17話 獣人の青年

<<SIDE:獣人の青年>>



『負けた……』


決闘が終わって、辺りが暗闇に支配された頃。

俺は、奴隷たちに割り振られた区画の片隅で、独り焚火を見つめていた。


あの後は大変だった。

代官に楯突いたからか、周りの目がとても厳しく、ほぼ仲間外れ状態。

俺をそそのかした連中や、闘技場で盛り上がっていた奴らにも知らない振りをされた。


『俺が間違っていたのか……もし、勝っていたら……』


もうかなりの時間、自問自答を繰り返している。

問いに答えは出ず、揺らめく火先のように消えては、また浮かぶ。

そうして思い出すのは、決闘のこと。



終始、優勢だった自分がどうして負けたのか?

なぜ、あの代官……人族は何度も立ち上がって来れたのか?

最後に掛けられた言葉の意味は?


思考にならないなぜ? を肌で感じていた。

当初抱いていた、代官への憤りはなくなっている。


『負けたことは悔しい……だけど』


不思議と清々しい気持ちでもある。

自分の感情を整理できずにいた。



「ここにいたのか」

「ッ!?」



突然の声に驚いて顔を上げると、大きなシルエットが目に入った。



「手前、いいか?」



暗闇から出てきたのは、傷だらけの獣人。

カンガルー族の青二才な俺とは、正反対の筋骨隆々な体。

奴隷に与えられているボロ布の服では、体を構成する筋肉を隠せていない。

次に目が行くのは、腕だ。

太さが俺の胴と同じぐらいありそうだった。


種族はおそらく……クマ族。

獣人種の中でも、戦闘行為に優れている種族だ。

特に近接戦闘。

その腕力で薙ぎ払われたら、重装備の戦士も吹き飛ばされてしまう。



「俺にはあんたを止めれない。好きにすればいいじゃんか」

「そうさせてもらおう」



男が目の前に座る。

奴隷の立場を悪くした報復を警戒したが……その後は静かに焚火を見つめるだけだ。

静寂が長い間、場を満たしていた。



「……負けたのが不思議か?」



唐突な問いかけ。

おまけに、今悩んでいることの核心を突くような質問。


あれほど弱かった代官に、俺は負けた。

その事実が、目前の同族に話すことを躊躇ためらわせる。

正直、調子に乗って負けたから恥ずかしいのだ。


だが、自分の気持ちと事実を伝えるには……相手のことを知らない。

何もかもが自己責任な世界で、何か不利益があっては困る。

どう答えようか迷っていると――



「安心しろ。何かしようと思っていない……その表情を見れば分かるしな」

「……」

「あの人族が不思議なんだろう? どれだけ倒れても起き上がってきた、あの人族が」



無言。

拳を握りしめながら、自分の醜態しゅうたいを我慢する。

他人から改めて指摘されると、悔しさと恥ずかしさが混ざった、なんとも言えない感情が爆発しそうになる。



「……だったら、あんたが戦えばよかっただろ!」

「……」

「聞いたぞ! あんた、元傭兵だってな。そんなあんたなら、あの人族に勝てただろうが!」



思わず立って、大声を出してしまった。

この地へ来るまでに、何度か聞いたことだ。

戦争を経験した傭兵が、奴隷の中にいると。

おそらく、この男がそうなのだろう。

誰が見ても、一般人には見えないこの男が。



「ああ。俺だったら、気絶させて終わりだっただろう」

「なんで、あんたは戦わない?! 勝てば、自由が手に入ったんだ! 人族相手に好き勝手できたんだぞ!」



言葉が止まらない。

そこまでのことは考えていなかった。

ただ、疲労でイライラしていたのと……奴隷である自分と壇上に現れた人族を見比べて、見返してやりたいと思っただけだ。

だが、一度火がついた感情は抑えられない。

気がつけば、身に余る言葉を叩きつけていた。



「それをして何になる?」

「何を――」

「決闘に勝って、町を手に入れて……それでどうなる?」

「……」

「国中の人族に敵対されて終わりだ。数は力でもある。大昔みたいに……いや、反逆者は全員処分か。昔より酷いことになるかもな」



こちらを見るでもなく、淡々と語られた。

さっきまでの勢いが鳴りを潜め、男の言葉を静かに聞いてしまう。

男の言う通りだし、そもそもそこまで考えていなかった。


何も考えていない自分に嫌気が差す。

そして、汚物の処理をさせられ、足が取られて抜け出せなかったことを思い出した。

今、その時と同じ……いや、そのまま沈み込んでしまうような、そんな気分だ。

どこまでも深く、深く。

何もかもがどうでも良くなってくる。


体から力が抜けて、ストンと元の場所に座った。

足を放り出し、後ろの地面に両手を着く。

そのまま空を見上げれば、夜闇に輝く星が目に入る。


『あぁ……俺はどうしようもなく、小さな存在だ。無知で、馬鹿で……』


見えていた星の灯りが大きくなったり、小さくなったりする。

形状も細長くなったり、樽のようになったり。

そのまま見つめていたら、目尻から何かが流れていく。



「最初の質問に戻ろう。負けたのが不思議か?」



俺のことなど関係ないとばかりに、話を戻す男。

「ああ」と、震える声を誤魔化すように、小さく答える。



「背負っているモノの違いだ。お前とあの人族では、その背にある荷物が違いすぎる」



『……何を言っている? 背中に背負っているモノ?』



「今は分からんだろうが、その内分かるようになるさ……様々な戦場を渡り歩くと、見えてくるモノがある。金、女、名誉……ありふれたことだが、戦う理由は人それぞれだ」

「……」

「その中でも、特に強い輝きを持つ者がいる……俺は、あの人族にそれを見た。お前では、絶対に勝てない理由だ。戦闘と言う意味ではなく、精神で負けているのだから」



『……それは、俺を蔑んでいるのか? なんの矜持も持たない、獣人族の面汚しだと』



「その内気付くだろう。だから今は、ここで生活してみると良い。あの人族……代官が治めるこの町で、あの代官の近くでだ」

「俺は決闘を挑んだ愚か者だ。そんな奴を近くに置くわけが――」

「何を言っている? ただ一人、現状を変えようと動いた。その行動は、あの場で誰も出来なかったこと……安心しろ、代官は話を聞いてくれるはずだ」



そこまで話すと、男は立ち上がった。



「……俺は、あの代官を気に入った。戦場でも稀にしか見ない人種だ……ここに来たのは、将来有望そうな若者がいたからだ」

「……」

「お前は、カッコ良かったよ」



そのまま、男は遠ざかっていく。

言っていることのほとんどが、頭を素通りした。

だけど、俺を励ましてくれたことだけは分かる。

それに――


『やらかしてしまった後だ。仲間からも遠ざけられる……失うものもないな』


男が言った、あの人族の強さ。

それを見せてもらおうじゃないか!

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