2品目 キングホエールの刺し身とベーコン (2)
シャーリィちゃんが去ったあとの店内で、ひとり残っていたの女性客がお会計を頼む。
これもいつものことだ。
「では、いつものように」
「はいはい。たしかに」
交わす言葉はいつもこれだけ。
シャーリィちゃんが帰ったらこの女性が支払う。
お店としてはちゃんとお金を頂けるのなら、出どころはどちらでも良い。
女性を見送ると、私は「ほぅ」と息をつく。
毎月のことととはいえ、この時間だけは緊張する。
だってシャーリィちゃんは、この国の王女様なのだから。
🍺 🍗 🍺 🍳 🍺 🍝 🍺 🥩 🍺
シャーリィちゃん、もといシャルロット第三王女殿下が、食堂『ヴィオレッタ』にはじめて来店されたのは数カ月ほどまえの夕方のこと。
そのときも彼女はフードを目深に被って、顔を隠していた。
「この小屋は食堂……で良いのか? テーブルが無いようじゃが」
「路地裏の小さな食堂へようこそ。空いている席に座って構わないわよ」
カウンターしかない食堂は初めてだったのだろう。
彼女は恐る恐る、カウンターの前に据えられた椅子に腰をかけた。
「ふむ。これで良いのか? わしはこんな狭い場所で食事をするのは初めてじゃ」
「大丈夫。すぐに慣れるわ」
「そんなもんかのう」
誤解のないように伝えておく。
この少女が普通のお客様でないことには私も気づいている。
冒険者はもちろん、物売りも、旅芸人も、鍛冶屋も、誰ひとりとしてこんな話し言葉をつかいはしない。
さてさて一体どこのお金持ちの御令嬢がお忍びかしら、というのが第一印象だった。
どこの誰であろうと、本人が伝えてこない限りはお客様のひとり。
フードで顔を隠しているくらいだから、きっと本人も特別扱いなんか求めていないハズ。
「ご注文は?」
「えっと、その……じゃな。……ェルはあるか?」
「エールね。もちろんあるわよ」
この日のシャーリィちゃんのオーダーは、とても声が小さかった。今とは別人のよう。
思い返してみれば、これまで自分で何かを頼むことなどなかったのだろう。
「ホエールは置いてあるか、と尋ねておるのじゃ!」
「あぁ、ホエール! そうねぇ。キングホエールのベーコンで良ければすぐに用意できるけど」
お酒のツマミに、とちょっと前に買っておいたやつがあった。
ベーコンは塩漬け肉だから日持ちが良い。だからとりあえず店に置いておくのに便利なの。
「あるのか!?」
「え、ええ。ベーコンで良ければ、だけど」
そのときのシャーリィちゃんの顔といったら。
目をランランと輝かせて「すぐに出すのじゃ!」ってまるで小さな子供みたいで。
すごく可愛かったのを覚えている。
「あぁ。これがホエールのベーコン。本に書いてあった通りの味じゃ。たまらんのう」
シャーリィちゃんの恍惚とした表情。
今では毎月のように見ているのだけど、初めて見たときはすごく驚いた。
キングホエールのベーコンなんてありふれたツマミを、どうしてこんなに美味しそうに食べられるのか、って。
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