3品目 バンカーバードの香草焼き (2)


 この国は、というか大陸では大小いくつもの国が常に戦争をしている。


 軍が情報を秘匿しているせいでもあるが、平民は自分たちが住む都市の近くで戦争でも起きない限り他人事だと感じている節がある。


 どうやらマルコさんは、小さな国との戦争で勝利を納め、部下と一緒に祝勝会に訪れたらしい――ということが、彼らの会話からすぐにわかった。


 つまりは声が大きすぎる。


 私はまたもため息をつくと、店先の灯りを消した。こんな会話を不特定多数のお客様に聞かせられるものですか。


 まだお客様が少ない時間帯だったのは不幸中の幸いだった。レオラさんひとりしかいないうちに後続を断っておこう。


 兵士長さん達が帰ったら営業を再開したいところだけど……今日は諦めた方が良さそうだ。



 🍺 🍗 🍺 🍳 🍺 🍝 🍺 🥩 🍺



「オカミサン! こっちにもバカ鳥ね! 3人、いや5人前で!!」


 マルコさんの大声が店内に轟く。


「そんな大声出さなくても聞こえるからッ」


 入店時の「気をつけるよ」とはなんだったのか。



 エールが入った木造りのジョッキが「乾杯」の音頭と共にぶつかって2時間ほど経った。


 意外だったのは、レオラさんまで珍しく長居していること。普段なら1時間くらいで帰るのだけど。


 マルコさんも、周りの兵士さんもとっくに赤ら顔だ。アルコールが回るのに比例して、会話の声も大きくなる。


 曰く、


「王太子の軍も大したことなかったですね」

「小国のくせにガメつい交易ばかりしてた報いさ」

「案の定、しっかり貯め込んでやがりましたね。恩賞が楽しみですよ」

「王族の処刑は3日後と決まったってよ」


 などなど。


 どう考えても軍の機密であろう会話が大声で飛び交っている。


 戦勝のお祝いにわざわざこんな路地裏の小さな食堂を選んだ理由はこれか。


 ある意味、情報統制に厳格なのかもしれない。


「オカミサン! エールもう一杯!」

「うちは酒場じゃないって言ったハズよね?」

「これで最後! 最後の一杯! なっ?」

「そのセリフ、10分前にも聞いたんだけど……ハァ、今日だけだからね」

「ああ! オカミサマ! あなたの慈悲に感謝します!!」


 不敬なので人を神様のように言わないほしい。

 兵士長さんに罰が下るのは構わないけど、私まで巻き込まれてはたまらない。


 お店は半貸し切りにしてあるし、戦勝のお祝いをしているところに「飲むな」と言うのも無粋だろう。


 私は本日何回目かもわからないため息をついて、エールをジョッキに注いだ。


 事件が起こったのは、このすぐあとのことだ。



 他のお客もいるということで、ここまで彼らも多少なりとも気をつかい、国名や人名など、具体的な名称は口にしないようにしていた。


 しかし、アルコールの量が増えれば口も滑る。

 兵士のひとりがポロリとこぼした言葉が引き金だった。


「100年続いたアルバルドア王家もこれで終わりですか。あっけないものですね」


 その瞬間、ガタンッと大きな音がした。


 ずっと静かにひとりでお酒を飲んでいたレオラさんが立っている。

 彼女が立ち上がった拍子に椅子が倒れたらしい。


 レオラさんは、そのまま兵士の方にツカツカと詰め寄ると、カウンターをバンッと叩いた。


「いまの話は本当!?」


 初めて聞く、彼女の大声だった。

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