16話

「やった……」



無我夢中で攻撃した結果、代官の防御を抜けた。

フィニッシュに渾身の一撃、人生で最高の一発だった。

そして、遠くに倒れた代官が起き上がってくる気配はない。


『これで、もう立てないだろう!』


構えを解いて、下ろした両手を静かに握りしめる。

そうしていると、胸の奥から込み上げてくるモノがあった。


これまで人族に虐げられてきた人生。

大勢の獣人族が一か所に集められ、誰もが地面を見ている光景が脳裏に浮かぶ。

首輪に繋がれた鎖を引っ張られ、まるで獣のように扱われる日々。

人権などない、人として扱われていなかった――


だが、今日の決闘で勝てば変わる!

具体的に何が……とは言えないが、獣人族の何かが変わる!

そんなぼんやりとした気持ちがあった。


『……お前が、決闘を受けたのが悪いんだからな!』


遠くで倒れている代官を見ながら思う。

いつもの奴隷商人とは違って、俺みたいな奴隷の決闘を受ける酔狂な馬鹿。

何もしなければ、1万近い奴隷を無条件で手に入れられたのに――


『俺が気にすることではないか……』


決闘が終わったため、リング中央に背を向け歩き出す。

奴隷たちの区画を見れば、皆が手を振ってくれている。

俺の勝利に、笑顔となっている同族を見るのは気持ちがいい。

スキップをしそうな気持を抑えながら、肩で風を切って歩く。




その途中だった。急に歓声がなくなる。


『? なぜ急に?』


顔を上げればこちら……と言うより後ろを見る仲間たち。

その様子に首を傾げていたら、背後から音が聞こえる。

音に驚き体ごと振り返った。

そして、目に入った光景に驚く。


「なんで!?」




………………

…………

……




「ハァハァ――」



なんとか体を起こす。

水中を見る様な感じで、目に映る全てが歪んでいる。

俺は今、立っているのか? それとも座っているのか?

上下左右が分からず、若干フワフワした感じだ。


それと共に、吐きそうな気持ち悪さもある。

汗が数滴落ちて、床に小さなシミを作った。


『気持ち悪い……今、何をしていたっけ?』


直前までの記憶が朧気おぼろげだ。

何か大切な事をしていた気が――



ドサッ!



背後から聞こえてきた音に反応して、体の陰から見る。

そこには、尻餅をついた獣人の青年がいた。


『……決闘……そうか……そうだったな』


ようやく状況を思い出し、すぐに立つ。

頭がフラフラして倒れそうになるが、傾く方向に数歩動くことでバランスを取った。

回復魔法により痛みはない。しかし、気持ち悪さは残ったままで、腹を抑えて吐き気を堪えながら、青年の方へ一歩一歩と近づいていく。



「るな……来るなぁ!」



青年が座り込んだまま叫んだ。

『ゾンビにでも見えるのか?』みたいな思いが頭を駆け抜ける。

でも、そんなことはすぐに忘れ、リング中央で立ち止まった。

これ以上、近づく必要もない。



「勝者、ダイガク様!」



地球と同じ、西にある山の陰へ太陽が隠れ、辺りが暗くなり始めている。

決闘に決着がついた瞬間だった。



「……オッシャアアアア!」

「やったぁ! やったんだぁぁぁ!」

「キャアァァァ! ダイガク様ぁ!」



闘技場に歓声が響き渡る。

回復魔法を維持していたファミルが、リング傍から小走りで向かってきた。

その表情は、割れんばかりの歓声とは打って変わって、微笑みはなく眉尻が下がっている。


『心配させてしまったな…不甲斐ない』


咄嗟に右手でスマホを操作しようとし、親指が宙を舞う。

その行動が恥ずかしく、顔が若干熱くなる。



「ダイガク様! ご無事ですか? どこかにケガはございませんか?」

「大丈夫だ。ファミルのお陰でケガ一つない」

「外傷はそうですが……本当に大丈夫ですか?」

「……ああ、大丈夫だ」



涙目になっているファミルから視線を逸らしつつ、空を見上げる。

赤が沈殿した暗い世界を、大小様々な光の球体が照らし始めた。

魔法使いや領民たちによる、光魔法の灯りだ。

視線を巡らせれば、歓声を上げながら魔法を次々と空に放つ領民たちが映る。


『綺麗だ……』


溜息を吐きながら、体の熱を冷ましていく。




ある程度落ち着いたところで、座ったまま呆然としている青年へ近づく。

俯いた顔、その表情は分からない。



「……」



周りの歓声も無くなり、闘技場全体を静寂が包む。

無言で青年の肩に手を置いた。


ビクッ!


決闘時の勇ましさがなくなり、心なしか二回りぐらい小さく見える。

ゆっくりしゃがみ、青年と同じ目線へ――



「ナイスファイトだった。特に最後の一撃は素晴らしかったぞ」



勝った側から言ったら、ただの嫌みかもしれない。

だが、大勢の目の前で、青年の年で現状に反抗し、最後まで戦い抜いたのだ。

十分凄いことだろう。俺には真似できん。


青年の顔が跳ね上がる。

琥珀色の瞳を大きく見開き、口も半開きだ。

「手を出してくれ」と声を掛け、青年を引っ張り立たせる。



「皆! カンガルー族の青年にも称賛を!」



「……まぁ、よくやったんじゃねぇか?」


パチパチ――



両者を称え合うような大歓声を思っていた俺は、このまばらな状況に少し困惑した。

それだけ、領民と奴隷たちの溝が深いということなのだろう。

このまま行けば、時間が解決してくれるかもしれない。

握った拳に力が入る。が、『今は反応があるだけいいか』と思い直し力を抜いた。




決闘後は、奴隷たちに伝えたかったことを話して解散だ。

人権を無視した労働をさせないこと。

それから、3年経てば奴隷から解放することを伝える。

俺の構想も、パンタラントで共に暮らしていきたいことも……話したいことは全部話した。



後は、俺自身が行動して、道を示すのみだ!

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