8品目 ローストコカトリス (1)


 父なる空と、母なる大地。

 豊穣の祝福に感謝をこめて。


 年に一度の収穫期に開催される『感謝祭』は国民の一大行事だ。

 いつも冒険だ戦争だと騒いでいる者達も、この日ばかりは羽を休めて杯を交わす。


 さて、イベントごとには『行事食』というものがある。

 感謝祭ならばやはり『ローストコカトリス』だ。

 昔ながらの風習のようなものだけど、これがないと締まらない。


 それはその名の通り、コカトリスの肉をローストしたものなのだけど……。

 コカトリスの狂暴性と希少性から、お肉の値段がちょっとばかり高い。

 そのためコカトリスの代わりに別の鳥系モンスターのローストが食卓に並んでいる家庭も珍しくない。


 庶民の間では「感謝祭に『ローストコカトリス』を食べる」というのは贅沢の象徴のように言われている。




 ――さあ、今年も感謝祭がはじまる。



 🍺 🍗 🍺 🍳 🍺 🍝 🍺 🥩 🍺



 バンッ!

 大きな音を立てて、食堂『ヴィオレッタ』の扉が開かれる。

 めいめいカウンターに座っている先客たちの視線が集中した先には、若い冒険者の姿があった。


「ゲンさんいますか!?」


 若い張りのある声が狭い店内に響く。耳の奥がぐわんとした。

 ご指名のゲンさんはカウンターの端の方で渋い顔をしている。


「また、おめぇか」

「はい! グィードです! オレをゲンさんの弟子にしてください!」

「だから、俺は弟子なんか取らねえって何度言えば……なんで隣に来るんだよ! もっと空いてるスペースがあんだろうがっ」


 若い冒険者であるグィードくんが、ゲンさんの隣の席をキープする。

 ゲンさんは「あっちへ行け」とハンドサインで抗議するも、グィードくんは気にも留めない。


「ゲンさんの……、師匠の隣がいいんです!」

「俺はおめぇの師匠なんかじゃねぇよ」


 傍からは何やら揉めているようにも見えるけど、何度も同じ光景を見せられている常連には、もはや気にする者はひとりもいない。


 別にゲンさんは毎日この店に来るわけじゃないから、空振りする日だって当然あるのだけど、どうやらグィードくんは毎晩ゲンさんが行きそうな店を行脚して追いかけているらしい。


 ゲンさんも口では嫌がっているようなことを言いながらも、なんだかんだで面倒見が良いから逃げたり追い返したりはしないから、結局このふたりは毎晩一緒に飲み歩いているそうだ。



 グィードくんがゲンさんの隣の席におさまったところまで見届けて、私はオーダーを取りに行く。


「いらっしゃい。ご注文は?」

「エールください!」


 元気よく返事をするグィードくんの隣で、ゲンさんが「俺が払う」のハンドサイン。私は無言で頷いて、グィードくんの分のエールをゲンさんの伝票につけた。


 まだ若い冒険者であるグィードくんと、ベテラン冒険者のゲンさんとでは、日々の稼ぎが大きく違う。

 とはいえ、毎晩飲み代をオゴってやるわけにはいかないからと、ゲンさんはグィードくんの支払い額を調整している。


「オレ今度、東のカブリア大森林に初めて行くんです。だから師匠、アドバイスください!」

「カブリア大森林か。あそこはモンスターよりも場所そのものが厄介だか……って誰が師匠だっ!! やめろやめろ、鳥肌が立ってくらぁ」


 なんだかんだで相談されたら結局、親身になってアドバイスしちゃう。

 やっぱりゲンさんは、あきれるほど面倒見がいい。

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