7話

応接室に入ったら、小太りのオッサンがソファーに座っていた。

今日の面会者は、このオッサンらしい。

王都と、この近辺で商いをやっている、自称大商人様とのこと。


さてと、どうなることやら。






遅れたことを謝罪し、簡単な自己紹介。

一応、俺、代官なんだけど……


部屋に入っても、立つ気配はなく。

態度も太々しく、俺が嫌いなタイプだ。

まぁ、第一印象だし、相手の戦略かもしれないので、話を続ける。


ちなみに、応接室へ遅れてきたのは、俺のちょっとした戦略だ。

イライラしてくれればいいなぁ? ぐらいの。



「いやぁ、大商人である貴殿に、遠路はるばる来ていただけるとは! とても光栄に思います」

「ハハハハ! そうでしょう、そうでしょう!」

「町をご覧になられましたか? 何もないところで、退屈でしたでしょう?」

「いえいえ、とても素晴らしい統治をされているようで。大変、勉強になっておりますよ」

「ほお、そう言われるとは。良く分かってらっしゃる。ちなみに、どの辺を素晴らしくお思いで?」



俺が想像する、成り上がりで傲慢な貴族。

そのイメージに合わせて、ソファーに背中を預け、笑顔のまま、目前の商人を見る。

ちょっと残念なのは、足を組めないことか。

俺、太ももが太いんだ。



「全てですよ。領民から税を絞り取り、ご自分の贅沢に使用される……本当に素晴らしい!」

「……」

「それに、こうすることで新たな商売の種を、育てているのでしょう?」



商売の種?

何かあったっけ?

まぁいいや。乗っておこう。



「流石! そこまで見抜かれておりましたか。私もまだまだですなぁ」

「いえいえいえいえ、パンタラント伯爵の目に留まる運! そして、全権を委任される話術! その困難を乗り越え、今はこうしてあなた様の時代なのですから……神掛かっておられます」

「そこまで褒められると、照れますなぁ」



二人で笑い合う。

ああ……こいつも他の商人と同じわけか。

無駄な時間だった。



「そこで、私も一枚嚙ませていただければと」

「何のことですかな?」

「ハハ! 分かっておられるのに、勿体ぶりますなぁ……奴隷ですよ! 奴隷」



……はぁ?

こいつ、奴隷と言ったか?



「パンタラントの領民を奴隷にして、売り飛ばす計画なのでしょう? 最初は戦争かと思いましたが、そんな小さな話ではない。領民を疲弊させ、物資や金と引き換えに体を要求」

「……」

「男は労働に、女は娼婦に。良いではありませんか」

「……」

「一つ、ご提案なのですが、私も欲しい女がいましてねぇ? 昨日、泊まった宿の給仕なんですがね? 私が抱いてやる! と言ったんですが、拒絶されまして……あなた様のお手伝いをする、代価としていただければ、いくらでも用意いたしましょう!」



なるほど。

商売の種とは、奴隷のことだったか。

呆れるほど、すごい勘違いだな。


そして、宿の給仕。

確か、「私がやります!」的な発言をした、赤い髪の長身女性がいた。

いたと言うか、身内なのだが……

まぁ、いいか。こいつとは、もう終わりだ。



「申し訳ない。これでも忙しい身でね。貴殿の話はもっと聞きたいのだが……ここら辺で」

「それはそれは。では、契約書を準備いたします」



契約書?

面会は終わりと……ああ、OKと受け取られたのか。

いかんな。意思はちゃんと、言葉で伝えるべきだろうに。



「いえ、契約書は不要です」

「なんと! 口約束で問題ないと。いやぁ、天晴れでございますよ。ですが、これからの関係も含め、ここはどうか署名いただけると――」



はぁ。

今までの中で、一番面倒な奴だな。


声を出そうとしたところで、紙を机の上に置いて来た。

一応、手に取って見る。



「……物資の金額、間違いでは?」

「適正価格でございますよ。ええ、奴隷も含めてね」



ここ数年の収支報告書を思い出す。

そして、契約書の金額を、もう一度確認する。

記載されている桁が、2桁は違う。

数十倍の値段を吹っ掛けられている、誰が見ても分かる内容だった。



「町を見させていただきましたが、領民たちはあなた様へ、反抗心を持っています。ここは物資を支給し、求心力を取り戻すべきでございますよ。大馬鹿な領民へ、夢を見させるのです!」



ハハッ

ヤッベェ

こいつをここで、殺したくなった。


深い深いため息を吐く。

火照った体の熱を吐き出すように。

クールに。COOL に行こう。



「貴殿は、勘違いをしている」

「勘違い……ですか?」



ああ、ダメだ。こいつの顔を見ていると。

俺の心が言っている。許すなと。

俺のことはどうでもいい。だが、パンタラントは別だ。

伯爵一家も、領民も。

俺の大事な宝物だ。それを下に見られるのは――

殴りかかれば負けるだろう。俺は最弱なのだから。

だけど、ステータスなんて気にしてられない。


首を振る。

俺が暴れたところで、パンタラントの立場が悪くなるだけだ。

この激情は、ダンジョンで発散するとしよう。



「貴殿と契約はしない。お帰りいただいて結構。二度とパンタラントの地を踏まないでください」

「なっ!?」



呆然とする商人を残して、ソファーから立ち、応接室を退室する。



「ちょっ! お待ちを」



しようとしたところで、呼び止められた。

そこから、怒涛の勢いで話す、不愉快な迷惑商人。

時間にして、1分ほどだろうか。

ここまでは聞けたが、こいつへの時間は無駄でしかない。

俺は町から放り出すよう、近くの騎士へ言って、部屋を出た。




………………

…………

……




執務室に戻って、書類整理に精を出す。

そうしていると、ノック音が響いた。



「ダイガク様。シャカンでございます。入室してもよろしいでしょうか?」

「ああ! 問題ない、入ってくれ」



返答をして入ってくる、シャカン。

そして、その後ろにいる大男。


シャカンの恰好は、貧民に化けている領民と同じ。

前掛けをし、レストランのホールで働いているような印象。

ただし、薄汚れたり、所々穴が空いた感じになっている。

それでも、シャカン自身が纏う……セクシー? な雰囲気は隠せていない。

赤い髪もあって、とても目立つ。


大男、名をウェイゼル。

シャカンの右腕だ。

普段は前髪を下ろして、鋭い目を隠している。

黒上黒目だが、堀が深い顔。

体や顔の傷も目立つが、一番は体格だろう。

178cmある俺より高く、目の前に立ったら見上げる形になる。

190cm……いや、200cmあると思う。

雰囲気も荒事に慣れている感じ、というか実際に強い。

騎士団で一番強いロイと、単身打ち合うことができていた。



「ただいま戻りました」

「ご苦労。何か問題はあったか?」

「もうっ! 大ありですよ!? あの商人、あろうことか私を抱こうとしてっ! 私はっ! ダイガク様、一筋なのにィィ!」



確かに、あの商人はやりそう。

シャカンが不満を呟き続ける。


いや、俺のためとか言って、自分でやりたい! って言ったじゃん?

それを今さら、やりたくなかったとか言っても……


まぁ、それはいいんだが。



「ハァ、もっとましな奴はいないのか?」



あの商人を含めて、6人ほどと面談したが、全員似たような感じ。

せめて、誰かのために! みたいな人が良いんだが……



「一人だけ、心当たりがあります」



シャカンがボソッと言う。

俯けた顔を上げると、苦渋に満ちた表情をしている。



「何か問題があるのか?」

「……嫌いなんです」

「えっ!」

「嫌いなんですよ! そいつが!」



シャカンが嫌いって、逆に興味が出てきた。

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