11話

「最後……だ。俺の……記憶を……指定する」


俺が考え出した答え。

よくファンタジー小説やアニメの、記憶を代償にする能力。

それの丸パクリだ。


空っぽな俺の33年ちょっとに、そんなに価値はないだろうが……

記憶は色々な物語で、絶大な力を発揮しているんだ。

『忍耐の魔神』も倒せるだろう。


さっきの言葉を思い出す。

『死なないでくださいね?』


記憶を失ったものは果たして、同じ人物だと言えるのか……

それは誰にも分からない。


フッ……約束は守れそうにないな。


異世界に来たおっさんが、町を救って記憶をなくす。

ラストとしてはいいじゃないか。

生活の保障は約束してくれたが、本当かは分からない。

だったら、記憶を失った方が楽だろう。


頬を温かいものが濡らす。

それが何なのかは、意図的に無視する。


さぁ、小石 学。最初で最後の大博打だ!





















そう思っていたのに、現実は非常だ。



ピーー

エラー音が鳴る。ウィンドウには「記憶は指定できません」の文字が。



……なんで……なんでだよっ! なんで指定できないんだよっ!


何回も指定するが、同じ回数エラー音が鳴る。



…………他に……他にはないのかっ!

何か、何かあるはずだっ!

……俺を……俺自身を捧げれば。



「だったら……俺の命をっ!」

「!? 何を言ってるんですかっ!」


隣から大声が聞こえる。が、無視する。

ここまで来たのに諦められるか。



しかし、またもやエラー音。

「肉体や命は指定できません」



なっ……嘘……だろ……


頭が真っ白になっていく。

考えがうまく纏まらない。











ドォォォォォン


またあの音が聞こえた。しかも、前回より近い。


勢いよく顔を上げると、町の右側付近に、魔神の巨大な左腕がある。

遠見を発動していなくても、馬や人が走っているのが見えた。



そうか……これが狙いだったのか。


ようやく、魔神が攻撃してこなかった理由が分かった。

奴の腕はいわゆる大砲の弾。弾の温存。

いつ動くか分からない敵に対して、攻撃手段を残しておく。


俺が下手にダメージを与えたから、警戒して今まで使わなかった。

こう考えれば普通だ。

俺だって、行動が読めない相手への攻撃は躊躇する。



本当に知恵を持つだけで、ここまで厄介になるなんて……

そして、奴は賭けに勝っている。

俺はステータスを捧げてしまった。

次、ここに投げられたら……



今ので何人死んだか。

俺が花火を上げないせいで、あとどれだけ死んでしまうのか。

考えただけで嫌になる。


なのに、現状手段がない。

時間だけが過ぎていく。






ドォォォォォン


また聞こえる。しかし答えが出ない。



このまま、打ってしまうか?

ダメだ。確実に火力が足りない。その後は、ただの蹂躙だ。

どうする? どうすればいい?



「ダイガク殿ぉ! まだか、まだなのかぁ!?」


ミゼルからも催促される。


投げられた腕が壁となって、魔神への接近がかなり遅くなる。

その間に、こちらを攻撃されたらアウトだ!



くそっ。今だけでいい! 何か考えつけ俺の頭ぁ!

勉強だけが取り柄なんだろぉ!

だったらいい案、思いつけよ!



俺の苦悩を感じ取ったのか、ミゼルの娘が抱きしめてきた。

この場に似合わない、甘い匂いがする。


「落ち着いてください。悩まれているのは分かります。ですが、焦っても良い答えは出ません。……ダイガク様が辛いのでしたら、私たちを残して、逃げてくださっても構わないのですよ?」


彼女の綺麗な顔が、目尻に涙を堪えたまま歪んでいる。

血を吸ったローブを握りしめる手が、震えている。



……美少女にこんな顔をさせるなんてな。

やっぱり、俺は最低な人間だ。


……もう打ってしまって、皆で逃げた方がいいのかもしれん……



俺も限界だ。既に、視界のほとんどが見えていない。


贄システムのウィンドウを表示して、発動のボタンへ指を近づけていく。

あと少し、あと本の数センチで押せる。




だが、あと一歩のところで踏みとどまる。


……なに諦めてんだよ!

決めたじゃねぇか。覚悟したじゃねぇかよ!

なんで自分から諦めんだ。

死ぬその時まで足掻けってんだ! このクソ馬鹿野郎がぁ!











ピコンッ! 条件を満たしました。スキルを習得しました。


!?

突然、現れた小さな文字。急いで、ウィンドウへ目を向ける。

そこには『不屈Lv1(new)』の文字。



ハハッ、ハハハハ。

これで一体どうしろと?


攻撃でも防御でもない、ただ『意思を貫ける』というテキスト。

ESでの、『HP減少に伴い、MID上昇』的な効果もなくなっている。






……いや、そうか。

確かにこれだと行けるはず。

だが、魔神を倒した後、俺は……



周りからざわめきが聞こえてくる。

見えないながらも魔神の方へ顔を向けると、真っすぐこちらを見ている、そんな気がした。

視界の中央右ぐらいに、光が集まっているのが分かる。



こっちを狙ってるのか……

時間はない。最後の賭けだ。



息を吸い込む。


「俺の、将来の成長性を、全部持っていけぇぇ!」



記憶も臓物も命もダメなら、俺自身……この肉体の成長性はどうだ!

さっき、スキルを入手した時に思った。


元々、やり直しができると考えていたんだ。

贄システムが発動した後は初期データ。

つまり、もう一度Lvやスキルを取得しなおせばいい。

放置ゲームのように、慣れればある程度Lvやスキルは取り返せる、と思ったからだ。

そうすれば、以前のようには行かなくとも、生活はできる。


ミゼルとの交渉は、記憶を失った俺を養ってもらうことが目的だった。

記憶を供物にできなかった時点で、あまり意味をなさなくなったが。



……これで、本当に養ってもらわないとな。

どんな形で、供物として成立するか分からない。

これでダメなら全員、仲良く死ぬだけだ。






「供物を確認……上位存在の介入がありました。内容を検討中……検討の結果、条件が変更となります。供物に指定しますか?」


ウィンドウに変更された内容が表示される。

が、見えねぇし、確認している時間なんてない。


「それでいいから! さっさと発動しろぉ!」


「供物の指定、及び、発動の意思を確認しました。これより、贄システムを発動します」


発動と共に、体から何かが抜けていく気がする。

視界全てが白く染まって……そして……

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