2品目 キングホエールの刺し身とベーコン (1)
この世界で一番大きな
ソイツの名前は『キングホエール』。
大きな海原に浮かぶキングホエールの巨体は、ちょっとした島に見えるくらいよ。
そんなにデカいんなら、さぞかし強いんだろうって?
ふふふ、それが面白いところでね。
一番大きいからといって、一番強いというわけじゃないの。
たまに船が襲われることがあるけど、すぐに冒険者に退治されちゃうわ。
食料としても重宝されてるから、中堅の冒険者にとってはいい稼ぎになるのよね。
――そんなキングホエールをこよなく愛するカワイイお客様がいる。
🍺 🍗 🍺 🍳 🍺 🍝 🍺 🥩 🍺
キイィィィ。
食堂『ヴィオレッタ』の扉が静かに開き、目深にフードを被った背の低い女性が入ってくる。
他にお客はひとりだけ。
「あら。いらっしゃい、シャーリィちゃん」
「オカミサン。いつものヤツを頼むのじゃ」
フードで隠れた顔から、高く透き通ったやや幼い声が飛び出す。
「わかってるわよ。はい、どうぞ」
私はあらかじめ用意しておいた皿をカウンターに出した。
「おおっ。おおおぉぉぉ! これじゃ、これじゃ!」
シャーリィちゃんは目をキラキラさせて、シュルッと舌なめづりする。
皿の上に乗っているのはキングホエールの盛り合わせ。
赤身と脂による紅白のコントラストが、キングホエールの魅力のひとつだ。
シャーリィちゃんが赤身肉の刺し身を口に頬張る。
これは背中からお腹にかけての部分。
つまりキングホエールの肉のほどんどは赤身、ということになる。
海のモンスターでありながら、陸のモンスターのような肉質。
弾力があり、噛むたびに旨味が口いっぱいに広がっていく。
「はふぅ。月に一度、この瞬間こそがワシの幸せじゃ」
「そこまで言ってもらえるなんて。キングホエールもきっと幸せでしょうね」
「そうじゃろう、そうじゃろう! ワシに食べて貰えて良かったのう」
冒険者に狩られて、肉屋にバラされて、その身を皿に盛りつけられる。
どう考えても幸せなわけがないのだけど、どうせなら美味しく食べられたいわよね。
この国で彼女より美味しそうにキングホエールを食べる人を私は知らない。
お皿には赤身肉の刺し身のほかに、皮の刺し身とベーコンが並んでいる。
薄くスライスされた皮はトロリとしていて、甘みと旨みが口の中でふくらむ。
塩漬けにされたベーコンはプルプルした触感で、味はさっぱり。
ひとつ、またひとつ、と大切そうに口へ運ぶシャーリィの様子が微笑ましい。
「キングホエールのスープもいかが?」
「さすがオカミサン! わかっておるのう。もちろん、いただくのじゃ!」
これはタン(舌)のスープ。
甘くてプルプルのタンを薬膳スープに入れたもの。
薬膳だなんて、こんな路地裏の食堂で出すにはちょっと上品だけど今日は特別。
「はぁぁ。じつに……じつに美味であったぞ。また来月も頼む」
「ええ、お待ちしてます」
そう言って、シャーリィちゃんは満足した様子で颯爽と店を出て行った。
お金も払わずに。
そして私も、彼女を追いかけるようなことはせず笑顔で小さな背中を見送るのだ。
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