9品目 パイライトドラゴンのステーキ (4)


 ウマい、ウマい、と歓喜の声を上げながら、一向に肉の種類を当てる様子のないマルコさんの隣で、チフデールさんは静かにステーキを頬張っている。


 しばらく試食の時間が続いた後、ついにチフデールさんが口を開いた。


「なんという柔らかな食感。脂は少々もの足りないですが、これほど柔らかな肉質を持つモンスターは限られます。……オカミサン、でしたか。本当に当ててしまっていいのですか?」


 チフデールさんの射るような視線が、再び私の方を向いた。


「もちろんよ。お店の名誉に賭けて、取り消したりはしないわ」


 私が胸を張って宣言すると、チフデールさんが少しだけ笑った。

 今晩、この店に来て初めての笑顔を見せたのだ。


「まずは肉のサイズ、かなりの大型モンスターですね。さらにこの柔らかな肉質、これはドラゴン種の特徴に違いありません。あとは、どのドラゴンか……ですが、脂が薄くて赤身がしっかりしていることから考えて、恐らくは地を這うスネークドラゴン。違いますか?」


 私はチフデールさんをじっと見つめる。

 まだだ。答えを伝えるにはもう少し引っ張って――。


「こいつぁ、パイライトドラゴンだろ」

 

 分厚いステーキ肉をペロリと平らげたマルコさんが、横から口を挟んできた。

 そういえば、あなたも回答者のひとりだったわね。


「なにをバカなことを言ってるんですか。パイライトドラゴンの肉はもっと固くて筋張っていて、こんなに上質なものではありませんよ」


 チフデールさんは両手の掌を天井に向けて、ヤレヤレといったポーズ。

 だけどマルコさんも、ここは引かない。


「お前こそよく考えてみろ。こんな食堂で、スネークドラゴンなんて高級食材のステーキを出すわけねぇだろ? ドラゴンじゃなくて、巨大モンスターで、赤身がしっかりしてるお手頃な肉っつったら、この辺りじゃパイライトドラゴンしかいねぇよ。なんでこんなに肉が柔らかいのか、は俺もわかんねぇけどさ」


 今日のマルコさんは、いつもより冴えてるじゃない。

 なんだか全部見透かされているみたいで、ちょっと癪だけど……。


「ちぇっ。マルコさんが正解」


 私が負けを認めると、チフデールさんが「なんですって!?」と声を上げながら残っていたステーキを再び口に入れる。


 先ほどよりも時間をかけて、じっくり味を確かめている。

 やがて、ハッと表情が変わった。


「これは……、オニョンマンか」

「おっ。大正解!」


 オニョンマン――玉ねぎに手足が生えたモンスターでスープや炒めものに使う――の胴体をすりおろして、ビネガーや砂糖などを加えて作った調味液に一晩ほど肉を漬けておくと、なぜか肉が柔らかくなる。


 それがパイライトドラゴンのステーキが柔らかくなった秘密だ。

 本物のドラゴンの肉と比べても、赤身だけなら遜色ない食感に仕上がる。


 ドラゴンのステーキに憧れ続けた庶民が、研究に研究を重ねて発見した奇跡。

 高級なドラゴン肉のステーキばかり食べている人には縁のない料理だろう。


 それは「肉にはうるさい」と豪語していたチフデールさんも同じだったようだ。

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