6品目 スラッシュビークの卵かけライス (2)
「ごめんね。スラッシュビークの卵、切らしちゃったの」
「あ……そうなんですね。じゃあ、なんでも良いです」
女性はあからさまにガッカリした様子で、大きめのバックパックを床に置いた。
汚れた外套はそのままで、しきりにキョロキョロと店内を見回している。
冒険者というよりも、初めて王都にきた若い旅人さん、といった風情だ。
よし、決めた。彼女のことは心の中で旅人さんって呼ぶことにしよう。
「トッピングはどうする? エビルオークのそぼろ、シオマジンの粗塩、ネバールトレントの粘りマメ。あとは……クラーケンの塩辛なんかも合うわよ」
「じゃあ、エビルオークのそぼろにします」
「りょーかい」
ライスをよそって、卵を入れた器と、エビルオークのそぼろの乗せた小皿を、旅人さんの前のカウンターに並べた。
「卵はヘブンスバードよ。ここから先はセルフサービスだけど、大丈夫?」
さっぱり味のヘブンスバードの卵は、万人受けする無難な味わいでいわばスタンダードな卵だ。頼む人も多いから数も多めに用意してある。
私の問いかけに「あ、はい」と返事をすると、旅人さんは、溶き卵が少し泡立つくらいまでライスを混ぜて、そのままスプーンにすくってぱくり。
「んー! やっぱり、まずは卵の味をそのままよね。これでスラッシュビークの卵だったら最高だったんだけど」
さっきまでのガッカリモードから一転。
卵かけライスで、すっかり元気を補充したらしい。
それはそうと。
その「まずは卵の味をそのまま」って食べ方、最近の流行りかなにかなの?
続いて旅人さんは、その細いしなやかな指で、エビルオークのそぼろをひとつまみ。そのまま卵かけライスにパラパラとふった。
ひと口。またひと口と、大事そうに卵かけご飯を食べる旅人さん。
見ているだけで、なんだか幸せになってくる。
お店を閉めたら、私も卵かけご飯をたべようかな。
彼女はたっぷりと時間をかけて卵かけご飯を平らげると「ごちそうさま。美味しかったです」と丁寧なお辞儀をした。
ご両親の教育の賜物だろう。私も笑顔で別れの挨拶をする。
「こちらこそ。よかったら、また来てね」
「はい。次はスラッシュビークの卵を食べに来ますね」
よくある社交辞令のコミュニケーション。
旅人さんの『次』とはいつになることだろう。
でも、もちろんそんな無粋なことを聞いたりはしない。
別の街に行ってしまえば当然来れなくなる。
もしこの王都に滞在するとしても、わざわざ同じ食堂に通う必要などない。
私なら、きっと色んなお店の色んな食べ物を試して歩くわ。
……お財布が許してくれる限り、だけど。
なんにせよ、気が向いたときに来ていただければ御の字だ。
――次の日のこと。
「すみません。卵かけライス、もらえますか?」
旅人さんの別れの言葉は、どうやら社交辞令ではなかったようだ。
次の日、お店を開いて間もない頃に彼女はやってきた。
「もちろん! スラッシュビークの卵でいい?」
「はい!」
元気に返事する旅人さんの笑顔が眩しかった。
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