6品目 スラッシュビークの卵かけライス (5)


 ――次の日。


 ロレーヌさんに、ゲンさんを引き合わせることにした。


 開店時間の少し前。

 他のお客さんは誰もいない時間に、ふたりには店に来てくれるように言った。


 すでにロレーヌさんはカウンターに座っている。

 お店に入ってから今まで彼女は一言も喋っていない。


 ギィ、と扉が音を立てて、ゲンさんが店へと入ってきた。

 ひとりきりだ。ほかには誰もいない。


 ロレーヌさんが慌てて立ち上がった。


「あ、あの! 私はロレーヌ・マーニーといいます。兄のことをご存知と――」

「待て待て。ちょっと落ち着いてくれ」


 今にも飛び掛かりそうな勢いのロレーヌさんを、ゲンさんが両手を前に出して落ち着くように促す。


「先に断っておくが、俺はゲンギオ・マーニーなんて男は知らない」


 ロレーヌさんは動揺して、ゲンさんと私の顔を交互に見る。

 その顔には「話が違う」という焦りが浮かんでいた。


 ちゃんと「お兄さんの手掛かりがわかるかも」って言っておいたのだけど、ロレーヌさんはもっと良い話を期待していたみたいだ。


「だが、


 ゲンさんは懐から、小さな火翼竜の紅玉が埋め込まれた真鍮製のネックレスを取り出した。


 ロレーヌさんの目が大きく見開いた。


「ゲンさん。そのペンダント、後ろに名前が彫られていたりしないかしら?」

「ああ。そんな


 くるりと裏返されたペンダント。

 名前が刻まれているはずの場所には、刃物かなにかで削り取られた跡があった。


 これではペンダントがゲンギオのものかどうか判断がつかない。

 すっかり肩を落としたロレーヌさんが、ゲンさんにおずおずと尋ねる。


「……これを、どこで?」

「俺の恩人の形見だ」


 ゲンさんが家を飛び出して、王都に出てきたばかりの頃のこと。右も左もわからずに冒険者となったゲンさんの面倒をみてくれた人がいたのだという。


「その人の名前はギーマ・ニーゲオン。ギマさんって呼ばれていた」

「……その人、ご出身は?」

「さぁな。俺のことを『同じような境遇だから放っておけない』なんて言ってたから、ギマさんも故郷を捨ててきたんだと思う。まぁ、そんな境遇のヤツは王都にゃごまんといるだろうがな」

「……そう、ですか」


 ロレーヌさんがストン、と椅子へ腰を落とした。

 兄かもしれない。そうじゃないかもしれない。


 追い求めてきた兄の足跡に近づけたようで、全く違う人の足跡かもしれなくて。

 彼女の心は落としどころがわからずに彷徨ってしまっている。


「……ギマさんは、どうして亡くなられたんですか?」

「モンスターにやられたのさ。このあたりにはほとんど出てくることがない狂暴なヤツと偶発的に遭遇エンカウントしたらしい。ツイてないが、冒険者にはよくある話だ。俺が駆けつけたときにはもう手遅れだった」


 よくある話。だからといって聞き慣れることはない。

 店の中には重苦しい空気が漂う。


「ギマさんは色んなことを教えてくれたよ。冒険者のルール、王都近くの美味しい狩場、自分の命の守り方。それに……美味い卵かけライスの食べ方なんかもな」

「……卵かけライス?」


 すっかり俯いてしまっていたロレーヌさんの顔がが反応した。


「そうさ。卵はスラッシュビークのものに限る。ライスのひと粒ひと粒に溶き卵が絡むまでしっかり混ぜて――」


「「まずは卵の味をそのまま楽しむ」」


 ふたりの声が重なった。

 ロレーヌさんの目からは涙がはらはらとこぼれていた。




 6品目 スラッシュビークの卵かけライス(了)




――――――――――――――――

 あっという間に6品目でございます。

 

 兄の行方を捜して王都まで旅をしてきた女性の旅人。

 離ればなれになった兄妹をふたたび繋いだものは、幼い頃に食べていた卵かけライスの『食べ方』でした。


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