8品目 ローストコカトリス (4)


 結局、ローストコカトリスを予約していたふたりが感謝祭の日に店に来ることはなかった。


 それから2日経って。


「オカミサン。エールくれ」


 すっかりやつれた顔をしたゲンさんが店へとやってきた。エールを持っていくと、奪うように木造りのジョッキを掴み、浴びるようにノドへと流し込んだ。


「プハァ! 生き返るぜ!! おかわり!!」


 エールを2杯、3杯と流し込んでいくと、みるみるうちにゲンさんの顔色が良くなっていった。

 この人のエネルギー源は本当にエールなのかもしれないと私は思った。


「お疲れ様。なんか大変だったみたいね」

「まぁな……あっ! すまねぇ。もう感謝祭終わっちまったよな」

「一昨日、終わったわね」

「そんなに経ってたんか。やっぱあそこの森は鬼門だぜ」


 ゲンさん達のパーティーは、無事にコカトリス討伐をしたところまでは良かったのだけど、そのあとカブリア大森林でがっつり迷ったらしい。


「あそこはなんでかコンパスが使えなくなるし、あたり一面には似たような草木しか生えてないし、頭がおかしくなるかと思ったぞ」


 ゲンさんは身震いしながら、そう語ってくれた。

 

「無事に帰ってこれて良かったじゃない」

「ああ。無事に帰ってこれた」


 柄にもなく神妙な顔をしている。

 無事に帰って来れなかった誰かがいる、ということだろうか。


 ゾワッと背中を走る悪寒に、身震いする。


「もしかして……グィードくんは……」


 しかし、ゲンさんは沈黙したまま答えてくれない。しばらくして、静かに首を横に振るとぼそりとつぶやいた。


「惜しい奴を亡くした……」


 グィードくんは命を賭けてモンスターも戦う冒険者だ。いつ死んだって不思議なことはない。

 わかってはいるけど、いざ見知った人が命を落としたと聞くと心の理解が追いつかない。


「そう……なの……」


 ようやく口から出た言葉。

 イザというときに、すぐ気の利いたセリフを言えるようなスキルは、私にはない。


 しんみりとした空気の中、キィと店の扉が開いた。


「あ、いらっしゃ……い?」


 涙で視界がボヤけるなか、入り口を見るとそこにはグィードくんの姿があった。


「ゲンさんいますか!?」


 左足をケガしているのだろうか、包帯でグルグル巻きになっていて、杖をついている。

 だけど、この声はいつものグィードくんだ。


「グィードくん……あなた……」

「あ、ああ。このケガですか? 実はカブリア大森林でコカトリスと偶発的に遭遇エンカウントしちゃって。逃げるときに転んじゃったんですよ。いやあ、お恥ずかしいです」


 グィードくんは、本当に恥ずかしそうに照れ笑いをしている。とても幽霊には見えない。


 えーっと。つまりこれはどういうことかしら?


「なんだ、もう退院したのか?」


 私が混乱しているのをしり目に、ゲンさんはグィードくんに驚く様子もなく、平然と声を掛ける。


 もしかしなくても、ゲンさん……私をダマしたわね!?


「ゲーンさーん。これはどういうことかしら?」

「なんだよ。ちょっとしたジョークじゃねぇか」


 人の生き死にを『ちょっとしたジョーク』にするのはダメよ。例えグィードくんが許してもダマされた私が許さないわ。


「ゲンさんは今晩エール禁止。あとグィードくんのエール代は全部ゲンさんにつけちゃうから」


 それを聞いて今度はゲンさんが泣きそうな顔になる。


「そんな!? 勘弁してくれよ、オカミサーン!」




 8品目 ローストコカトリス(了)




――――――――――――――――

 8品目はモンスター料理の定番、コカトリスでございました。


 イベントごとの行事食って面白いですよね。

 ひな祭りにはあられを食べ、こどもの日には柏餅を食べ、正月はおせち、七夕はそうめん、節分は豆と恵方巻きなどなど。

 食べるとなんだかイベントを楽しんだ気になるから不思議です。


 クリスマスには七面鳥ターキーなんて聞きますけど、日本でクリスマスにターキーを食卓に並べているご家庭はどれくらいあるんでしょうね。


 本作がお気に召したら是非フォローをしていってください。


 この料理『ローストコカトリス』のお代は♡、評価は★、口コミはレビューでお願いしますね。





 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る