12話 ファミル・クレイム・パンタラント

冒険者ダイガク様



私、ファミル・クレイム・パンタラントが、その方を初めて目にしたのは、町が滅亡しかけた時です。




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巨人が投げた北の山。

あの山は、毎年キノコや山菜の大規模収穫が行われるほど、緑豊かな場所。

収穫と一緒に、山の恵みに感謝する祭を行うのが、パンタラント領の一大行事だったのです。

巨大な黒い物体、オベリスクが出現して目立たなくなりましたが、それでも町のシンボル。


そんな山が、今は町へ牙をむいています。

あんな大きな物がここへ落下した暁には、どれだけの民が死んでしまうのか。

想像するだけで足が震えます。

動けないまま時間が過ぎ、生きることを諦めた時でした。


山が縦に割れたのです。

……いいえ、一人の男性が切ってしまわれました。



全身に複数の剣を纏った、空飛ぶ青年。

まさしく、英雄と呼ぶにふさわしい……そう思ったのです。


…………そんなに剣は必要でしょうか?











攻撃を防がれた巨人は、その後も町へ攻撃してきました。


巨人が、山があった場所を周囲の地面ごと蹴ったことで、大量の土砂や岩などが町を襲います。


私とお父様は、護衛の魔術師が張った結界で、ケガもなく無事だったのですが……

視界が晴れた後、周りの惨劇に言葉を失います。




大量の土砂で真っ黒になった町。


運悪く大きな岩が当たってしまった、人や家屋。

そこら中で泣いたり、叫んだりしている人たちがいます。


土砂に流されている遺体。

逃げようとして転んだのか、はたまた、土砂に圧し潰されたのか。

それは分かりませんが、既に息をしていないことが、遠目でもわかります。




メキッバキッ


私がその惨劇から目を逸らしていると、不安になる音が。

音の方向を見ると、今まさに倒壊する家屋。


大量の土砂。その重みに耐えきれなかったのでしょう。

大きな音とともに沈んで行きます。



「今すぐ南の丘へ避難するんだ! 早くしろっ!」


隣で、この町の領主であるお父様が、声を張り上げます。



すぐに移動を開始する者。

大切な家族が死んだのか、泣きながら蹲って動かない者。

さらには、恨むように睨んでくる者。



彼ら彼女ら全員を救いたい。

そんな気持ちはありますが、私たちも命が危険にさらされている状況です。

近くの人々を助けながら、南の丘へ避難するのが精一杯でした。











南の丘


その頂上から見える町並みは、すっかり変わっています。


いつもは、明け方も家々の灯りで、明るい町。

静かながらも、一日が始まろうとして、活気づく町。

それが今や静寂に包まれた、無人の町。


もし、この危機を逃れることができたとしても、パンタラント領の被害は、復興に数十年はかかるほどの大規模。

この地へ戻るにしても、他へ移住するにしても、大変なことは火を見るよりも明らか。


「お、お父様。パンタラントはどうなってしまうのでしょう?」

「……少なくとも以前の生活は難しいだろう。町を一から建て直すことになる……人の流出も避けられん。私にも判断が難しい」


上級貴族相手に、一歩も引かないお父様が弱気になっておられます。


「……だが、民が生き残ったのは事実! 民さえ生き残れば復興は可能だ。何十年かかったとしても、町を元に戻して見せる」


……訂正です。お父様は諦めておられません。

まだその眼から、輝きが失われていないのですから。



私は北、巨人と青年の戦闘へ目を向けます。


ここからでも分かるほどの、輝きを放っている大規模な魔法陣。


一体どれだけの魔力を使えば成功できるのか?

その知識はどこから得たのか?


色々気になることはありますが、それでも巨人を倒すこと敵わず。


隕石が、炎が、氷が、雷が、それ以外にも魔法の数々が、次々と巨人へと当たり、煙がその姿を隠す。

倒したかに見えますが、煙が晴れた向こうには、巨人が健在。



完全に無駄のように見えます。

が、それでも私たちには、あの青年……いえ、英雄様に任せるしかないのです。











町から来る民がいなくなったのを見て、お父様が拡声の魔法を使って、青年へと声を飛ばします。


巨人はダンジョン近辺から移動できない。

裏を返せば、その範囲を超えてしまえば攻撃されることはない。

後は救援を依頼し、別の町に逃げればいいのです。



声を飛ばしてしばし。


巨人が何かを殴る動作をした瞬間、町をものすごい速さで突き進む物体が、こちらに飛んできます。

私が考えるより早く、丘の北斜面へ激突。

ぶつかった衝撃で砂塵が舞います。

煙が晴れると、蜘蛛の巣状にヒビが広がった斜面。その中心には、巨人と戦っていたはずの青年が。


まさか……先ほどの行動は、この方を殴り飛ばしたの?


驚愕し、同時に信じたくない思いが込み上げます。


この方が死んでしまったら、お父様も……


先ほどは強がっておられましたが、この青年の存在で、お父様が正気を保っておられたのは……娘であれば分かります。

状況は非常に悪いです。


ロイ騎士団長と数名の騎士が、青年を救出します。











救出された青年。名をダイガク様。


話を聞けば、Cランク冒険者とのこと。

外見から、17歳の私とそんなに変わらない年齢のはずです。

それなのに、あれだけの魔法と身体能力を有している。

隠し通せる実力ではありません。

Sランクになっていないのが不思議なほどです。



救出された段階では混乱されていたようですが、お父様が彼の話を聞く姿勢を見せたことで、落ち着かれたのでしょう。

お父様に倣って、私も挨拶をします。

……ようやくお礼を伝えることができました。




青年とお父様の話を横で聞けば、普通の青年……

いえ、話が通じていることを考えれば、かなり高度な教育を受けていますね。

貴族の子息、若しくは、当主自身の可能性もありますか……


私がそんなことを考えている内に話は纏まったようです。


最後、ダイガク様の今後について、お父様が質問している時でした。




何かが頭上を通って……遠くに落ちる音。

とっさに音の方向、丘の南側へ目を向けます。

分かるのは、巨大な腕が樹々をなぎ倒している様子のみ。


状況を理解できなかった私の耳が、一人だけ巨人の方を見ていたダイガク様の声を拾います。

私も振り返ると、光が左腕に集まっている巨人の姿。


……どうやら、悪運もここまでのようですね。






その後の、ダイガク様の姿には目も当てられませんでした。

先ほどまで、私と同じ年頃……少し大人びておりましたが、今は老人のようです。

おそらく、あの巨人の実力をご存じなのでしょう。

今の状況に絶望しているご様子。


見ればお父様の顔にも少し、諦めの色が見えます。

それでも貴族の矜持を果たす。

その信念だけで動かれているようです。


……私も覚悟を決めなければいけませんね。

パンタラントに名を連ねる者。最後は当主であるお父様と共に。



お父様と話し、後方にて支援部隊の指揮を執ります。

前線に出るな! と言われましたが、この状況ではどこにいても同じでしょう。

巨人の攻撃を受ければ、回復する暇なく、潰れて即死でしょうから。






ダイガク様がお父様を呼ぶ声で、反射的にそちらを見ます。

すると、眼に輝きを取り戻したダイガク様の姿が。

あの眼は知っています。覚悟をした者の眼。


……逃げる道ではなく、戦う道を選ばれましたか。

フフッ。これでは私も、張り切らなければいけませんね。




ダイガク様の覚悟を見て、そして発言から僅かな希望を受け取って、お父様も行動されます。

騎士や兵士、それに冒険者も集めての突撃。

何かされるダイガク様のために、少しでも時間を稼ぐつもりのようです。




それから、ハプニングもありましたが、全員で突撃を開始。

ダイガク様は儀式の続きを、私はその傍で、ダイガク様に何かあった時のため控えます。


儀式を進めるに連れ、地に沈みゆくダイガク様。

俯いておりますが、時折見える表情はとても苦しそうです。


儀式に他人が介入していいのか判断が出来ず、近づくこともできない私。

今すぐ寄り添い、その体をお支えしたい。

非常に歯痒い思いです。



ある程度進んだところで、突如、大量出血されたダイガク様に、私の理性は吹き飛びました。

身体強化まで使用して、倒れ行く体を支えます。

血を吸ったローブから、雨に濡れたような、嫌な感触がしますが無視します。


護衛兼メイドの騎士が、不愉快なことを宣っていますが、こちらも無視です。

なぜ分からないのですが?! 彼がこのような状態になってまで、私たちを救おうとしている、その覚悟が!


周りの支援部隊にも叱責を飛ばし、回復魔法を詠唱……途中でダイガク様に止められる。

くっ! 回復魔法が効かない儀式。

せめて、そのお心が沈みゆかないように、共にあることをお許しください。




儀式も終盤なのでしょう。

横から、なんとなくですが、安堵した雰囲気を感じます。


ダイガク様から掠れた声で、キスを求められました。

おそらく、儀式とは関係ないと思われます。


未婚の貴族女性。

私は嫁ぎ先が決まっていますし、貞操を守る必要があります……

ですが、未来の旦那様はこの場にいません。

ここまでボロボロになりながら、私たちを救おうとされているのです。

それに……私も嫌ではありませんし。


悩んでいた顔を拒否と取られたのでしょう。

諦めた表情をされておりましたが、少々強引にキスいたします。

私の初めて……鉄の味しかしません。が、心は別です。

うっかり、次もなんて……



英雄、色を好むと言いますし、ダイガク様も複数を囲われるのでしょうか?

複雑な気持ちです。






あれから時間が経ちましたが、まだダイガク様の切り札が発動しません。

何か不測の事態が発生しているようです。


私は気持ちを落ち着けて待ちます。

私までダイガク様を焦らせてはいけません。

心を静かにじっと待つのです。




ですが、それも限界。

巨人が突撃していた者たちへ攻撃し、自身の腕で壁を作った段階で、標的をこちらに変えました。

じっと見られている感覚。

間違いなく、次に狙われるのはここでしょう。


せめて、ダイガク様だけでもお逃げくだされば。

無意識に、その思いを言葉にしておりました。


これは……殿方の覚悟を踏みにじる行為。

良い行動ではございませんが、ダイガク様を失うのは人類の喪失。

自身の震えを必死に隠して、精一杯の笑顔を作ります。

うまく笑えていたでしょうか?











私……いえ、ダイガク様の周りを光の粒子が大量に包みます。

近くにいる私も中にいて、とても幻想的な光景です。

それが徐々にダイガク様の前へ。

そのままダイガク様に似た人型を取っていきます。


ダイガク様は、力尽きたのか、私の腕にかかる重みが増しました。

儀式が完了したのでしょうか?


しかし、この状況に巨人も黙っていません。

自身の左腕を引き千切ります。


……間に合いませんでしたか。

せめて死ぬときは一緒に……


未だに討伐できていない巨人。

私は訪れる死を感じ、今まで抗ってくれた英雄にしがみつきます。



巨人が、全身を使って腕を投げてきました。

既に目で捉えられない速度。


民を守れなかった後悔が、胸に広がっていきました。






そこで、先ほど顕現した光のダイガク様が足に力を入れ、巨人へと飛んでいきます。


途中で、何かとぶつかったようですが、光のダイガク様は健在。

反対にぶつかったもの……巨人の腕が消失していきます。

跡形もなく。



そのまま、光のダイガク様は、巨人の元へ。

必死に抵抗する巨人ですが、攻撃が全く効いていません。

というより、当たるところから消失しています。


光のダイガク様が、巨人の胸へと入っていきます。


巨人が少し苦しんだと思った次の瞬間。

光の粒子となって消えていく。


その直後。


バンバンバァーン。パンパン


明るい空に何かが打ち上がる。

見上げると色とりどりの、丸く光る大きな花が空を覆いつくしています。


「綺麗……」


思わずそう呟いてしまうほどの光景。

しばらくして、花の打ち上げが終わったと思った頃。


バァ~~ン!


特大の花が打ち上がるのでした。


今までのものと違い、巨大な丸い花を後ろに添えた、横長の四角い光る花。

右の丸い枠には、私の腕の中で気絶されているダイガク様の顔が。

左上には、『11,074,000』という数字が虹色で、強烈に自己主張しておりました。





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以上で2章完です。


初めて、戦闘シーンと別視点を書きましたが、いかがだったでしょう?

面白いと思っていただけたなら、私も嬉しいです。


時間があれば、こちらの作品もどうぞ!


虚腕の冒険者

 →https://kakuyomu.jp/works/16817139557723277747


では!

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