1品目 干しクラーケンとデスキャロットの和え物 (3)


 食堂『ヴィオレッタ』の扉の前にあるランプ。

 これに灯りが灯ったら、開店の合図。


 まだ灯りをつけたばかり。

 お客様はひとりもいなくて、静かな空気の中。

 私が料理をしていると、扉がすーーーっと開いた。


おばんですぅこんばんわぁ。オカミサン、いますか?」


 そこに立っていたのはリュートくんだった。

 剣士のパーティーで荷物持ちをしていて、お荷物扱いされていた彼だ。


「あら、リュートくん。いらっしゃい。今日はおひとりなの?」

「んだ。またイカニンジンもらえねぇがで思って。……もすかすてもしかしてもうねぐなっちまいましたかもうなくなっちゃいましたか?」

「大丈夫。リュートくんの分、ちゃんと取っておいたから」


 イカニンジンは常備菜だ。

 冷蔵の魔導具に入れておけば7〜10日くらいは大丈夫。


「おらがるのがわがってだんだが?」

「ふふふ。そんなわけないじゃない。来なかったら私が食べるのよ」

「そうがぁ。おら、てっきり……」


 私はまた小さなボウルにイカニンジンを入れてカウンターに出した。


 イカニンジンを食べる彼の顔は、なんだかとても晴れやかだった。


「なにか良いことでもあった?」

「良いごど……。どうなんだべねどうなんでしょうね


 彼のフォークを持つ手がピタリと止まった。


「おら、地元さけぇることにすたんだ」

「へぇ、そうだったの」


 なんということはない。

 ブラックな職場から抜け出せたことで、心がスッキリしたということだ。


 イカニンジンを肴に、ポツポツと語ってくれたのは彼の上京物語。


 地元の魔導学校を主席で卒業したリュートくんは、同世代のほかの子と同じく冒険者に憧れて上京。

 いくつかのパーティーに参加するものの、方言がコミュニケーションの障壁に。


 しかもリュートくんが入ったパーティーは、彼が抜けた後で必ず大きな事故に遭った。


 それが二度、三度と続くうちに、いつしか『死神』という不名誉なアダ名で呼ばれるようになっていた。


 次第に組んでくれるパーティーは少なくなり、行きついたところが先日の剣士たちのパーティーだったが……結局、ほとんどタダ働き同然の荷物持ち。


 この前のイカニンジンで里心がついて、田舎に戻る決心をしたそうだ。



「はぁ。しょうあんめしょうがない。モンスターを倒す魔法を使つがえねぇのは本当だがら」

「そう……。戻ったら、なにするか決めてるの?」

「ん~~、地元の子どもだぢに魔法を教える塾でもやっぺがなやろうかな

「お兄さんなら、きっといい先生になれそうね」

「そうがな? そうだどいいんだげども」


 そう言いながら照れ笑いをする彼の顔は、希望に満ち溢れているように見えた。


「いい先生になれそう」と言ったのは営業トークなんかじゃない。直観だけど、本当にそう思った。


 もう何年も、この店で色んなお客さんを見てきた私が言うんだから間違いないわ。


「ごぢそうさまでした」

「お粗末さまでした」


 今日も綺麗に平らげてくれた。

 見ているこちらが気持ちよくなる。


「お代……なんぼだがいくらですか?」

「いらないわ。これは私からの餞別。道中、気をつけてね」


 リュートくんは恐縮しながら「したっけ」と帰り支度、いや旅立ちの支度をする。


「ところで……、お兄さんが得意な魔法ってなぁに?」


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