4品目 エビルオークのワイン生姜焼き (5)
ナオヤ青年が食堂『ヴィオレッタ』で最後の生姜焼きを食べた、次の日のこと。
「オカミサン、オカミサン、オカミサン! ナオヤの話、聞いたか!?」
お店を開けて早々、マルコさんが興奮した様子で飛び込んできた。
「なあに? 騒々しい。彼なら昨日の夜、お別れに来てくれたわよ。今朝にはこの国を出るからって」
「本当か!? クッソォ! 一足遅かったか」
マルコさんは指をパチンと鳴らして、悔しがっている。
「今朝、アイツの首に賞金がかかったんだよ。理由は貴族不敬罪、公爵家の嫡子がナオヤから卑劣な罠に掛けられたって話だ」
ナオヤ青年が卑劣な罠。
あまりに似合わなすぎて思わず「ぶふっ」と吹き出してしまった。
「な、なんだよ……笑いごとじゃねぇぞ」
「マルコさん、まさかその話を信じてるの?」
私はジト目でマルコさんの目を見る。
この1か月半の間、私たちが一緒に食事をしてきたナオヤ青年は、どう考えても他人を罠をかけるようなタイプではない。
むしろ罠に掛かけられてベソベソ泣いている方がナオヤ青年らしい。
「まさか! アイツがそんなことできるタマかよ。どうせ貴族の坊っちゃんが逆恨みでもしてるに決まってら」
良かった。
マルコさんの目も腐ってはいなかったようだ。
「じゃあ、どうして彼を探してたのよ」
「そりゃ、おめぇ。男同士の別れの挨拶と、餞別を渡すために決まってんじゃねぇか」
決まってるんですか。ソウデスカ。
疑って悪ぅございました。
「そんなマルコさんにはコレ」
私はミカンくらいの大きさの、真紅の珠をマルコさんに手渡した。
「あん? なんだ……ってまさか!? これ、火翼竜の紅玉じゃねぇか!?」
「なにそれ、美味しいの?」
「食いもんじゃねぇよ! 強力なドラゴンが稀に落とす宝石だよ。どうしたんだ、こんな高価なもん!?」
「彼からの贈り物よ。マルコさんにはお世話になったからって」
「だからってオメェ……。そうか、アイツがそんなことを」
ナオヤ青年からの高価な置き土産に困惑しつつも、親愛の気持ちだと聞かされてマルコさんは満足気な様子。
私にはもっと大きなリンゴサイズの紅玉をくれたことは秘密にしておこう。
「それにしても、火翼竜の紅玉なんてどうやって」
「ああ。それなら『山に行ったらモンスターが綺麗な石を落としたから拾ってきた』って言ってたわ」
「モンスターが?」
「落としたって」
マルコさんがあんぐりと口を開けて、明後日の方向を見ている。
しばらくして正気に戻ったマルコさんは、「アイツ、本当はスゲェ冒険者だったのか……いやいや、そんなまさか」と一人でブツブツつぶやいていた。
ナオヤ青年がスゲェ冒険者なのかどうかは知らないけれど、スゲェいい男の子なのは知っているから、私は彼が別の国で幸せを掴んでくれることを祈っている。
隣国で英雄ナオヤと呼ばれる冒険者が活躍しているらしい、というウワサを私がマルコさんから聞いたのは、それからほんの数ヶ月後のこと。
その英雄はきっと、やさしくて泣き虫で童顔じゃないかと思う。
4品目 エビルオークのワイン生姜焼き(了)
――――――――――――――――
皆様はもちろんお気づきだとは思いますが、4品目は異世界に転移してきた日本人の話でした。
大学生くらいの歳でいきなり異世界飛ばされて「もう元の世界には帰れません、家族にも二度と会えません」って言われたら……泣きたくもなりますよね。
お気に召したら是非フォローをしていってください。
この料理『エビルオークのワイン生姜焼き』のお代は♡、評価は★、口コミはレビューでお願いしますね。
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