10品目 ベビーサーペント酒 10年 (3)


「グィードくんはベビーサーペント酒に挑戦中なの」

「まあ! ベビーサーペント酒があるんですか?」


 これは予想外。

 レオラさんがベビーサーペント酒に食いついてきた。


「あら。レオラさんも興味あるの?」

「あれって、たしか美容にもいいんですよね。私も貰っちゃおうかしら」

「どうぞ、どうぞ」


 新しいショットグラスを取り出して、ベビーサーペント酒を注ぐ。

 ふわりと漂う生臭い香りに、さしものレオラさんも少し顔をしかめた。


「この匂い。モンスター酒はパンチが効いてますね……。えいっ」


 レオラさんは鼻をつまむと、ベビーサーペント酒を一気に飲み干す。

 空になったショットグラスをカウンターに置くと、「くうぅぅ」と声が漏れた。


 隣に座るマルコさんは「おお。レオラさん、スゴいですね」と褒めているんだか、ドン引きしているんだか、よくわからない反応をしていた。


「なるほど。ああやって飲めばいいのか」


 レオラさんの飲みっぷりを見て、グィードくんが頷いている。

 もちろん左手にはひと口も減っていないベビーサーペント酒のグラスがある。


 いつになったら飲むのか。


「ほれほれ。オカミサンに続いて、冒険者でもないレオラさんも飲んだぞ。さっさとおめぇも飲まねぇか」


 ゲンさんは、ついさっきの自分を忘れたかのように、再びグィードくんをからかって遊んでいる。


「い、いきますよっ。……えいやっ!」


 グィードくんは右手で鼻をつまみ、左手に持ったショットグラスを勢いよく口につけた。店の中にいる者みんなが静かに見守るなか、ゴクリとノドが鳴る音が聞こえた。


 コンッ!

 バンッ!


 ショットグラスがカウンターに置かれたのと同じタイミングで、荒々しく店の扉が開けられた。


「いらっしゃい」

「なんだこの店、女がやってんのか。まあいいや。おい! ミストレス! すぐにふたりくるからよ、エールを3つ。……さっさとしろよ!」


 いかつい見た目の黒い大鎧を身に着けた、おそらく冒険者のお客さん。

 もちろん一見いちげんさん――誰の紹介でもなくお店に初めて来た人――だ。


 どうも足元がふらついている。

 きっと他で飲んできてお店をハシゴしてきたのだろう。


 常連ばかりのこの店ではあまり見ないガラの悪いタイプだけど、主に冒険者をメインターゲットにしている酒場ではこういう手合いがよくいる。


 すぐに似たような輩が2人――黒いローブの男と、黒いチェストプレートの男だ――店に入ってきてカウンターに並んだ。

 揃いも揃って黒い装備の3人はエールが入った木造りのジョッキを激しくぶつけ、腕を絡ませて一気飲みを始める。


 酒場ではよく見かける光景だが、この食堂『ヴィオレッタ』はそういう場所ではない。このままでは常連さん達の迷惑になってしまう。


「お客さん達。ここは食堂だから、表通りにある酒場みたいな飲み方はしないでね」


 私が優しくたしなめる。

 3人は声を揃えて「あ゛あ゛ん!?」と、ちょっと不満そうに返事をした。

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