4品目 エビルオークのワイン生姜焼き (3)


 完成した料理を前にグズグズと泣いているナオヤ青年。知らぬふりを決め込んだマルコさん。そしてナオヤ青年を泣かせてしまった私。


 控えめに言って地獄のような光景だった。

 とりあえず母親の話題から離れることが先決。


「こ、これは、なんていう料理なの?」


 私はいまだ涙と鼻水が止まらないナオヤ青年に、料理の名前を尋ねた。


「ぐすっ。ずずっ。えぐっ。ぶ……オークのワイン生姜焼き、です」


 泣きながらもちゃんと答えてくれる。

 やっぱり、すごく心根が優しい子だ。


「エビルオークのワイン生姜焼きか。食欲そそる名前じゃねぇか」


 さっきまで知らん顔をしていたマルコさんが、オーバーなくらいウンウンと大きくうなずいている。

 これが彼なりの気遣いであることは言うまでもない。


「食べてみてもいいかしら?」


 ズズッと鼻をすすりながら、ナオヤ青年はコクリと頷く。


「あっ、ズリィぞ。おい! 俺にも、なっ?」

「はいはい。わかってるわよ」


 ナオヤ青年が作ってくれたエビルオークのワイン生姜焼きを切り分けて、2切れずつ皿に乗せる。


「なんだ。これっぽっちかよ」

「贅沢言わないの。味見なんだから当然でしょ」


 閉店後とはいえ、タダで食べさせてもらっておいて図々しいこと。

 断っておくが、作ったのはナオヤ青年で、材料と場所を提供したのは私。マルコさんは突っ立ってみていただけだ。

 そこがマルコさんらしさでもあるんだけど。


 さておき。

 さっそくエビルオークのワイン生姜焼きを味見してみる。


 切り分けたときにも思ったが、いつもより肉が柔らかい気がする。

 

「うっっめええぇぇぇ!! なんだコレ!?」


 先に食べたマルコさんがいつもよりも大声で叫んでいる。


「ちょっと、何時だと思ってるの!? 近所迷惑だからやめてよ」


 苦言を呈しつつ、私もひと口。


「あ、おいしっ!」


 口の中に広がる生姜とニンニクの風味。

 甘じょっぱい味付けが、さらに食欲を増進する。


「なあ。ミストレス」

「…………なによ」


 言わなくてもわかる。

 なぜなら私の口もきっと同じものを欲しているから。


「「ライス」」


 私とマルコさんの声がキレイにハモった。

 その瞬間「ぶふっ」と吹き出す声が響いた。


「あら」

「おっ?」


 さっきまでメソメソと泣いていたナオヤ青年がケタケタと笑っていた。


 まだ目に涙は浮かべているものの、悲しみの峠は越えたらしい。


「あはっ。あはははははは」


 お腹を抱えて爆笑するナオヤ青年を見て、私とマルコさんも「フフッ」と笑った。


 その日、私もナオヤ青年に作り方を教わりながら『エビルオークのワイン生姜焼き』を追加で2人前作った。


 その間に鍋で炊いておいたライスで、3人仲良くガッツリ夜食タイム。



 それからしばらく、数日に1度は必ず、ナオヤ青年が『エビルオークのワイン生姜焼き』を食べに来るようになった。

 

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