4品目 エビルオークのワイン生姜焼き (2)


 一見さん。もといナオヤ青年は15分ほど涙を流して、ようやく落ち着いた。


 このあたりでは珍しい黒髪と黒い瞳。

 年の頃は14歳くらいに見えた。

 ……のだけど、マルコさんがズケズケと個人情報を聞き出した結果、19歳だそうだ。


 すっごい童顔。

 うらやましいわ。


 職業は冒険者。

 王都には冒険者ギルドの本部があるから、特に珍しくもない。


「すみません。ちょっと、……故郷を思い出しちゃって」

「そんなこともあるよな、うんうん」


 また泣かれては敵わない、とマルコさんはナオヤ青年を全肯定していくスタンスらしい。


「これは大豆で作られたソース、ソイソースで間違いありません。僕の国では『醤油』と呼んでいましたが」

「へぇ。ショウユねぇ。どんな料理に使うの?」

「色んな料理に、というか何にでも使いますね。……ひとつ僕の大好きな料理があるんですけど、作ってみてもいいですか?」

「え? あなたが?」


 キッチンにお客様を立たせるなんて……、という気持ちと同じくらい、どんな料理が出てくるのだろう……、という気持ちがむくむくと湧いてくる。


 私はウンウン唸った結果、閉店後にプライベートで料理を教わるのなら問題なし、という結論に至った。




 ――そして閉店後。


 ナオヤ青年は「少しキッチン借りますね」と頭を下げて料理を始めた。


 なんとも礼儀正しい子だ。

 きっと親御さんの教育の賜物だろう。


 もしかすると異国の名家の出身かもしれない。



 ナオヤ青年は、煮豚用に買ってあったエビルオークの肩ロースを薄くスライスすると、軽く塩とコショウを振って小麦粉をまぶす。


 フライパンに油をひいて、肩ロース肉を両面焼きつつ、すり下ろした生姜とニンニク、それからショウユ、ワイン、砂糖を混ぜた調味液を作っていく。


 肩ロース肉が程よく焼けたところに調味液を投入。途端に食欲をそそる、いい匂いが店中に充満してきた。


「くうぅぅぅ! いい匂いじゃねぇか! ヨダレが出てきたぜ」

「なんでマルコさんまでここに居るの。もう閉店してるのよ?」

「かてぇこと言うなよ、ミストレス。俺だってそのショウユを使った料理に興味があんだ。兄ちゃんも別に構わねぇだろ?」


 ここは私のお店なのに、なぜナオヤ青年に許可を求めるのか。

 ほら、ナオヤ青年も困って愛想笑いしてるじゃない。



「さっきは『ゾッとしねぇ』とか言ってたくせにねぇ」

「そんな昔のことは忘れちまったな」


 マルコさんはドシンと椅子に腰を据え、絶対に出ていかない構え。


 仕方ない。ショウユを使った料理に興味があるのは私も同じだから、今回は大目に見ることにするわ。


「出来ました!」


 そうこうしているうちに、料理が出来上がったようだ。



「あなた、手際が良いのねぇ」

「母に教えて貰ったんです。一人暮らししてても自分で作れるように、って」

「いいお母様ね」

「…………はい……ぐすっ……うぅぅ」


 しまった。また泣かせてしまった。

 故郷の母親を思い出させてしまったようだ。


 失敗した。


「おいおい、ミストレス……俺は知らねぇぞ」


 なんて薄情な。

 やっぱりマルコさんは追い出そうかしら。

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