18話 周囲
<<SIDE:ファミル・クレイム・パンタラント>>
疲弊しているダイガク様を支えながら、領主館の通路を進みます。
町中では平然とされていたダイガク様も、人の目がなくなった瞬間、足取りが覚束なくなりました。
すぐさまお支えした私……いい仕事をしましたよ!
こんな近くにダイガク様が!
『はっ! いけません、いけません!』
最近は、ダイガク様との時間もでき、少々浮かれ気味なのです。
少し……ほんのちょっと、戒めなければ!
決闘と演説が終わった後、領民たちの声を聞きながら闘技場を去った私たちは、そのまま領主館に戻ってきました。
と言うのも、ダイガク様のことが心配だったのです。
あの獣人族の青年……Lvは低いのでしょうが、種族なりに近接戦闘が得意だったのでしょう。
ダイガク様に当たった打撃から、終始不愉快な音が鳴っておりました。
魔法で肉体的ダメージが回復できると言っても、精神までは治せません。
滅多打ちとなっていたダイガク様に、もしものことがないか、気が気ではなかったのです。
案の定、領主館に戻った瞬間、このような状態に……
「ダイガク様、本当に大丈夫ですか?」
「……ああ、大丈夫だ……気を遣わせてすまない」
「そんな! 心配するのは当たり前です!」
『そんなことを、おっしゃらないで……』
生涯を通して返しきれない恩と、その恩を抜きにしても、私の心は射止められました。
どんなに嫌われようとお傍に侍り、ダイガク様の抱える苦悩を私も共に抱え、最後までお支えする。
そう、決心しているのです。
休憩するために近くの部屋へ入り、俯かれているダイガク様へ目を向けながら、今一度、自分の気持ちを確かめていた時でした。
ダイガク様が私から離れ、近くのテーブルへ歩いて行かれます。
そして、そのまま両手を振り上げ――
ドドォォ……ン
机に振り下ろされた両手。
木の天板と土台が振動し、小さくも重い音が部屋に響きます。
ビックリして、思わず口元を隠してしまいました。
そのまま、静けさが戻ってきますが、突然のことに身動き一つできません。
『何か、失敗を犯してしまったのでしょうか……』
ダイガク様が起こる何かを、私が無意識に……そう思うと、気持ちが沈んで――
そこで、机の上に水滴が落ちているのが見えました。
ポツ……ポツ
視線を上げると、背中を向けたままのダイガク様……の顔付近から落ちております。
「力が……力が欲しい。誰かを守れる力がぁ……」
小さな……本当に小さな呟きで。
私は、ダイガク様へ言葉をかけることが出来ませんでした。
その呟きに、一体どれほどの想いがあるのか、私には想像もできないのですから。
私に出来たのは、机に叩きつけ赤くなった手を、そっと包んで癒すことだけでした。
………………
…………
……
<<SIDE:ウェイゼル>>
「ああぁん! いいわぁ! すごくッ、いいッ!」
町の中央に近い路地。
入り組んだそこを抜けた先にある、二階建ての一軒家。
実体は、町の裏社会を掌握した、シャカンたちの活動拠点だ。
その一室で椅子にも座らず、一か所を行ったり来たりする者がいる。
この部屋の主、シャカンだ。
膝までを隠す黒いドレス、の裾を翻しながらウロウロ、ウロウロ。
その表情は、まるで熱に犯されている、そう思わせるほど蕩けている。
容姿と頬の紅潮が相まって、女性的な魅力を振りまいており、男性にとっては毒でしかない。
少し高めのヒールが、一歩ずつ床をカツーンと叩く音が、シャカンの心を表しているようだ。
「……」
壁際、いつもの立ち位置。
自分が愛している女性の痴態を黙ったまま放置し、腕を組んで瞑想する大男が一人。
シャカンの右腕、ウェイゼル。
寡黙な性格と近づき難い雰囲気で、一般人からは巨人と思われそうな男だ。
「ねぇ? 聞いてるかしら? ダイガク様はやはり素晴らしいわよね?」
最愛の女性から聞かされる、他の男の話。
普通であれば憤慨するような状況でも、ウェイゼルは興味ないとばかりに一言「そうだな」と返す。
「うふふ! そうよねそうよね?」
そしてまた、部屋を歩き回るシャカン。
かれこれ十数回、同じやり取りをしている。
シャカンが浮かれているのは、ダイガクのことだ。
傍目から見れば、奴隷にも負ける哀れな男。
彼を知らない人からすればそうだ。
だが、この町の人間は少し違う。
滅多打ちにされながらも、意思を貫き通した男。
そう映るのだ。
なぜなら、あの災厄を知っているから。
その後、彼がどうなってしまったのかを見てきたから。
特にシャカンは、ダイガクに恋慕……というより、狂気的な執着をしている。
自身のモノにしたいという、支配欲。
それをよく知っているウェイゼルは、何もせず、ただそこにいた。
「フゥー……そろそろ、お仕事をしなきゃね」
漸く落ち着いたシャカンは、椅子に座って書類を確認し始める。
それを横目で確認したウェイゼルは、再び目を瞑った。
そうして思い出すのは、巨人が現れた日。
『……あの日、俺は何もできなかった……』
天を衝く巨体に、どんな攻撃も利かない耐久性
それから圧倒的な攻撃範囲。
あれを見た瞬間、本能的恐怖を感じ、ウェイゼルに出来たのはシャカンを抱えて逃げることだけだった。
口を閉じたまま歯を食いしばり、右手に力が入る。
少しして、力を抜くと指の関節から痛みを感じた。
『逃げるのが最善だった。それでも、シャカンを守り切れたかどうか……だが、あいつは巨人を倒してしまった』
突如、上空に現れた青年。
俺よりも、一回り近く歳が低そうな、それでいて、行動は英雄そのもの。
巨人討伐もさることながら、その後の代官としても優秀。
少なくとも、ウェイゼルにはそのように映っていた。
今までのことを思い出して、もう一度、無意識に握りしめた拳を開く。
『……こうしている場合ではない』
ウェイゼルは静かに、部屋を後にする。
そのまま家を出て、訓練用の広場に向かう。
その道すがら――
『俺は、シャカンが幸せであればそれでいい……それだけでいい』
彼女との出会いは、そこまで素晴らしいものではなかった。
それでも、ウェイゼルは彼女……シャカンに感謝しており、そして、愛している。
ウェイゼルの行動原理は至極単純。
シャカンの幸せ、それだけである。
そのためであれば自分のことなど、どうなろうと構わない。
そして今、シャカンはダイガクを好いている。
そこに割り込むつもりはなく、何ならシャカンを応援していた。
だが――
『もし、シャカンを
決意を胸に、ウェイゼルは今日も訓練に明け暮れる。
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