3品目 バンカーバードの香草焼き (5)


「んー、ほら。レオラさんのことは本当に愛しているから巻き込みたくなくて、それでも王子としてはずっと独身ってわけにはいかないから、親が勧める相手と結婚した、とか……そういう感じじゃない?」


 これが私なりの答え。

 即席にしては、我ながら良い線をいっていると思う。


 バンッ!


 レオラさんの右手が、錫製のワイングラスをカウンターに勢いよく打ちつける。

 手元にワインが跳ねるが、彼女は気にしていないようだ。


「そう! 私だってきっとそうなんだろうな、とは思ってますよ? でもね、でもですよ? オカミサン! そうじゃない可能性だってあるじゃないですか!」


 そうじゃない可能性……か。


 彼女が言いたいことはわかる。

 今のはダナス王子の言うことを100%信じることが前提の答え。


 例えばダナス王子に、初めからレオラさん以外の想い人がいたとしたら、どうだろう。


 婚約を破棄したのはレオラさんのためなんかじゃなく、ただただ自分が想い人と一緒になるため、ということになる。


 もしそうなら、「早晩、この国は倒れる」なんてことを本気で思っていたかどうかも怪しい。「君に生きて欲しいんだ」とか言っておけば、レオラさんが口をつぐむことを見越していたのかもしれない。


 などと、想像するだけならいくらでも相手を悪者に出来てしまうから、過ぎてしまったことに対して『可能性』なんてものは考えてはダメなのだ。

 

 特に今回は。


「どんな真実にだって可能性だけならあるわよ。でも本人が亡くなっちゃった以上、すべては闇の中。死んじゃった人はどうしたって反論できないんだから」

「それは……。それは、そうなんですけどぉッ!」


 さっきから憶測で王子を責めてばかりいるけど、本当は彼女もわかっている。

 今の状況は彼女自身にも大きな責任があることを。



 だって、そうでしょう?


 彼女は王子から婚約破棄を伝えられたとき、「それでも一緒になって、あなたと共に生きて、共に死にたい」と言えなかったのだから。


 彼女は王子の言葉に甘えて、愛よりも自分の命を取った。


 別にそれ自体は悪いことでも責められるようなことでもない。だけど、相手にだけ無償で誠実な愛を求めるのはフェアじゃない。

 一緒に添い遂げる未来を捨てた以上、相手がその先どうしようとも口を出す権利などありはしない。


 もう一度言うが、彼女もそれくらいはわかっている。だから言葉では王子を責めながら、心では自分を責めている。


 顔を見れば、それくらいはわかる。


「あの日……思ったんです、よ。……あぁ、隣にいるのは、なんで、わたしじゃ……ない、ん……スー、スー、スー」


 ほらね。


 最後まで言葉を紡ぐことは出来ず、レオラさんはワイングラスを握りしめたまま寝てしまった。



 人生なんて誰だって後悔の連続だ。

 それでも生きていくしかないし、気がつけば後悔も思い出に変わっている。


 きっとレオラさんも。



 私はレオラさんの肩に毛布をかけて、お店の灯りを消す。

 今日は思いもよらぬ臨時休業になっちゃったけど、たまにはこういう夜があってもいい。




 3品目 バンカーバードの香草焼き(了)




――――――――――――――――

 3品目はちょっと大人のお話でした。

 巷では婚約破棄される侯爵令嬢さんがたくさんいると聞きますけど、こんなパターンだってあるのかもしれません。

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