14話

獣人族の青年と、約束した翌日。

昼過ぎごろに、町外の開けた場所へ出向く。


パンタラントへ到着した日の決闘ははばかられた。

後からいちゃもんが出ても困るし、単純に俺自身が許せなかったからだ。


『長距離を移動したばかりの相手に勝って、喜べるほど非情になったつもりはないしな』


これが、俺が貴族に成り切れない証なのかもしれない。

大人になって、ヒーローや悪役が口上を述べるシーンを見て――


『さっさと攻撃すればいいのに?』


と何度思ったことだろう。

今だからこそ分かる、スポーツマンシップ。

それは誇りを守るため、己自身を高めるために必要なことだったのだ。


『さて、勝利条件は決めた。後は、俺が耐えられるか……』


この決闘で、パンタラントに住む人々の心を掌握したい。

今後にも響く大事な一戦。

その想いを胸に簡易闘技場の中へ入る。


この闘技場は、昨日の話を聞いた領民たちがササッと作った建物。

強度に問題はなく、後々本格的な闘技場にして、領民たちのガス抜きに使いたいと考えている。

今日はその初使用。出来れば良い試合にしたい。


屋根のない入場口を進む。

俺の身長より高い石壁の上には、溢れんばかりの人々。

中心に向かって進み、徐々に見えてきた石畳のリング。

そのリングを取り囲むように設置された観客席。

全ての席が埋まっており、パンタラントの領民と奴隷たちが静かに、試合開始を待っている。


領民にしては、ちょっとした余興なのだろう。

奴隷たちにしたら、今後が決まる緊張の一戦。


『それは、俺も同じなんだがな』


ドクンドクン


大音量を奏でる心臓を、服の上からゆっくりと抑え。

規則的な呼吸を意識しながら、リングへと上がる。

リングの反対側には、相手が既に待っていた。




………………

…………

……




「ふんっ!」


リングに上がってきたクソ代官を睨む。


『気に食わない』


俺が生まれる前の大戦で、獣人族は人族に負けた。

それは、どうしようもない過去であり、俺もどうのこうの言うことはない。

ただ単に獣人族が弱かっただけ。

それだけだ。


だから、大昔のことはどうでもいい。

だけど――


『今を生きる獣人として、一矢報いてやる!』


地下の湿気って、カビ臭い部屋で暮らしたことも。

誰かが吐いたような食事を取ったことも。

道具のように扱われたことも。

おおよそ奴隷のことを何も知らない、安穏と暮らしたこの代官へ。

獣人族がいかに恐ろしいか、肌で感じさせる。

その想いで行動を起こした。


『他の奴隷たちには悪いことをしたな……』


こんなことをすれば、この町での扱いは決まったものだ。

着いた初日に代官と揉め事を起こせば、追放か重労働か。

それを皆理解しているからか、昨日は他の奴隷たちから邪険に扱われた。


『なんてことをしてくれたんだ!』と。


誰一人、擁護なんてしてくれない。


『それでも俺たちが、ただ使われるだけの存在じゃないことを知らしめたかった』


最悪、殺されても仕方ないと考えていた。

その時は、俺一人の独断ということで押し通すつもりだったし、その覚悟もあった。

まさか、代官が決闘を受けるとは……


『自分の力を誇示したいのか、ただの馬鹿か……いずれにしてもボコボコにしてやる!』


開始の合図を待ちながら、闘志を漲らせる。

合わせて、何へ向けるのか分からない怒りも――




………………

…………

……




審判が決闘の条件が説明する。



======================================

決闘方法

 格闘戦(武器を使用しなければ何でもあり)

時間

 日が沈むまで(約5時間ほど)

勝利条件

 代官側

  相手を気絶 若しくは 降参させる

  時間切れまで耐える

 獣人側

  相手を気絶 若しくは 降参させる

 ※共に相手を殺した場合、敗北とする。

特殊ルール

 魔法による継続回復を闘技場全体へ発動させる。

======================================



シンプルな内容だ。

注目すべきは、俺の勝利条件と特殊ルール。

戦闘力皆無な俺が相手を倒すなんて無理だ。

決闘に勝てるとしたら、試合終了まで立っていること。

そのためにこの条件を追加した。


特殊ルールも俺のため。

今の状態では、1発殴られただけで終わってしまう。

ここ数か月でLvは結構上がった。

しかし、ステータスはゴミ同然だ。



======================================

名前:小石 学

職業:代官

年齢:19歳

レベル:37

ステータス

  HP :470

  MP :470

  STR:10

  VIT:9

  INT:2

  MID:1

  AGI:15

  DEX:5

  LUC:1

スキル

  不屈:Lv1、体術:Lv1、回避:Lv1

称号

  異世界からの来訪者、パンタラントの英雄、忍耐の魔神討伐者

  ES最後の花火師、贄の代償、パンタラントの代官

  ファミルの婚約者

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称号『贄の代償』により、Lvアップ時に取得できるステータスポイントは1。

『均等に振ろう!』とも思ったが、器用貧乏以下の役立たずになるのは明白だった。

だったら魔法か物理か。

そう考えた時、『自分の身を守れるようになれば、周りの人間も楽だろう』と思い、物理を選択。

剣や槍など振る筋力はなく、弓を当てる技術もない。

必然的に、己の肉体を使う体術一択となる。


そうやって努力してきた結果、何とかスキルを習得できた。

俺の練習相手になってくれた兵士は、同じ条件でスタートし既に『体術:Lv4』。

これが現実だ。

どう足掻いたって最強には戻れない。


『それでもいいんだ。自分だけでも守れればそれでいい』


雲一つない空を見上げ、自身へ言い聞かせるように。

風一つない凪を心にイメージし、ゆっくり前を見る。











「両者、中央へ!」



審判の声でリング中央へ移動する。

相対するのは、昨日の青年。

獣人族の年齢を見分ける術は持っていないが、おそらく15・16歳程度。

ボロボロになった布一枚を身に付け、首には奴隷の証である黒い首輪。

俺の目線より頭が下に来るから、身長差20cm以上。

その頭の上には、ウサギっぽい耳が二つある。

肌の色も含めて、全体的に小麦っぽい色だ。


『……』


顎に右手を添え、首を傾げながら青年を凝視する。



「両者、礼!」



審判の声を聞き流し、青年へ向けて軽く頭を下げる。

考え事をしながらだったため、右手を顎に当てていることも忘れていた。

そのまま反対方向へ距離を取る。


『いったい……』


ある程度離れて青年と向き合う。

俺がずっと考え事をしているからか、青年は怪訝な表情だ。



「両者構え!」



反射的にいつも通りの構えを取る。

肩幅以上に足を開いて中腰で構え、右手を腰辺りに左手を相手へ向けて。

素人の空手イメージそのもの。

習ったこともないので、見様見真似だ。


対して、青年は両手を顔の横近くまで上げた。

その構えは、どう見てもボクシング。


『ウサギがボクシング?』


俺の中にある違和感が大きくなる。



「決闘、開始ィ!」

「すまない! 一つだけ聞いていいか!?」



開始の直後に思わず声を上げてしまった。

空気感が台無しだが、どうしても聞いておきたい。

じゃないと決闘に集中できない。



「君はウサギの獣人じゃないのか?」



そう、ずっと気になっていた。

青年の頭から生えている耳が。

あまり長くないが、その形状はどうしてもウサギ。

戦闘向きの種族ではないように感じて。


別に深い意味があった質問じゃない。

だが、青年は構えを解いて、下を向いてしまった。


『何かマズイことを聞いたか?』



「すまない! 答えたくなければい――」

「俺は……」



青年が何か言ったようだが、後ろの方が聞こえなかった。



「もう一度言ってくれ!」



次第に青年の体が震える。

泣いているのか?



「忘れ――」

「俺はぁ! カンガルー族だぁ!」



そんな怒声が聞こえた瞬間。


『!?』


青年の姿が消え、急に感じた浮遊感。

そして気付いた時には、固い石畳の上に仰向けで倒れていた。

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