10品目 ベビーサーペント酒 10年 (4)


「てめぇ。女の分際で生意気なクチ叩きやがって。俺たちを誰だと思ってやがる!?」


 黒い大鎧の男が吼える。


「あんた達が誰だろうと関係ないの。ここは食堂、騒いで飲むところじゃない。それだけよ」


 こんな輩に黙らされているようじゃ、王都の路地裏で商売なんか出来やしない。

 続いて、黒いローブの男と、黒いチェストプレートの男も噛みついてきた。


「おいら達にそんな口を利いて、後で泣いて謝っても遅せぇかんな」

「おいおいおい。死んだぞ、てめぇ。ガリア、マッツォ、オロレラの名前を知らねぇとは言わせねぇよ?」


 誰よ。知らないわよ。

 そうやって有名人ぶって粋がってると恥ずかしいことになる、って今のうちに教えてあげようかしら。


「師匠。ガリア、マッツォ、オロレラって……最近、高ランクに上がって話題の『トリス・エステリアス・ネグラス』じゃないですか?」

「トリ……エス? なんだ、そいつら。知らねぇな」


 駆け出し冒険者のグィードくんの耳には入ってくるけど、ベテラン冒険者のゲンさんは聞いたことがないレベルってことね。

 ひよっ子に毛が生えたようなもんじゃない。


「おい。そっちのジジィ。今、なんつった?」


 どうやらトリなんとかの黒ローブもゲンさんの声を聞き逃さなかったらしい。

 店の奥に座っているゲンさんを睨んでガンをつけている。


「誰がジジイだ、この野郎!」


 ジジイ呼ばわりされたゲンさんも噛みついちゃった。気持ちはわかるけど、このままじゃ収拾がつかなくなってしまう。


 あまり強硬手段って好きじゃないんだけど……この場合は仕方がない。


「ゲンさんは座ってて。このケンカは私が買うんだから」

「でもよぉ、オカミサ――」

「『でも』も『デーモン』もないの。私が買うって言ってんだから、大人しく座ってエールでも飲んでなさいっ」


 なおも食い下がろうとするゲンさんに、つい声を荒げてしまった。

 ゲンさんは「お、おう」と、そのまま腰を下ろした。


「ギャハハハハ! 女に凄まれて引き下がるなんて、だらしねぇ男もいたも――」

「あんたは黙りなさい」

「あ゛?」


 私がカウンターの内側から外側へと移動すると、トリなんとかの3人の視線が私に集中した。


「本気かよ。てめぇ、本当に命が要らねぇみてぇだな」

「こっちのセリフ、と言いたいところだけど安心なさい。命だけは残しておいてあげるわ」

「んだと、てめぇ!!」「ぶっ殺してやる!!」


 下っ端まる出しの買い文句と共に、3人は腰に差した剣を抜いた。

 ギラリと光る抜き身の剣。


「きゃっ!」と小さく叫んだレオラさんが、マルコさんにヒシッとつかまった。

「大丈夫です。レオラさんのことは俺が守りますからっ」とマルコさんが彼女の肩を抱く。


 人が修羅場やろうってときに、隣りでイチャイチャされるとなんだか気が抜けちゃうわね。


「し、ししょう。良いんですか? オカミサン、殺されちゃうんじゃ……」


 バキッ。

 ドスッ。

 

「ん? ああ、お前らの世代はもう知らねぇか。ヴィオレッタっつったら俺らの世代じゃ有名な――ほら、もう終わるぞ」


 ゴンッ。

 ポイッ。


「私のことを心配してくれた優しいグィードくんには、エールを1杯サービスしてあげちゃおうかな」


 すっかり伸びてしまったトリなんとかの3人を扉の外に放った私は、手をパンパンと払ってカウンターの中に戻った。

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