しクラーケンとデスキャロットの和え物イカニンジン』は、北方の地フォアイラでは伝統的な家庭料理である。


「美味えなぁ。懐がしいなぁ。なんだべしたどうしたんだろう。涙が出でぎだ」

「気に入って貰えたみたいで良かった」


 彼のなけなしの銅貨5枚を頂いたのだ。

 相応の体験を提供できなくては定食屋の名折れ。


「フォアイラにいだごどがあるんだがいたことがあるんですか?」

「若い頃にちょっとだけ、ね。夏は暑いし、冬は寒いけど……自然が豊かで、食べ物が美味しくて、いいトコロだったなあ」

んだがらそうなんですよ!」


 そう言って、彼は笑った。

 この店に来て、はじめての笑顔。


 なんだか、私も嬉しくなる。



 そのあと、剣士たち御一行が店をあとにするまで、私は彼――名前はリュートというそうだ――とフォアイラの話をした。


 都市部と、海沿いと、山間部の話。

 国のシンボルとされている山の雄大な景色の話。

 特産品として輸出されているフルーツの話。


 地元じゃ投げ売りされているくらいなのに、王都ここじゃあエールと同じ値段で売られてる。しかもあんまり美味しくない。


 なんて話をしたらリュートくんは「んだそうんだそう」と大爆笑していた。


「故郷の良いところっていうのは、遠くからじゃなたいとわからないのよねぇ。不思議と」

「…………んだなぁ」


 リュートくんは定食をキレイにたいらげてくれた。

 米粒ひとつ残さずに。


 彼がうちの店に再び訪れたのは、それから3日後のこと。


 それが最後。

 彼がうちの店を訪れることは二度と無かった。

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