1品目 干しクラーケンとデスキャロットの和え物 (4)
これはタダの言い訳なんだけど――。
私は食堂『ヴィオレッタ』を始めてからずっと、自分からお客さんのプライベートな情報を訊かないことにしている。
人のことなど深く知らないほうが、ちょうど良い距離感で接客できると思うからだ。
だけど……今回はガマンが出来なかった。
いまは彼しかお客がいないから、他に聞いている人はいない。
彼はこのあと故郷へと旅立つから、すぐに再会することもない。
だから、いいかなって。
かるーい気持ちで訊いてしまった。
反省はしている。
後悔はしていない。
🍺 🍗 🍺 🍳 🍺 🍝 🍺 🥩 🍺
「ところで……、お兄さんが得意な魔法ってなぁに?」
『モンスターを倒す魔法を
リュートくんはさっき、確かにそう言った。
田舎とはいえ魔導学校を主席で卒業している魔導師が、攻撃魔法を使えないなんてことがあるのかしら?
きっとウソをついてはいないのだと思う。
そういう子じゃないことくらいは、短い付き合いでも十分伝わってくる。
じゃあ一体、どんな魔法が評価されて主席に選ばれたのだろうか。
気になって気になって、仕方がない。
このままじゃ、夜しか眠れない。
私の質問に、リュートくんは事もなげに答えた。
「ああ。強化魔法だ。アレなら学園長にだって負げねぇ」
強化魔法とは、ステータスを強化したり、耐性を強化したり、体力や魔力を継続的に回復させたりと縁の下の力持ち的な魔法。
攻撃魔法や、状態異常魔法に比べると……なんというか、華が無いし人気も無い。
にもかかわらず主席に選ばれているということから、逆説的に彼の魔法スキルの高さがうかがえる。
なんだか欠けていたパズルのピースがパチリとハマった感覚。
「そういうこと。ふふっ、ありがと。これでお昼もグッスリ眠れそうよ」
「……? よぐわがらねぇげんとも、役さ立ったなら良がった」
リュートくんは北へと旅立った。
高位の強化魔法に慣れると、不意に魔法が切れたときに身体の感覚が狂うと聞く。
彼が抜けたパーティーが大きな事故に遭っていたのは、恐らくそれが理由だろう。
気弱で、口下手で、方言の訛りが強いリュートくんが、自分のことを強化魔法のエキスパートだとしっかり伝えられていなかったのかもしれない。
はたまた、伝えてはいてもパーティーメンバーが強化魔法のことを侮っていたのかもしれない。
いずれにしても、誰かがコミュニケーションを取る努力を諦めなければ解決できていたように思う。
この街の冒険者ギルドは、今日ひとつの大きな才能を手放してしまった。
これはリュートくんだけのせいでも、周りだけのせいでもない。
等しく全員の責任だ。
そのことに気づいていながら、彼に伝えないことを決めた私を含めて。
な~んて。
冒険者でもない定食屋が、ワケ知り顔で語るほど無粋なことは無いわね。
数日後、男剣士と女武闘家、女神官がクエストで大怪我をした――という事件が起こったのかどうかは知らない。正直まったく興味も無い。
田舎に帰ったリュートくんが、幸せに先生をしてくれていればそれでいい。
1品目 干しクラーケンとデスキャロットの和え物 (了)
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1品目はいかがでしたか?
よく追放されるタイプの魔導師さんでしたが、俺TUEEE無双する世界線ではなかったようです。
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この料理『干しクラーケンとデスキャロットの和え物』のお代は♡、評価は★、口コミはレビューでお願いしますね。
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