6話

頭取とうどり! パンタラントの領都に着きやした」



御者台から、叫ぶ声が聞こえる。

それを聞いて、御者台へ続く帆を開けた。

見えたのは、1年近く前に見た城壁。

いや、あの頃より綺麗になっている?


ふん! 何が巨人の襲来だ。

ただの法螺で、税を誤魔化しおって。

大方、城壁の修繕費が捻出できず、言い訳を並べただけであろうがっ!


傷一つなく、老朽化を感じさせない城壁を見ながら。

俺は、王都で聞いた話を思い出した。




………………

…………

……




「パンタラント領が、謎の巨人によって壊滅したそうですよ」

「あらっ! それは大変ですねぇ。領民たちはさぞ、飢えていることでしょう」

「巨人自体は、なんとかガクと言う冒険者に、討伐されたそうですね」

「ハハハ! それが事実であれば、相手はゴブリンかオークだったのでしょうなぁ!」



とある男爵家で、開かれたパーティー。

俺も御用商人として、その場に参加することができた。


こういうパーティーでの会話は重要だ。

貴族だけしか知らない情報を、これでもかと聞くことができる。

商人にとって、それは金を運んでくる風……



「楽しんでおるか?」

「っ!? これはこれは、男爵閣下。ご機嫌よろしいようで。ええ、楽しませて、いただいております」



声を掛けてきたのは、このパーティーを主催している男爵。

周りで、話題に上がっているパンタラント。

その隣領を統治している貴族だ。



「閣下はどう思われます?」

「ん? ああ、パンタラントのことか?」

「そうでございます! いきなり現れた巨人に、壊滅寸前まで追い込まれたそうで」



なんだそれ? と思うような、非現実な噂。

普通に考えて、在り得ない話だ。



「ハハハハ! そうであるなぁ?……いつも世話になっているそなたには、話しておくか」



そう言って、男爵が顔を寄せてきた。

行商の時に通る、枯れ葉が積もった道に漂うような、独特な加齢臭が鼻を突く。

顔を顰めそうになるが、無理やり笑顔を浮かべる。



「その話は嘘だ。 見に行かせた騎士の話では、領都は無事。問題なかった、と言っておる」

「なっ! と言うことは虚偽の報告を?」

「さぁな。パンタラント伯爵が王都に着いた後、見に行かせたが……3~4か月で修復できる話ではない」

「……」

「それにな、パンタラント領都の動きがきな臭いのだ」

「きな臭い……で、ございますか?」

「そうだ! 町自体に、これと言ったことはないのだ。だが、領民に重税をかけ、資金を集めておるらしい。それに、払えない領民を無理やり、ダンジョンへ向かわせているそうだ」

「……それは何とも、パンタラント伯爵に似合わない動きのようで」

「まぁ、実際の指揮は、新しい代官が執っているそうだ。そなたはどう思う?」



動きだけを見れば、軍備拡張。

どこかと戦争でもするのか?

それとも、無能な人間が代官となって、領民を苦しめることに快感を得たか……

しかし、そんなことはどうでもいい。

これは、商売のチャンスだ。


戦争となれば、兵糧ひょうろうが必要となるだろうし、武器や防具なども必要となる。

であれば、今から食料を集め、高値で売ればいい稼ぎに……


チラッと男爵を見れば、ニヤニヤしたいやらしい顔をしている。



「そなたにしか出来んだろう? ついでだ! 町の様子なども見てくると良い! もしかしたら、良い商品が見つかるかもしれんなぁ?」



……これは、奴隷の入手も示唆しているのか。

全く不快な男爵だ。

だが、俺も商売のためなら、他人などどうでもいい。

せいぜい稼がせてもらおうか。




………………

…………

……




城壁を潜って、町へ入った。

門番に泊まれる宿を聞いて、大通りを進む。

帆の隙間から見える町並みは、太陽を反射するかのように美しく、整っている。


以前のパンタラントは、こんなだったか?

町全てを建て替えたような、そんな感じを受けるぞ?


そんな疑問を思いつつ、道行く人々を観察する。

ボロボロの服に、薄汚れた体。

歩き方も草臥くたびれ、とても生気があるように見えない。


男爵が言ったことは、本当だったのか……

これであれば、容姿の整った人間を、金で釣れる!

それに、食料も数倍の値段で売れそうだ!


俺は、内心で飛び上がりながら、宿に着いた。






宿も同様だ。

活気がなく、どこか沈んだ雰囲気。


だが、従業員も必死なのだろう。

雰囲気に似合わない、豪勢な料理を出してきた。

物資を持ってきた私たち、の機嫌を取るために。


分厚く切った肉を、贅沢に焼いたステーキ。

ナイフで簡単に切れ、口に含んだ瞬間、肉の旨みが口いっぱいに広がる。

赤身部分も簡単に噛み切れてしまう。


飲み物は、深い赤色のワイン。

鼻に近づけると、深い森の中にいる様な、独特の匂いがする。

グラスを振って、口に含む。


うむ……うまい!


仲間と共に、美味い食事をとる。

その間も、自然と給仕きゅうじへ目が行く。


歳はそれなりに取っていそうだが、長身で凹凸の激しい体系。

普通の服では隠し切れず、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。

赤い肩までの髪。町の状況もあってか、艶はないが、体とマッチして十分魅力的だった。



「おいっ、給仕きゅうじ!」

「はい、お呼びでございましょうか?」

「俺は、パンタラントへ行商に来た! 食料なども多く持ってきている」

「まぁ! それはそれは、本当に助かります!」

「お前の店へ、優先的に回してやる。だから、一晩相手をしろ!」

「それは……困ります。私には、心に決めたお方が――」

「ああ゛!? この俺が! 声を掛けてやったんだぞ? 黙って従うのが筋ではないかぁ!」



俺は、給仕きゅうじの腰に手を回して、抱き寄せる。

給仕きゅうじは嫌がっているが、俺の力に勝てない。

俺の部下たちも、笑みを浮かべていた。


そして、良い気分のまま、キスをしようとした時だ。



「何をしている?」



低く重い声と共に、給仕きゅうじと離される。

俺は、無粋な輩に文句を言おうと振り向いた。



「ああ゛? なんか用か?」

「い、いや。何でもない」



筋骨隆々な大男。

まるで、そびえ立つ壁のようだ。

見るからに荒っぽいため、さっきまでの気勢が無くなる。

一緒に来た部下も、男の圧を感じて、委縮していた。



「ちょっと、ウェイゼル! 何してくれてるの?」

「……すまん」



そんな声を背に受けながら、そそくさと自分たちの部屋へ退散する。






「クソッ! 何なのだあの男はっ!」

頭取とうどり! 抑えてください。外まで聞こえますって!」

「これが落ち着いていられるか!?」



俺は、不景気なパンタラントへ、物を運んできた大商人だぞ!

普通、感謝されても、拒絶することはないはずだ!

女たちも、俺をちやほやしなければならない!

なぜだ! なぜだぁ!


俺は、番頭の頭を叩く。

何か喚ているが知らん。

死ねっ! 死ねっ! 死ねぇぇぇっ!



「ハァハァハァ」



気付いた時には、番頭が血だらけで倒れていた。



「ふん、おいっ! 片づけておけ」



部下に言って、番頭を運ばせ、全員を部屋から出した。



「フフ……フフフフ……フハハハハハ!」



今に見ていろ。

商売が終わった後、お前たちは許しを請って平伏す。

「ありがとうございます! ありがとうございます!」と言って。

そうしたら――


ジュル


いかん。涎が垂れてきた。

フフフ。優しくしてやると思うなよっ!

潰れるまで使った後、ボロ布のように捨ててやる!






翌日


町の中央にある屋敷へ向かっていた。

昨日のうちに、代官と合う約束を取り付けている。

これから代官と会って、商売の開始だ。


町の風景と一緒に、こちらを観察する領民を見る。

昨日と同じで、全員が裕福とは遠そうな恰好だ。


荷台に積まれている食料が、気になるのか。

ハハッ! 愉快だな。


今からこれを、法外な値段で売って。

儲けを元手に、町の人間を買っていく。

男爵も喜ぶだろう。だが、昨日の女は俺が貰うぞ!




そうして屋敷に着き、応接室に通される。

それから一刻ほど。


遅い! 遅すぎる!

この俺をここまで待たせるのか!?


未だに、代官は姿を見せない。

普通、町が困窮していれば、すぐにでも顔を出して、商談を始めるだろうに。


やはり、領民を苦しめて愉悦を得ていたか。

代官の屑さが分かったと共に、どう吹っ掛けるか考えていた時だ。

扉が開く。



「いやぁ、遅くなって申し訳ございません」



そう言いながら、入ってきた青年。

背は中々高く、黒上黒目。

ここら辺では見ないような、凹凸の無い顔。

おそらく20歳前後と思われるような、そんな青年。


ふん! こいつが代官か。


着ている衣服は、モンスターの素材で作られているようだ。

おそらく、王都でも中々手に入らない逸品。

領民から巻き上げた金で、買ったことが分かる。


だが、威厳のような覇気を感じられない。

服に着られているそんな印象だ。


パンタラント伯爵は、まだ40歳前半だったはずだが……耄碌もうろくしたものだ。

代官の底は知れた。











今……なんと言った?



「お帰りいただいて結構。二度とパンタラントの地を踏まないでください」



私は、何を間違った?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る