8品目 ローストコカトリス (2)


 コカトリスとは大型の鳥型モンスターだ。


 頭から足まで、全長は大人の男性と同じくらい。

 尾には二尾の大蛇が生えていて、その牙には人を石化する毒がある。


 頭に生えた赤いトサカはまるで燃え盛る炎のようであり、けたたましい鳴き声とともに襲い掛かってくる気性の荒さは、まさに『モンスター』といった風格。


 討伐危険度も高く、冒険者ギルドでもベテランの冒険者パーティーしか受注できない上位クエストとされている。

 


 🍺 🍗 🍺 🍳 🍺 🍝 🍺 🥩 🍺



 感謝祭が一週間後に迫った、ある晩のこと。

 この日も、ゲンさんとグィードくんはカウンターに横並びでエールを飲んでいた。


 ふたりは木造りのジョッキになみなみと注がれたビールを、同じような持ち方、同じくらいのスピードで、ゴクゴクとのどの奥に流し込んでいく。



 双方、エールが3杯を超えてきたあたりで、グィードくんが唐突に話を振った。


「ゲンさん。オレ、今年こそはローストコカトリスが食べたいっす」

「そういや、ぼちぼち感謝祭だっけな。なんだ、おめぇコカトリス食ったことねぇのか?」

「オレんちはローストコカトリスの代わりにバカ鳥の香草焼きだったんで」

「ふぅん。まあ食卓に肉が並ぶだけマシじゃねぇか」


 感謝祭の日の食卓に、ローストコカトリスどころか肉すら並ばない。

 貧富の格差がある以上、そんな家庭だって当然ある。


「ま、いいんじゃねぇか。ローストコカトリス。高っけぇし死ぬほどコスパ悪いけど、1人前なら銀貨1枚――銅貨100枚分、つまりエール20杯分だ――もありゃ買えるだろ」


 ゲンさんが赤ら顔で答えるものの、グィードくんは首を横に振った。


「オレはゲンさんと一緒に食いたいんすよ。ひとりで食っても寂しいじゃないすか」

「なんだ。一緒に食う女どころか、ダチもいねぇのか」


 ゲンさんが、エールをあおりながら、グィードくんをからかった。

 一方、グィードくんの表情は真面目そのものだ。


「そういうの……全部、捨ててきましたから」

「…………そうか」


 これはもう、問答無用でゲンさんの負けだった。

 自身も幼い頃に故郷を飛び出してきたゲンさんは、その寂しさや厳しさと同じくらい、決意と覚悟の重さも知っている。


 ただでさえ人がいいゲンさんが、こんな話を聞かされてしまったら、彼のことを構わずにいられるわけがない。

 ゲンさんだって、過去には同じような境遇の先輩の世話になってきた歴史があるのだから。


 こういうことはバトンのように、先達から後輩へ繋げていくことが大事なのだ。



 ゲンさんは木造りのジョッキに残っていたエールを一気に飲み干した。


「けっ。仕方ねぇな。オカミサン、感謝祭の日にローストコカトリスを2人前頼むわ。俺とコイツの分、予約な」

「ゲンさん!! 良いんですか!?」


 ゲンさんが照れくさそうに予約注文を入れる。

 隣では、エールで赤くなっていた顔を、興奮と驚きで一層赤く染めたグィードくんが、席を立ちあがってはしゃいでいた。


「りょーかい。コカトリスのモモ肉を仕入れて待ってるわ」

「……おう」

「やったー!」


 そんなこんなで、感謝祭の日にふたりが来店することが決まった。


 感謝祭は王都の中心に近い市場がメインになるから「当日はお店を閉めてお祭りに行こうかな」なんて思っていたのだけど……。ふたりがローストコカトリスを食べる様子を眺めるのも楽しそうだから、まあいいか。


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