8話

2か月前の「貧民の生活をしてもらう」宣言は、優秀な商人を見つけるための網だ。

優秀な商人とは、町の全てを見て、自身の利益になるか判断するような人間だ! と俺は思っている。


例えば、領民の恰好や町の状態だけで判断する人間。

確かに、視覚から入ってくる情報は重要だ。

だが、それだけでは足りない。

領民の表情や肌の状態を見れば、みすぼらしい恰好もブラフだと分かる。

外見だけで判断するなど、こちらからしたら論外。

面談するだけ時間の無駄である。


そういった様々な情報を整理し、総合的に判断できるような人間が欲しかった。

目前の情報にも左右されず、自身で収集した情報を武器に出来る。

そんな人間を配下にしたら、これ以上ない成果だ。

物資の調達に、外交を任せられる可能性もある。




領民たちには悪いと思ったが、全員が意外と乗り気だった。

宣言の翌日から、領民たちは成り切った。

それはもう、本気で成り切った!


ダンジョンへ行く者は、帰ってからもその恰好で過ごし。

鍛冶で煤塗れになるような職人たちは、作業着を着て。

その他、大半の人間は泥で服を汚す。


もちろん、生活魔法のクリーンがあるため、ある程度は綺麗になる。

だが、洗濯をしても少しずつ黄ばむように、この世界でも劣化はあるのだ。

そうして、みすぼらしい恰好を作り上げていた。



もちろん、恰好だけの話である。

モンスターの素材は、大半を俺のインベントリに収納。

魔物の皮をふんだんに使って、家より大きい風呂敷みたいなものを用意。

無理やり素材を包んで、インベントリへポイッ! だ。

それでも収納できない素材は、出来るだけ目につかないところに集めた。

それだけ、パンタラントにはモンスター素材が溢れている。




そうやって網を張って、商人たちを迎えたが……残念な奴らばかり。

しかも、シャカンからの情報だと、ほぼ全員が隣領貴族の御用商人だそうだ。

あわよくば、伯爵であるミゼルへ恩を売るつもりだったのだろう。

そうでなければ、領土そのものを奪うつもりだったのか……


真相は分からないが、腹が立つ話だ。

しかし、構っている暇はないし、その時間が無駄である。




………………

…………

……




最近のことを思い出しつつ、目前の小人族を見る。

少し中性的だが、見た目は普通の人間と変わらない。

種族名の通り、子供位の大きさでも成人しているそうだ。

目が若干大きく、可愛い印象。

この小人族が、シャカンの言っていた知り合い。



「初めましてダイガク様。私は『キンク』と申します」



低い声の挨拶。

見た目とのギャップに違和感が半端ない。

それに敵意のようなものを感じる。



「元冒険者のダイガクです。ご存じの通り、今は代官となっています」

「……」



沈黙。

互いに見つめ合ったまま、会話が進まない。

場の緊張感が高まっていく。



「……なるほど。少なくとも、ミゼル様の害となる人間ではなさそうだ」

「それは……いきなり辛辣な言葉ですね」

「当たり前ですよ。僕はミゼル様から、多大なる恩をいただいた。その恩を返そうと頑張っていたところに、見知らぬ人間が割り込めば、気分が悪い」



言っていることは理解できる。

だが、もうちょっとオブラートに包んでもいいんじゃないか?



「僕を呼んだのは、物流に関してですね? しかも、外からではなく中から出してほしいと」

「……良く分かりましたね?」

「それも当たり前でしょう? 貴方が仕組んだのですから……一目見て気付きましたよ! 恰好はあれですが、領民全員に活力があった。飢饉で飢えていれば、こうはならない。それに、服にしろ食べ物にしろ、町に溢れている物が全てダンジョン産だ! 潤っているのが見て取れる」

「でも、指示したのが私……とは限らないでしょう?」

「愚問ですね。冒険者以外の領民にも、ダンジョンへ行くよう言っておきながら。パンタラントで1週間ほど生活したのですよ。貴方のことは良く話に出る」



そんな大層な人間じゃないんだが……

まぁでも、このキンクは人間が出来ていそうだ。

これから取引する相手を理解しようと、1週間も時間を使っているのだから。



「私はどうですかね?」

「腹が立つ……でも、ミゼル様を救ってくれた恩もあるし、アイツに比べれば大分マシだ。協力しよう!」



手を出してきたので握り返す。

良かった。これで、考えていたことを実行に移せる!



「だから言ったのよ。イイ男だから、さっさと手伝えって」

「…………おいっ! それは僕が決めることだ! お前に言われたからじゃない!」

「はいはい。あなたはいつもそうよねぇ。何でもかんでも見て決める! って。たまには人を頼ったらぁ? あっ、できないか! ボッチだから」

「テメェ! 毎度毎度絡んできやがって! そんなんだから、逃げられるんだろうがぁ!」



ちょうど部屋に入ってきたシャカンと、口論を始めるキンク。

普段見ないシャカンの煽りに驚いたし、キンクの口調にもビックリだ。

さっきから片鱗はあったけど。


掛け合いみたいで面白いけど……本当に仲が悪いんだなぁ。

今度、理由を聞いてみよう!

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