8品目 ローストコカトリス (3)
感謝祭まであと3日。
王都では市場を中心に、旗やランタンの飾りつけが進んでいる。
道行く人々の表情も、いつもより晴れやかで笑顔が渋滞していた。
食堂『ヴィオレッタ』がある路地裏はというと……。
小さな旗を店先に出していたり、感謝祭仕様の人形が吊るされていたり「どうせ市場で飲むだろうから、こっちまで客足は伸びてこないだろうけど、雰囲気だけでも感謝祭っぽくしておくか」という店主たちの本音が伝わってくる。
かく言う私も『店主たち』のひとりだし、気持ちはとてもよくわかる。
感謝祭が近づくにつれて、お客様がどんどん減っているしね。
感謝祭の準備に忙しい人。
感謝祭までお金を節約する人。
感謝祭のためにお金を稼ぎに出る人。
理由はそれぞれだけど。
そういうわけで、開店休業モードでヒマをしていたらマルコさんがやってきた。
「オカミサーン! エールくれ!」
「はいはい。ただいまー!」
こういうときでもお店に来てくれる常連さんには感謝しかないわね。
エールを持っていくと、マルコさんはずいぶんぐっしょりと汗をかいていた。
まるで軍事演習のあとにお店に来たときみたい。
私はエールと一緒に、タオルを持っていくことにした。
「おお! さすがオカミサン。気が利くな」
「ふふっ、そうでしょ? あ、タオル代は伝票につけとくから返さなくていいわよ」
「え!! これお金取られんの!?」
「冗談よ。いつも来てくれてるお礼にあげるわ」
びっくりしたぜぇ、とマルコさんはタオルで顔やら首回りやら汗を拭く。
こんなタオルひとつくらいじゃ返せないけど、気持ちよさそうにしているマルコさんを見ていると少しホッとした。
「いやぁ、今日は大変だったんだよ」
「そうだろうとは思っていたわ」
なにか気になっても、私からは聞かない。
だけど本人が話すなら耳を傾ける。
それが食堂『ヴィオレッタ』のモットーだ。
「カブリア大森林って知ってるか?」
「聞いたことはあるわ」
ちょっと前に。
たしかグィードくんが初めて行くとか言っていた、王都の東の方にある森がそんな名だったハズだ。
「あそこにコカトリスが出たってんで、俺たちゃ近くの街道のパトロールよ」
「へぇ。兵士長さんになってもパトロールってあるのね」
私の素朴な感想に、マルコさんは泣きそうな顔で頷いた。
「本当になあ。王都のパトロールくらいなら部下に任せてりゃいいんだけど、大森林の横にある街道ともなると、やたら広いわ、モンスターが出るかもしれねぇわで、部隊でパトロールしなきゃならんわけよ。そうなったら、さすがに兵舎でふんぞり返ってるわけにもいかなくてな。あれはもう戦争中の哨戒任務と変わんねぇよ」
王都だけでなく、王都に繋がる道を行く民を守るために働く。
いつも飲んでばかりのマルコさんしか見られないけど、こうして働いている話を聞くと立派な兵士長さんをやっているのだな、と不思議な気持ちになる。
ところで……。
「それで、問題のコカトリスはどうなったの?」
「さあ、それは俺たちの仕事じゃねぇから。いまベテランの冒険者パーティーがコカトリス討伐に駆り出されてるハズだぜ。ゲンさんも行ってんじゃねぇかな」
人々を守ったり、人間同士の戦いをするのは兵士の仕事。
危険なモンスターの駆除は冒険者の仕事。
そういうことらしい。
それはさておき、ゲンさんもグィードくんも大丈夫かしら。
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