6品目 スラッシュビークの卵かけライス (4)


「オカミサン。エールをくれ、エール」


 店に入ってくるなり、ゲンさんがエールを注文する。

 あれから4日。ギリギリでのご来店に私はホッと胸を撫でおろした。


「りょーかい。でもエールを飲む前にひとつ訊いてもいいかしら?」

「なんだなんだ、あらたまって。怖えぇなぁ」

「ゲンさんって妹はいる?」

「はぁ? 妹? 俺には家族なんてひとりもいねぇよ」


 あんたも知ってるだろ、と不機嫌な顔をしてゲンさんはエールに手を伸ばす。


「そうじゃなくて。飛び出してきた家に妹はいたのかってことよ」

「さぁ、覚えてねぇな。いたような気もするが……。なんだってそんなつまんないことを聞くんだ?」


 ゲンさんは手にしたエールを口元へと運ぶ。

 あまり家族のことは聞かれたくないようだ。

 ちょっと攻め方を間違えてしまった。


「ごめんなさい。ちょっとした人捜しよ」

「人捜しねぇ。どんなヤツだ?」


 興味無さそうな様子だけど、それでも一応話は聞いてくれるんだからゲンさんはイイ人だ。


「幼い頃に家を出ていて」

「ハハハッ。それで俺か。そんなヤツ、王都じゃめずらしくないだろ」


 ゲンさんは笑いながら、ゴクゴクとエールをあおる。


「歳は三十代後半くらい」

「じゃあ、俺じゃねぇよ。俺はまだ三十になったばかりだ」

「え?」


 そうなの?

 すっごい老け顔じゃない。


「なんだよ。その『え?』ってのは。オカミサン、いったい俺をいくつだと思って……」


 私はゲンさんの抗議を無視して話を続けた。

 でも、それだけ歳が違うということは、ゲンさんはロレーヌさんが探しているお兄さんとは別人なのかもしれない。


「名前はゲンギオ。ゲンギオ・マーニーさん」

「なんだ、オカミサン。俺の名前も知らなかったのか。考えてみりゃ名乗ったことなかった気もするな。俺の名は『エウデル・ゲン』だ。ゲンギオなんて名じゃねぇ」


 知らなかったわ。

 ゲンさんってファーストネームじゃなくて、ファミリーネームだったのね。


「ごめんなさい。完全に別人だったわね」

「ハッハッハ。まぁ、いいってことよ。それで、ほかになんかあんのか? 俺で良ければ冒険者仲間に聞いてやるぜ」

「さすがゲンさん! いい男だわぁ。エール1杯奢っちゃう!」

「おっ! これは儲けたな。ハッハッハッハッハ!!」


 上機嫌になったゲンさんに奢りのエールを持っていくと、上機嫌で2杯目に口をつけグビグビと勢いよく飲み始める。


「あとは……。これくらいの真鍮製のペンダントで、小さな火翼竜の紅玉があしら――」

「ごっ! ぐほっ!!」


 ゲンさんが盛大にむせた。

 ドンッと木製のジョッキがカウンターに置かれ、エールの飛沫がカウンターに飛び散る。


「ちょっと、大丈夫?」

「ごっほごほ。おんっ! ごほん!」


 エールが気管に入ってしまったらしい。

 背中をさすってやると、しばらくして落ち着きを取り戻した。


 ゲンさんは、先ほどまでとは打って変わって真面目な顔をしていた。


「……俺、知ってるかもしんねぇ」



 これは、もう一杯エールを奢った方がいいかしら?

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