15話

決闘が始まって半刻。



「ダイガク様……もういいんだよ」

「私たちは気にしないから……降参してくれぇ」



闘技場のあちこちから、お通夜のような雰囲気が漂い始める。

反対に活気づく場所もあった。



「そこだ! やっちまえ!」

「そんな人間倒して、俺たちが町を乗っ取るぞ!」



犬や猫など、動物的特徴を持った人たちが叫ぶ。

傍にいる他の奴隷たちも一緒になって叫んでいた。

そう、町へ連れて来られた奴隷たちだ。


奴隷の大半は、闘技場の隅の方に集まって肩を……いや、全身が震えている。

震えながらも恨めしい眼を、叫んでいる者たちに向けていた。

だが、青年の応援団は微塵も感じていないようだ。

時間が進むにつれて、さらにヒートアップしていく。




この正反対な状況を生み出しているのは、中央リングの二人。

方や、縦長の可愛らしい耳を持ちながら、強力な脚力と軽快なフットワークが持ち味の獣人青年。

方や、青年に一切反撃できず、防御も間に合わず、殴られっぱなしの代官。

素直に納得する状況である。


開始直後、青年が近づいて放ったアッパーカット。

青年としては、ウサギ族に間違われたことで、カッとなって放った一撃だ。

牽制でも本命でもない、躱されて当然……のはずが見事にクリーンヒット。

代官は宙を舞って、受け身も取れずにリングへ沈む。


その瞬間、辺りが静寂に包まれた。

状況が理解できずに佇む青年だったが、一部から割れんばかりの歓声が起こる。

と同時に、体に熱がこもった。


それからは一方的だ。

殴る、殴る、殴る、そして蹴る。

青年が何をしても代官は受け続けるだけ。

破れかぶれで、放たれた代官のパンチは青年に掠りもしない。


既に勝敗は決した。

誰もがそう思うほどに絶望的な差が、二人にはあったのだ。




………………

…………

……




『なぜだ?』


左のジャブを放ちながら思う。

ジャブは代官の頬を打ち抜き、そのまま代官を水平に飛ばす。

左手を振って残った感覚を払った。


『これで何度目だ?』


既に、決闘が始まって数刻経った。

頭上にあった太陽は、山頂より少し高い程度。

このまま行けば、夕方になり敗北が確定してしまう。

だが、それよりも気になるのは――


『なんで起き上がって来れんだよ!』


視線の先。

仰向けに倒れていた代官が起き上がってくる。

既に見慣れた光景。

決闘が始まってから何百回と見た光景だ。

そして、こちらに向けられた目の輝きも変わらない。

今までの生で、一度も見たことがないギラギラとした眼。


『俺を睨んでいる訳でもないのに』


スッ――


『……気絶させればいいんだ。そうすれば俺の勝ちだ!』


勝つために気合を入れ直す。



……無意識で、体が後ろへ下がったことも気付かず。




………………

…………

……




『イ……テェ』


突撃してきた青年は、勢いそのまま連続パンチを繰り出してきた。

その連撃を華麗に避け……全部受ける。


『そんなこと出来るなら、始めからしている』


両手で頭を庇いながら思う。

低ステータスのせいで、避けることも受け続けることも出来ない。

殴り飛ばされ、蹴り転がされ、ボロボロになっているだろう自分を惨めに感じる。


そもそも、今生きていること自体が不思議だ。

青年の攻撃は全て全力。

それは当然で、ここで負ければ奴隷たちに未来はない……そう思い込んでいるから。


『自業自得か……』


否定しなかった自分が悪い。

でも、言って聞き入れてくれたかどうか。

結果的に、決闘という判断は正しかったのかもしれない。


『……』


勝利までもう少し。

山の頂にかかっている。

後少し……後少しで勝利できる。




それが油断だったのだろう。

丸まって守っていた顔の前に、突然拳が迫る。


『!? ガッ?!』


為す術がなく、受けた顔面が跳ね上がる。


『ヤ……ヤバ――』


そのまま次々と叩き込まれる拳。

腹に、顔に、胸に、全身隈なく。

ほんのりと赤く染まった空が、徐々に薄れていく。


最後、腹に強烈なボディブローを喰らって、ジェットコースターの浮遊感を覚えたまま、石のリングに沈む。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る