10品目 ベビーサーペント酒 10年 (2)
「おめぇ、なにこんなものに怖気づいてんだ? オカミサンが毒見してんだ、飲まねぇって選択肢はねぇだろ。何事も経験だぞ」
ゲンさんが自分はエールを飲みながらニヤニヤ笑顔でグィードくんを煽る。
師匠にこう言われてしまっては、グィードくんも日和っていられない。
「じゃ、じゃあ……一杯だけ。お願いします」
グィードくんの表情は、まるでこれから魔神とでも戦うのかと思うほど険しい。
それでもなんとか、ベビーサーペント酒が入ったショットグラスを持ち上げる。
「い、いきますっ!」
顔の前までは持ってきたものの、そこから進んでいかない。ショットグラスを持つ指先がプルプルと震えるばかり。
「おいおい。どうした? ギブアップか? そんなザマじゃあ弟子にしとくわけにゃいかねぇなあ」
ゲンさんのニヤニヤ顔も、からかう声も、とどまるところを知らない。
「ししょおぉぉ。……いや、いきますっ。いきますからっ」
泣きそうな声を出しながら、グィードくんがショットグラスをさらに近づける。
グラスが鼻の前あたりまで近づいたところで、もともと険しかった表情が苦悶へと変わった。
「なんか、ちょっと生臭いんですけどぉ」
「ベビーサーペントの臭いね。そんなものよ。我慢してグッといっちゃって」
「そうだ、そうだ。一気にいっちまえ!」
すっかり外野面しているゲンさんに、私はちょっと水を向けたくなった。
ちょっとしたイタズラ心だ。
「あら。じゃあ、ゲンさんもいっとく?」
「んんん!? いや、俺は――」
ギイイィィィ。
ゲンさんが面白い反応を見せてくれそう、というタイミングで入り口の扉が開いた。
「あら、なんだか楽しそうですね」
「レオラさん、いらっしゃーい」
入ってきたのは亡国の公爵令嬢、レオラさん。常連さんだ。
国が滅んでいるから『元公爵令嬢』の方がいいのかしら。
その後ろには大柄な男性。
「俺も一緒だ。エールを1杯、レオラさんは赤ワインですか?」
こちらも常連でお城の兵士長のマルコさん。
意外な組み合わせなんだけど、いつの間に仲良くなったの?
「そうですね。……いえ、はじめはエールを頂きます」
いつも赤ワインのレオラさんが、まさかのエールをご注文!
色々とお酒を用意しているのに、このままじゃエールしかオーダーされないお店になっちゃいそう。
ふたりの前にエールを持っていくと、マルコさんが豪快にグビグビとグラスを煽る隣で、レオラさんが恐る恐るグラスに口をつけた。
「ぷはぁっ! やっぱエールだな」
「んー。まあ、悪くはないですね」
「本当ですか!? 無理だったら言ってくださいね。俺がいくらでも飲みますんで」
「あら。頼もしいですわ」
マルコさんがデレデレしているのはさておき、レオラさんの方もなんだかまんざらでも無さそう。
「ところで……グィードさんはなにをされてるんです? ショットグラスを持ったまま固まっているように見えますけど」
あ、すっかり忘れていた。
マルコさんとレオラさんの関係が気になって、どうでもよくなっていたわ。
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