2品目 キングホエールの刺し身とベーコン (3)


「ミストレス(※女主人の総称)、ちょっといいか?」


 シャーリィちゃんが初めてのキングホエールに舌鼓を打つ様子に見惚れていたら、いつの間にか店の隅っこに重鎧をまとった女性が座っていた。



「いらっしゃい。気がつかなくてごめんなさいね」


 すぐに女性に謝ると、彼女はシャーリィちゃんの方を見て小声でこう言った。


「彼女のお代はこちらにつけてくれ。ああ、本人には言わなくて結構」


 私は無言で微笑み、了解の意を示した。


 きっとこの女性は、シャーリィちゃんの親が雇った見張りの冒険者。

 だからこういうときのために立て替えるお金も持たされているに違いない。


 それが私の見立てだった。

 結論から言うと、全然違ったんだけど。


 さておき、お客様としてカウンターに座るのであれば何か注文してもらわなくてはならない。


「それで、ご注文は?」

「ん? ああ、そうか。なにか適当につまめるものを頼む」

「苦手なものはある?」

「気にしなくていい」

「じゃあ、彼女と同じものを出すわね」


 彼女が言った「気にしなくていい」という言葉を、このときは『好き嫌いは無い』という意味だと思ったんだけど、これまた全然違った。


 彼女はキングホエールのベーコンを、ひと切れたりとも口にしなかったのだ。


 つまり、はじめから食べる気がないから「気にしなくていい」と言ったわけだ。


 仕事中とはいえ、少しくらい食べてくれても良いだろうに、とはらわたがグツグツ煮立ってきたところに、シャーリィちゃんがピカピカの皿を差し出してきた。


「おかわりじゃ!」


 そう!

 食堂に来たからにはそうこないと!


 沸騰する寸前で、シャーリィちゃんの豪快な食べっぷりが怒りの炎を鎮火してくれた。


「まあ、嬉しい! どんどん食べてちょうだい」


 喜ぶ私とは反対に、重鎧の女性が苦々しげな表情をしているのが見えた。



 いつだって私は、美味しくご飯を食べてくれるお客様の味方。


 だからシャーリィちゃんが二皿目のベーコンを食べ終えたところで、私は攻勢にでた。


「そんなにキングホエールが好きなら、次に来るときはお刺し身でも用意しておこうかな」


 私の言葉にシャーリィちゃんはキョトンとした表情。


「オサシミ? オサシミとはなんじゃ?」

「あら、お刺し身を知らないの?」

「聞いたことがないのう」

「キングホエールの切り身を、これくらいの厚みでスライスするの」


 私は手と指でエア調理を見せてあげた。


「ふむふむ。それから?」

「それだけ」

「焼かぬのか?」

「焼かないわ、お刺し身だもの」

「煮ないのか?」

「煮ないわ、お刺し身だもの」

「…………まさか、生で食べるのか?」

「そうよ、お刺し身だもの」


 シャーリィのちゃん表情がピシッと固まったかと思うと、次の瞬間グイッと身を乗り出した。



「わしの名はシャル……シャーリィじゃ。来月、同じ日、同じ時間にここへ来る! 必ずそのオサシミとやらを用意しておくのじゃ!!」


 そう言い残して、シャーリィちゃんは意気揚々と店を後にしたのだった。



 店には頭を抱えている重鎧の女と、このあと頭を抱えることになる女主人わたしが残された。

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